第253話 一騎打ち前②



 先発隊の造った陣地に到着する。


 陣地から王都をのぞむ。

 長い城壁と、中央に位置する立派な城が遠くからでもはっきり見える。小型コロニーほどもある城壁だ。あの規模のコロニーだと一億人近く収容できる。この惑星の技術を考慮して、収容率が約一〇%だと仮定しても一千万人規模の大都市だ。

 ガンダラクシャの人口が一〇〇万弱なので、その実に十倍。まさに王都。


 なるほど、みんなが王都奪還に躍起やっきになるはずだ。


 野戦陣地を構築した場所は、王都まで五キロから七キロといった距離だ。十キロほど距離を置くかと思っていたが、なかなか強気な陣地構築。戦いが始まる前から圧をかけているのだろう。


 後続の攻城兵器が到着してから、一騎打ちの使者を送る。


 断ってくれと必死に願ったが、返ってきたのは受けて立つという結果。


 目頭が熱くなるのと同時に、惑星生活を初めて以来、最大の胃痛が俺を襲ったのは言うまでもない。


 翌日、日がのぼるとマキナ、ベルーガ両陣営の中間地点に設けられた一騎打ちの場へ向かった。


 四隅に旗の立てられた、特設闘技場へ赴く。その足取りは重く、宇宙軍士官学校の入学面接以来の緊張感だ。


 逃げ出したいところだが、両陣営が特設闘技場をはさむように展開されている。敵味方の視線の雨が降り注ぐ。逃げ場は無い。


 いまにも泣きだしたい気持ちで進んだ。


 特設闘技場にて、対戦相手のダンケルク大将軍と対峙たいじする。


「は、初めまして、ラスティ・スレイドです」


「ワシはダンケルク・ロミーア。マキナ聖王国の大将軍を任されている」

 マキナ最強の大将軍は壮年の男だった。髪は黒々としていて、撫でつけたような髪型。口と顎の髭は整髪料で固めているのか、艶々して綺麗に整えられている。巨躯きょくというほどでもないが、無駄な肉のない頑強そうな体型だ。無茶苦茶鍛えてるな……。


 こっちにはナノマシンがあるので力比べなら負ける気はしないが、装備の差が凄まじかった。


 国を代表する大将軍だけあって、身につけているのはどれも一級品。


 魔法剣はノルテさんの物よりも大きくて、嵌まっているのも握りこぶしよりも大きい魔宝石。いままで見たことのない大きさだ。

 剣だけでなく、鎧や盾からも強い魔力を感じられる。それらに刻まれた魔術式も凄まじく、細かい文字でびっしりと埋め尽くされている。

 ひと目見ただけでもわかる。相当強い。


 殺される未来しか見えない……。


「俺はベルーガで侯爵兼元帥を務めています。……お手柔らかに」


「お手柔らかにだと、これから殺し合う相手に手心を加えるつもりはない。死力を尽くして戦うのみ。それが武人であろう」


 正論で返され、ぐぅの音も出ない。


「しかし、ベルーガの連中、やる気があるのか? このような覇気のない元帥を寄越すとは……」


 完全に俺を見下している。

 チャンスだ!


「あのう……よろしければのお話なんですけど、辞退してもいいですか?」


「何ぃッ!」


 名だたる提督よりも激しい口調に、俺の戦意は喪失そうしつした。


「あっ、いえ、冗談ですよ、冗談。緊張していちゃ実力を発揮はっきできませんからね。はははっ……ハァ」


「何を寝ぼけたこと抜かす。武人たる者、常に全力を出せるよう身構えておくものだ!」


「仰る通りです。はい」


「それよりも貴様、戦う気はあるのか?」


「……一応は」


「一応だとぉーーー!」


 怒号に鼓膜こまくふるえる。逃げたい。はじとか世間体せけんていとかどうでもいいから、可及的速かきゅうてきすみやかにこの場から消え去りたい。


 そんな思いとは裏腹に、ベルーガ陣営から声があがった。

「舌戦はスレイド侯の勝利だ」

「勝てる! 勝てるぞ!」

「見ろ、あのダンケルクが感情的になっている!」


 ちがう、ちがうんだ……みんな誤解をしないでくれ。


 今度はマキナ陣営から声があがる。

「将軍があそこまで戦意をあらわわにするとはッ!」

「ラスティ・スレイド……あなどれぬ相手だ」

「大丈夫か? 将軍が相手の挑発ちょうはつに乗っているぞ!」


 やめてくれ、俺を持ち上げないでくれ……。


「なるほど、これを狙っていたのか……策士だな」


「いえ、策士というか……勘違い? みたいな」


「そういうことにしておいてやろう。ワシとしたことがつい感情的になってしまったわ。危うく貴様の挑発に乗るところだった。褒めてやる」


 ダンケルクはやる気をみなぎらせ、大剣を抜いた。


 小声で喋っていたのが完全に裏目に出た。こうなっては逃げられない。


 諦めて、俺も剣を抜く。

 ここで一旦、審判役が間に入り、距離を置いて仕切り直す。


「それでは双方、覚悟はよろしいか!」


「かまわん!」

「ちょっとだけ時間をください」


 頼みの綱であるホエルン教官との距離を測る。


――十五メートル。ホエルンの鞭の範囲内です――


【ありがとうフェムト、これから出す指示はわかっているな】


――全力でサポートします――


【いいか、第七世代の真価が問われる一戦だ。万全を期した手厚いサポートを頼む】


――この結果を記録に残すのですか?――


【これ以上ないサンプルデータだ。俺がやられて、ほかの仲間が勝利したら第七世代の名声は地に落ちることになる。わかってるよな】


――でしたらなおさら負けられませんね。ラスティ、あなたならできます!――


 その根拠はどこにあるんだ……。


 心配をよそに、相棒から報告の思念が送られてくる。


――身体強化、防御強化、痛覚遮断、攻撃予測アプリ起動、近接格闘データ展開――


【痛覚はある程度残しておいてくれ、ダメージ管理が疎かになる。あと強化は五〇%まで、合図をしたら一〇〇%に変更だ。しょっぱなから全力だと負担が大きすぎる。余力はここぞというときにとっておこう】


――了解しました――


 準備はととのった。


 審判の合図とともに、国の命運と命を懸けた一騎打ちが始まった。


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