第251話 subroutine アシェ_壊滅的プレゼン


◆◆◆ アシェ視点 ◆◆◆


 女には退けない戦いがあります。


 姉妹とのスイーツ争い、男を巡る仁義なき戦い、敵意剥てきいむき出しのしゅうとめとの激戦、夫を狙う泥棒猫との死闘。


 どれもみにく凄惨せいさんな争いです。


 世間体? そんなことを気にしていては勝てる勝負も勝てません。泥沼上等!

 婚活もそれらと同様、退けない戦いに当てまるでしょう。


 その勝負となる舞台へ、私――アシェ・カナベルはあがりました!


「エスペランザ・エメリッヒ軍事顧問殿、大切な話があります」


「大切な話? 私の知らない情報でも入手したのかね? そらともトンネル以外の策をひらめいたのかね?」


「高度に政治的な話です、人払いを」


「政治的? …………わかった」


 エスペランザが目配せすると、厄介なメイド二人は文句も言わずに部屋を退出しました。


 まずは第一関門突破です。

 しかし油断は禁物。戦いはこれから……。


「本題に入る前に、こちらの資料を」


 まずは軽く刃を交えることにしました。私の経歴を漏れなく記した書面を手渡します。


「これは君の個人情報だな。軍務経歴と……私的なプロフィール」


「ええそうです。こう見えて、私は家庭的な女です。炊事、洗濯、掃除に裁縫と家事に関してはあらゆる方面で万能です。特に料理は得意中の得意で、ラスティからも一目置かれています。統計によればバストサイズは中の上ですが、上の下に近い値です。ここまでよろしいですか?」


「……待ってくれ、それがどう大切な話と繋がっているのだね? 家庭的な女性でなのだろうが、それと一体どんな関連が?」


 良い妻! 初手に手応えを感じましたッ! この婚活、勝つる!


「質問はごもっとも、ですが最後までお聞きください」


「…………わかった」


 エスペランザはいぶかしげな表情で口元に手を当てています。それとなく勘づいてはいるようですが、確証を持てない様子。まさに浮き足だった軍勢。好機です、一気にたたみかけましょう!


「ここまでの説明ならば凡百の娘。しかし特筆すべき点がいくつも隠れています」


 エスペランザの目が鋭くなりました。どうやらうまく誘導できたようです。おそらく、凡百という言葉に真意が隠されていると勘違いしているのでしょう。まんまと罠にかかりましたねッ!


「腰のくびれには人並以上の自信があります。ヒップに至っては安産型だと自負しております。それに加えて殿方に尽くすタイプ。どうです、私と結婚すれば家事に時間を取られることはありません。それに私は軍事経験者、ツェリ元帥閣下のもと、一万からなる精鋭――第一騎士団の団長を勤めておりました。家庭においても軍事においても、これ以上の手駒は無いでしょう」


「…………つまり君はこう言いたいのかね。妻としても軍属の部下としても優秀だと」


 エスペランザは優秀な殿方です。並の男とちがって、混乱から即座に立ち直りました。私の意図に気づいたのでしょう。ですがもう遅い!


 ここはイトコのアルベルトに教わった手をつかって…………。

「ちがいます。そろそろ本題に入りましょう」


「う、うむ、そうしてくれ。遠回しな話は好むところではない」


「こう見えても私、ベッドマナーの座学にはいささか自信があります。人形相手ではありますが、模擬戦も済ませております。もちろん、上であろうと、下であろうと受けて立つ所存!」


「ん、んんッ!」


「いままで隠しておりましたが、私、妖精族の血を引いていますので長寿です。あと二百年は容姿がおとろえません。どうです? ベルーガ全土を探してもこのような良物件、そうそう見つかりませんよ。それを踏まえてご回答を!」


「……………………」


 エスペランザに難色を示す仕草は見受けられません。口を半開きにして呆れた様子でもなければ、目元を手で覆ってなげいてもいません。


 どどめの婚姻届をテーブルに置きました。もちろん、私のサイン入りです。


「ちょっと待っていてくれ」


 エスペランザは立ちあがり、部屋の奥へ向かいます。

 ああ、私としたことが迂闊でした。ペンを持ってくるのを忘れました。

 イトコが指摘するように、まだまだ詰めが甘いですね。でも勝ちました! 完勝です。


 いまにも跳び上がりたい気持ちを抑えて、貞淑な乙女を演じます。歳? そんなの関係ありません。要は見た目です。


 なぜかエスペランザは奥にある書類棚へ行き、紙を手に戻ってきました。


 ペン……ではない。だとすると、これはもしやッ! エスペランザも私のことをッ! なんという偶然! これこそ神のお導きッ!


 頭のなかがお花畑になりました。


 軍事顧問は鮮やかな手並みで、私を現実に引き戻してくれました。

 持ってきた紙を見せてくれます。


「実は求婚されていてね。それも二人だ」


「アッーーーー!」


 魂が飛びかけました。衝撃のあまり眼鏡がズレます。


 差し出された紙は婚姻契約ではありませんでした。それどころか、あの美人メイド二人の名前が……。


 先を越されたッ! このアシェ・カナベル一生の不覚ッ!


 冷や汗が頬を伝う感覚が鮮明に伝わりました。五感を研ぎ澄まして、窮地きゅうちだっしようと模索もさくしますが名案は浮かびません。ここまできて、万事休すなのですかッ!


 つの苛立いらだちに耐えながら、冷静を装います。


「ほかにもいろいろとあるのだが……」


 追い打ちを駆けるように、エスペランザはテーブル脇から紙束をとりあげます。

 その数、五枚。


 これでライバルは七人。宰相付きの軍事顧問の割には少ないですね。内心ほっとしました。まだチャンスはあります。


 興味なさそうにしつつ、紙に書かれたライバルの名前に視線を飛ばします。


 追い打ちではなくトドメだったようです。


 五名の花嫁候補はどれも名門のご令嬢。革新派、王道派、穏健派、開国派とベルーガ四大派閥の重鎮令嬢、それに侯爵や公爵といった大貴族ばかり。


 敗北を知りました。オーバーキルです。さすがは軍事顧問、鮮やかな返しです。


 あれっ、目から汗が…………。


 浮かれていた自分が恥ずかしくなり、この場から逃げだそうと席を立ったところで、

「待ちたまえ、ま話は終わってないのだろう?」

 と引き留められました。


 これ以上、何を話せというのでしょうか。敗者は黙って去るべきです。


「実は元帥就任の打診も受けていてね。君のような人材が欲しかったところだ。妻ならば昼夜問わず一緒に作業していても変な噂が立たないだろうし、こちらとしても都合がいいのだが、ベルーガの結婚事情にうとくてね」


「それでは私からの求婚を受けてくれるのですかッ!」


「落ち着きたまえ。まずは状況確認だ」


 そう言って、エスペランザは部屋の隅に固めている紙の山を手で示しました。


 もしや、溜まっている仕事とか……。


「結婚の話は多いが、どれもタイプでなくてね。私はね、わずらわしい貴族令嬢が嫌いなんだよ」


 う゛そ! あれ全部が求婚の……。


 意志に反して、足が後ろへ踏み出します。


「……あ、あのう……そ、それで」


 それでッ! 結局、私と結婚してくるのですか! 問題はそこなのですけどッ!


「ここからは個人的な質問になるが、ベルーガは一夫多妻制と聞いている。妻の人数に制限はあるのかね?」


 伯爵以上になれば妻の人数に制限は無い。しかし、妻をめとるに値する財力は必要で……。


 婚期を逃したくない私は、そこら辺を無視して飛びついた。

 頭ではわかっている。この婚活たたかいは敗北だと。しかし、女としての未練と妄執もうしゅうが駆り立てる。

 玉砕しろと!


「制限はありません。それでご返答はッ!」


「君のことはスレイド大尉から聞いている。問題は無さそうだし、婚姻契約を結ぼう。しかし……」


「しかし……」


「エレナ事務官の手前、すぐに結婚とはいかない。正式な結婚は王都奪還後になるが、それでもかまわないかね?」


「かまいませんッ!」


 嬉しさのあまり、その場でジャンプしてしまった。


 しかし、ラスティが私のことを話していたとは……これからは敬意を込めて彼の名前を呼ぶことにしましょう。


 婚姻契約の証として、婚約指輪をもらいました。

 メイド二人のしている指輪と同じデザインですけど、そこは寛容かんような心で受け入れましょう。


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