第255話 戦況



「痛い、おもに全身が痛い」


 現在、王都攻めの最中だ。俺だけ陣地にある天幕で療養中。


 リソースギリギリのナノマシン運用。蓄積しすぎたダメージ。身体強化の代償、筋肉痛。加えて予定にはなかった乱戦の勃発ぼっぱつで全身傷だらけ。最前線にいたのだから、生き残れたのが不思議なほどだ。


 まったく一騎打ちに勝利したのに、いいとこ無し。ツイてない。


 一騎打ちは、もうこりごりだ。もっとロマンのある男の戦いだと思っていたのに、まさか邪魔が入るとはね。


 ダンケルク将軍を逃したのは手痛いが、あっちも重傷。まともに指揮は執れないだろう。王都攻めは有利に進むはず。


 痛い目をしただけの甲斐はあるはず。……じゃないとやってられない。


 そばにいるメイドに声をかける。


「戦況は?」


「すみません、私にはよくわからないことで……」


「そうか、すまない。ティー……王女殿下たちは?」


「それはもう恐ろしい剣幕けんまくで戦に臨んでいます」


「無理をするなって伝言を頼めるかな」


「ただちにお伝えします」

 言うなり、メイドは天幕を出ていった。


 まあ、よほどのイレギュラーが起こらない限り負けることはないだろう。


 安心したら、睡魔が襲ってきた。

 もう寝よう。それだけの働きはした。

 心地良い感覚が全身を包み、俺は夢の世界の住人になった。



◇◇◇



 目が醒めると朝。

 一騎打ちでの傷もかなり回復し、筋肉痛も治まっている。

 幾重にも巻かれた包帯を外して、ベッドを降りる。

 立ち上がり、背筋を伸ばしたとこで、体中がピシピシ鳴った。


「んごっ!」


 訂正、身体強化の代償はまだ尾を引いている。

 地味に痛い。


 近くにあるテーブルには折れた魔法剣が置いてある。

 代わりを用意してくれたのか、椅子に何本か剣が立てかけてあった。何度か試しに振って、扱いやすそうな剣を腰に吊す。

 それと自前のレーザー式狙撃銃を担ぎ、天幕を出た。


 アデル陛下のいる天幕へ挨拶に行くが、もぬけの殻だった。どうやら王都攻めに参加しているらしい。


 メイドにデルビッシュを繋いでいる場所を聞き出し、そこへ向かう。

 かれこれ二年近くになる付き合いの愛馬は、俺の姿を認めるなり察してくれた。

 いななくと、暴れさせろと言わんばかりに前脚をあげる。


「活躍の場がなかったな。ま、それはそれでいいことさ」


 くらを載せてデルビッシュにまたがる。この惑星に来たばかりの頃は、鞍の載せ方もわからなかったが、いまでは外部野のデータに頼ることなく準備できるようになった。だいぶん、この惑星の住人が板についてきたな。


 デルビッシュを並足なみあしで走らせる。王都攻めをしている部隊と合流すると、いまから攻撃を仕掛けるところだった。


 攻城部隊を指揮するエメリッヒが、俺の姿を見るなり手招きした。


「スレイド大尉、身体の具合はいいのかね?」


「おかげさまで、なんとか」


「ここから先は任せてくれていい。君はしっかり休養しておきたまえ」


「そう言ってくれるのはありがたいんですけど、戦場では何が起こるかわかりませんから」


「問題ない。宇宙軍の裏切り者はマキナ本国から動く気配はないし、さしたる障害は存在しない。我々の勝ちは確実だろう」


「でもまあ一応、ティーレたちもいますし、俺だけ留守番ってのも」


「好きにするといい」


 許可も下りたので、軍事顧問のお手並み拝見。


 エメリッヒは、まず投槍機で先を尖らせた木杭を撃ちまくった。


 俺とリブで開発した投槍機は攻城弓バリスタを改良した多弾斉射の曲射式。一度の発射で五〇本近くの槍や杭を飛ばす。

 空高く打ち上げられた木杭が雨のように降りかかってくる恐ろしい兵器だ。


 何度か試射して、着弾点を確認すると城壁の上目がけてガンガン発射する。狙われる兵士はたまったものではない。着弾地点から逃げだし、防衛もままならない。


 そうして生まれた射手の死角から、破城槌を投入。城門まで無傷でたどり着き、力の限り扉を打つ。


 マキナも被害覚悟で城壁上に兵を展開するが、投槍機の餌食えじきになるばかり。

 敵もしたたかで、死体となった兵士を石や岩の代わりに落として防戦している。


 これは思わぬ誤算だったようで、エメリッヒは破城槌を引きあげさせた。


「まさか死体をつかうとはな……倫理観よりも効率か」


 初戦は双方とも痛み分け。城門を攻めた分こちらが有利ではあるが、たかが知れている。しかし敵はかなりの矢を消費したはずだ。


 マキナは補給の見込めない防衛。対してこちらは杭の材料を山と用意してある。あとから続く補給部隊もあり、撃ち出す弾は底無し。日を追うごとに差が出てくるだろう。


 本音を言うと、自律型セントリーガンや攻撃可能なドローンを展開して早期に決着をつけたいのだが、王都攻めのような大きな戦いでの使用は目立つということで自粛じしゅくしている。エレナ事務官が鹵獲したコングと命名したZOCもだ。銃火器の使用許可も下りてはいるものの、あくまでも非常時の運用のみ。極力使用しない方針だ。


 でもまあ、ダンケルクがのこのこ顔を出した場合は別だろう。危険因子は早急に排除するに限るからな。


 レーザー式狙撃銃を構え、スコープを覗く。


 強固な城壁なので楽観していたのだろう。城壁の上では、雨のように降りかかる木杭に、マキナの兵士たちが慌てふためいている。指揮官の命令もバラバラで右へ行ったり、左へ行ったりとまとまりが無い。


 エメリッヒも、ベルーガ側が優勢だと判断しているようだ。

「士気はかなり低い。このままいけば王都を放棄ほうきするかもしれんな」


「そうなればいいんですがね……」


「どういう意味だね?」


「裏切り者の元帥ですよ」


「親征軍が敗走した直後だ。マキナ本国からの増援は見込めないだろう。それにバルコフ率いる敗残軍は、スレイド大尉が散々に撃ち破っている。王都攻めでは出てこないだろう」


「バルコフじゃない、もう一人の元帥です」


「ああ、ラドカーン・ツッペという将校か。監獄を拠点にしていると聞いている。王都の包囲が完成したいま、挟撃もままならないだろう。兵の数も知れているだろうし、攻めては来るまい」


「だといいんですけどね」


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