第257話 subroutine ホリンズワース_背面強襲


◆◆◆ ホリンズワース視点 ◆◆◆


 カナベル元帥とやらが有能なおかげで、宇宙軍の出番はなかった。

 俺のような下っ端にとっちゃありがたい話だが、なぜかロウシェ伍長はご立腹だ。


「せっかくアタシらが出張ってるっていうのに、後方待機はいただけないね」


 ふてくされて酒を飲んでいる。これで俺らの上官が務まるというのだから不思議だ。ちなみに注意すべき帝国娘――カレン少佐は黙々と自前の武器――騎兵槍を磨いている。わざわざ面倒な申請書類を提出してまで、コールドスリープカプセルに持ち込んだ騎兵槍だ。

 敵を突き刺した瞬間、凄まじい圧縮空気を送る特別仕様。オプションで酸を噴いたり、火炎放射したり、おっかない武器だ。


 コールドスリープから蘇生した頃はあれだけ軍規がどうの、貴族の矜持きょうじがどうのと言っていただけに、下っ端みたいに武器を磨いているだけの姿は滑稽こっけいだ。


 同僚の衛生兵に声をかける。

「マッシモのおっさんよ。あんた王都を攻略したらどうするんだ?」


「私は軍を辞めて医師になる。惑星調査に参加する前から決めていたことなんでね」


「そうかい。ま、頑張ってくれ」


「そういうホリンズワース上等兵は?」


「俺は軍人が合っている。軍を辞めても肉体労働しかできないしな、起業するってほどの学もねぇ」


「そうか……君はまだ若い。あせらず人生を模索もさくしなさい」


 まるで学校の教師みたいな喋り方だ。ま、医師なんだからそうなるわな……。


 それにしても、裏切り者の奇襲から生き残った連中の大半が退役を志願するとは。


 軍属として残るのは俺と一等兵のカマロ――連邦の野郎二人だけだ。同じ連邦のマッシモ衛生兵も、帝国貴族のカレン少佐も退役を表明している。まだ申請していないが、ブリジット一等兵、リュール少尉も足を洗うらしい。

 裏切り者に殺された、仲間のかたきを討つっていう気概きがいはないのかねぇ。まったく薄情な連中だぜ。


 にしても人手がほしいときに限って、バンバン減りやがる。


 あの裏切り者たちをどうやって片付けるか……それが一番の問題だろう。こんなチンケな城攻めなんてどうでもいいことだ。


 長年命を預けてきた相棒――マルチバレット式ライフルを磨いていると、王都と真逆の方角に砂煙が見えた。


 嫌な予感がする。


「ブリジット、おまえレーザー式狙撃銃持ってるだろう。あの砂煙のもとを確かめろ」


「えー、ウチがぁ。そんなんドローンに指示飛ばしたらすぐやん」


「そのドローンが俺らにゃ支給されてないんだよ。エレナ事務官と交信しようにも距離が遠すぎる」


「しゃーないな」


 口やかましい女一等兵は、ぶつくさ言いながらもスコープを覗く。


「ほほ~ん、噂の裏切り者やで。旗と鎧のマークがごっちゃや。混成部隊やな。なんやったかなぁ、マキナとベルーガっちゅうんか。それのごちゃ混ぜ」


「数は?」


「正確な数はわからへんけど。千や二千の威力偵察やないのはたしかやなぁ。規模からしてガチのカチコミやと思うけど」


「マジかよ。出番がないって愚痴ぐちってたけどよ。そんな数とやり合うとか面倒臭ぇ」


「ぼやいてる暇ないで。距離からして…………接敵まで三〇分切ってる。はよう、元帥さんに知らせな」

 ブリジットは言うと、小石を投げて騎士を呼び寄せた。


「ブリジット殿、何かご用ですか?」


「騎士の兄さんアレアレ、アレ見て」


 砂煙を指さす。それほど目立たない砂煙だが、ナノマシンで身体強化された俺たちには十分すぎる警告マークだ。


 騎士は額に手刀てがたなをあてがい、目を細める。


「たしかに砂煙が見えますな。キャラバンでは?」


「騎馬兵や。装備のマークが、マキナ、ベルーガとごちゃ混ぜ。たぶん、ちょくちょく話にのぼる裏切り者ちゃう」


「敵襲ッ! ただちに元帥閣下に報告します!」


 友軍への報告義務を果たしたところで、宇宙軍の連中があつまる。


「俺らの指揮官はどっちなんですか?」


 ロウシェ伍長が嬉しそうに歯を覗かせる。


「カレン少佐は騎馬兵の指揮。宇宙軍諸君はアタシの指揮だ。文句のある奴はいるか?」


「文句はありませんが、交戦合図は?」


「接敵一〇〇メートル手前で、速度を落とさなければ即攻撃。手加減は必要ない。全力でやりな」


「いや、役割は? メディックはいいとして、オフェンサーは? 誰をディフェンスにまわすんですか?」


 肝心なことを尋ねると、ロウシェ伍長は頭の後ろをいた。


「そういうの決めるの苦手なんだよねぇ」


「勘弁してくださいよ。じゃあリュール少尉が指揮を執るんですか?」


「リュールには情報共有を任せる。ブリジットは狙撃、カマロは後方組のガード。ホリンズワースは遊軍ってところかな」


「伍長殿は?」


「もち、王都攻めの切り込み。スレイド大尉に便宜を図ってもらうためにも、王都攻めで頑張って手柄をあげなきゃいけないからねぇ。だから後ろのお客さんは任せたよ」


 指揮官自ら斬り込みとか聞いたことないぞ。大丈夫か?


 生き残ったメンバーがメンバーだ。役割がてんでバラバラの兵科、まともな作戦を求めるだけ無駄か。


 俺はマルチバレット式ライフルを担いで、仲間の護衛もできる場所へ移動した。一応、剣と盾も引っさげて……。


 重い荷物を担いで目的の場所に着くと、砂煙の一団はすぐそこまで来ていた。


「まだ二十分も経ってねぇぞ」


 ブリジットの見通しの甘さに幻滅げんめつしつつも、ライフルの残弾を確認する。

 ありがたいことに満タンだ。

 実弾が合計二〇〇発。うち一〇〇発がN《ノーマル》弾で、AP《アーマーピアッシング》弾とアシッド弾、炸裂弾、散弾が各二五発づつ。

 オプションでグレネードが五発。火炎放射バーナーが打ちっぱなしで六〇秒。

 レーザーは、中威力の短針で三〇〇発、高威力の長針だと一〇〇発。


 実弾は限りがあるので、太陽光で補充の利くレーザーを選択する。幸いエネルギーパックは多めに持たされている。短針だと硬い鎧や盾だと防がれてしまうので、ケチらず威力を上げた。弾数は半分以下になるが、確実に敵を倒せるだろう。


「クソッ、風向きが悪い! 砂煙が邪魔しやがる! あれを越しだとレーザーの威力がガクンと落ちちまう」


 命あっての物種だ。いざという時は実弾に切り替えよう。


 準備をととのえたところで接敵。


 まずはカレン少佐の率いる騎兵隊が敵とぶつかる。


 さて、俺も手柄をもらいに行きますか。


 手近にいる指揮官らしく立派な軍装の騎士様を狙う。


【M1、射撃アプリを立ち上げろ、電磁スキャンで周辺確認も怠るなよ。一〇秒に一回だ】


――了解――


 トリガーを引く。

 赤い閃光が、狙い違わず馬上の騎士様を撃ち抜いた。


 まずは士官を一人。

 雑兵も含めて一〇〇人ほど倒したところで、エネルギーパックを交換する。攻撃を再開しようとしたら、敵の一団が突っ込んできた。


 こっちではない、リュールたちのところだ。


 どうやら固まっていたのが仇になったようだ。敵も効率重視で厄介者を叩くつもりらしい。


「クソッ」


 近くにいる敵の一団にグレネードを打ち込みながら、仲間のもとへ走る。


 馬に跨がった一際高そうな鎧を着た騎士が、長剣を振るっている。その剣はうっすらと青白い光の尾を引いていた。奇妙な剣だ。魔法剣という出鱈目兵器だろう。

 話には聞いているが、見るのは初めてだ。


 威力のほどを知りたかったが、仲間の救出を最優先させた。

 群がる敵兵を火炎放射バーナーで焼き払い、魔法剣を持った騎士へ狙いを定める。背後なので、兜に邪魔されヘッドショットは狙えない。剣を振りあげる腕の付け根を狙う。


「M1、AP弾だ。一発でケリをつける」


――了解しました――


 トリガーを引き、実弾を撃ち出す。


 AIの予測した通りの弾道を描き、AP弾は騎士の腕の付け根に着弾した……?


 突如、目に見えない壁によってAP弾がはじかれた。物理法則を無視した現象だ。

「なんだありやぁ!」


――高エネルギー反応を検知しました。魔法です、物理防御の一種でしょう――


「そんなのアリかよ! 出鱈目すぎるぞ」


 立て続けに三発撃つ。


 そのうちの一発は剣で弾かれ、一発はれた。最後の一発は当たったが、鎧の表面を削ったにすぎない。


 運のいい男だ。グレネードの混乱から立ち直った敵の後続が来たので、いったん奴らを蹴散けちらすのに専念した。


 ああ、クソッ、クソッ! これだから戦場は嫌だ。どいつもこいつも俺の完璧な計算を狂わせやがる。


 俺は身を守るだけで精一杯。仲間との合流は絶望的だ。


 あっちはリュール少尉がいるから恐慌状態にはおちいらないと思うが……。


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