第254話 一騎打ちの行方



 ナノマシンで強化しているにもかかわらず、俺は一方的に押されていた。


「どうした若造! 一騎打ちを挑んできてその程度かッ!」


「くッ!」


 初撃こそ打ち込めたものの、俺の全力はあっさりと弾かれてしまった。


 そこからはダンケルクの一方的な攻撃を受けるばかりで、反撃する余裕は無い。


 マキナ聖王国の誇る大将軍の一撃は重く、弾くことも受け流すこともできず、じわじわと体力が削られていく。


 剣を受けとめるたびに腕のしびれが強くなり、このままでは十分ともたない。

 いったんバックステップで距離をとろうとするが、それを見越したかのようにダンケルクは迫ってきた。


「ラスティ・スレイド見せてみろ! 貴様の真価をッ! マキナの大将軍を倒すと豪語ごうごする自信をッ!」


 買いかぶりである。

 そもそも一言も倒すなどと口にしていない。


 思考を高速化して考える。この強敵に勝つ方法を……。


 魔法は? いや、装備から感じられる魔力からして、決定打にならない。無傷ではないだろうが、それほどの痛手には至らないだろう。ここぞというときの切り札としてとっておくべきだ。


 格闘術は? これも無理だ。そもそもダンケルクに隙は無い。懐に入り込もうにも、斬撃に邪魔されて近づけない。


 レーザーガンは装備していない。この惑星の一騎打ちは魔道具の使用は認められていない。そのくせ魔法剣や、魔法で強化された防具は装備していいのだから矛盾を感じる。


 逃げときゃ良かった……。


 後悔してももう遅い。敵は敗走を見逃すような優しい相手ではない。背を向けた瞬間、バッサリだ。


 となれば、できるだけホエルンに近い場所に……。


「貴様、何か隠しているな。先ほどから同じ場所へ行こうとしている、その手には乗らんぞッ!」


 歴戦の強者のかんは鋭く、こちらの目論見をあっさりと見抜いた。そして、ホエルンの鞭の圏外けんがいへ押しやられる。


――ラスティ! この距離ではホエルンの支援が届きません――


【マリンに賭けよう!】


 賭けるというか、もうそれしか救いの手は残っていない。


 泣きそうになりながら、ダンケルクの攻撃を受けとめる。


 瞬間、頬を何かがかすめた。


――大変です! 剣が欠けました――


【どっちの!】


――ラスティの魔法剣です――


【なんだってぇ! あの飲んだくれ兄弟! なまくらを掴ませやがったなぁ!】


 いきどおっている間にも、斬撃を受けとめるたびに破片が身体を掠めていく。


 感情的になっている俺を、相棒がなだめる。


――それはちがいます。ダンケルクの剣が上なのです――


【どうするんだよ。このままじゃ折れるぞ】


――考えがあります。ここは剣が壊れることを受け入れて、最大の攻撃を打ち込みましょう――


【最大の攻撃?】


――魔法剣が暴発する寸前まで魔力を送り、それをダンケルクに叩きつけるのです――


【そんなことしたらここら一帯クレーターだぞ】


――ですから魔力を調整して、ごくごく極めて狭い範囲の暴発にとどめるのです!――


 それしか手はなさそうだ。危険な賭だが、相棒にたくす。


【それでいい、やってくれ!】


 切り札の魔法で斬撃を防ぎ、平行して魔法剣に魔力を込める。光が剣に灯る。その光が急速に明るさを増していく。


「ぬぅ! 仕掛けてくるか!」


「うおぉぉぉーーーー」


 本戦、二度目の攻撃に移る。


 剣と剣が振れた瞬間…………。


 視界がまっ白にりつぶされた。そして、耳をつんざく轟音ごうおんが俺から音を奪う。



◇◇◇



 世界の彩りが戻る。視界の片隅に半ばから折れた魔法剣が映った。


 俺の剣は完全に壊れている。ダンケルクは?


「ぐうぅ……まさかこのような手を隠していたとは…………抜かった」


 それなりにダメージを受けたようだ。剣を杖代わりに立っている。その剣も長い亀裂きれつが走っており、武器として扱うことが不可能であることが窺い知れた。


 畳みかけるチャンスだ!


 目にかかった髪を払いのけようとしたら、ぬるりとした感触が手に伝わった。血だ。


 ダンケルクがあれほどのダメージを負っているのだ、俺も無傷ではない。痛覚をほとんど遮断していたので痛みに鈍くなっていたようだ。


【フェムト、受けたダメージは?】


――致命傷・身体の部位欠損はありません。蓄積ダメージは四七%といったところでしょう――


 ナノマシンの恩恵で、身体の部位欠損さえなければ蓄積ダメージ八〇%でも動ける。しかし五〇%近いそれはかなりの蓄積量で、戦闘継続が望ましい数値ではない。


 そのせいか、力を入れて大地を蹴ろうとするも、思うように力が入らない。

 足を引きずるようにして、ダンケルクへと歩を進める。ズルズルとだらしなく。


「素手で勝負だッ!」


「抜かせ若造」


 ダンケルクは、杖代わりの剣を大地から引き抜こうとするが、途中でぽっきりと折れてしまった。


「こうなっては仕方あるまい。相手をしてやる。かかって来い!」


 じわじわと互いの距離が縮む。

 気のせいか、ダンケルクの身体がふくれあがったように見えた。


――ラスティ、危険です! ダンケルクは魔法で身体を強化しました!――


【かまわない。


 振りあげられる拳を無視して、進む。


「死ねぃ!」


 うなりをあげて拳が迫る。


 待ち望んだ一撃だ。


 ゆらりと身体を揺らして、ダンケルクの腕に手のひらを添える。ほんの少し力の方向ベクトルを変えてやった。

 たったそれだけのことなのに、ダンケルクは大げさに転倒した。


「? な、なんだいまの技は? 幻覚魔法か!?」


 マキナの大将軍はすぐさま立ちあがり、今度は掴みかかってきた。その手を掴み、今度は回転を与える。


 するといとも簡単に腕を締めあげる形になり、ゴキンと肩の関節が外れた。

 関節が外れ、だらりと垂れた右腕をかばい、ダンケルクは恐れと狂気の混じった声をあげる。


「なんだ、なんだ、なんだ! その技はなんなのだ! 若造、一体何をしたッ!」


「そればっかりは教えられませんね。だって教えたら殺されちゃうじゃないですか」


 俺のつかったのは地球の〝アイキ〟とう武術の技だ。


 相手の力を利用して、そのまま相手に返す。物理要素のある科学的な格闘技術だ。敵を含めた移動予測、動きながらの演算はAIだと時間がかかる。リアルタイムに動けるのは〝人間〟にしかできない。かなりの訓練を要するが、軍でも最強の格闘術に位置づけられている。


 ダンケルクは強すぎるがゆえに返ってくるダメージはハンパない。目に見えて疲弊ひへいしているのがわかる。


 まあ、俺もダメージが多すぎで、いつものように動けないけど。


 足を引きずり近づく、それと同時にダンケルクは一歩二歩と後ろにさがる。


 勝敗は決した。マキナの大将軍は本能的に負けを認めたのだ。


 腰から高周波コンバットナイフを引き抜く。

 ダンケルクには悪いが、死んでもらおう。彼も軍人だ。覚悟はできているだろう。


 ゆっくりと近づく。


「くっ、これも戦場のならわしか……一騎打ちに負けたのだ、仕方あるまい。さっさとやれ」


 マキナ聖王国を代表する武人だけあって、ダンケルクはいさぎよかった。


 苦しまぬよう、ひと息でとどめを刺そうと思っていたら、

「大将軍はマキナの国柱こくちゅう! お助けしろぉーー」

「「「おおぉぉぉーーーー」」」


 無駄に練度の高い矢が、俺目がけて殺到さっとうする。


 やっぱりマキナはクソだ!


【フェムト、弾道予測だ!】


――弾道予測アプリ起動、予測開始!――


 優秀なAIは即座に回答を弾きだしてくれた。しかし、それは避けようのない最悪の未来!


 並列化した〈氷槍〉で迎撃するも、即席計算では命中率が低く、かえって矢が避けにくくなった。最悪だ。


 ホエルンの鞭の音と、マリンの大鎌を知覚したが、何本も矢が刺さったあとの話である。


 こうして俺は一騎打ちに勝利したものの、最大の敵を逃してしまった。


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