第249話 悪魔は誰だ②



 エメリッヒに詰め寄るアシェさん。


 イケメンの軍事顧問は動じることなく、澄ました顔で言う。

「振動だよ」


「振動?」


「地下の掘削作業。それも大量の兵士を送り出すトンネルを掘るとなると、大規模な機械を投入する必要性が出てくる。かなりの音や振動が出るだろう。それに王都周辺の土壌は岩盤のように硬くない。掘り進めている間に崩落ほうらくする恐れがある。あまり現実的な案とは言い難い」


「……では、城壁。城門に沿うように強固な屋根を造るのはどうでしょうか? 敵の攻撃をしのぎながら城門を破壊すれば」


「指をくわえて待っていてくれるほど敵は優しくない。討って出てくるだろう。焼き払われることを考えると駄目だ。城門を破る前にこちらの資材が枯渇こかつする。繰り返してもいいが、無駄に労力と時間を消費するだけだ。刃を交える前に兵が疲弊ひへいしてしまう」


「ならば上空から攻めるには? 軍事顧問はエクタナビアへ行くのに空から向かったと聞いています。選りすぐりの精鋭を大量に送り込めば、少ない犠牲で王都を奪還できるかと」


「それも現実的ではないな。マキナには空を征く天馬騎士団がいるらしい。空での戦いはあちらに一日の長がある。それにエクタナビアの場合は降下できる安全地帯があったから可能だったのだ。王都にはそれが無い。精鋭を送り込んでも敵が待ち構えているど真ん中では、餌食になるだけ」


「あれも駄目、これも駄目。一体どうなさるおつもりですか?」

 地下ルートを否定されのが響いているのか、アシェさんの眉間に皺が寄る。二本だ。そこそこお怒りの様子。


「防備を固められた以上、をてらうような策はない。あれは敵の慢心まんしんにつけ込む戦いだからな。今回は誘き出すの一択だ。無理なら、ありきたりの攻城戦をするしかあるまい」


「誘い出すなど、それこそ荒唐無稽こうとうむけいだと思いますがッ!」

 眉間の皺が三本に増えた。


「それはどうだろう? 一騎打という手がある。そうだな、国王陛下が陣頭に立っての提案ならば、敵も無視できないだろう。もっとも戦うのは陛下ではないがね」


「陛下以外となると、一騎打ちを受けるとは思えませんが」


「いるじゃないか、近々王族名を連ねる人物が。各地で武功を立て、いまや時の人だ。可能性はゼロではない」


 


「大活躍されたのはエスペランザ軍事顧問ですよね。俺はちょいちょい戦場に顔を出す程度でそれほど有名ではありませんよ」


「いやいや、スレイド大尉。君は有名だ。一代で……わずかな期間で侯爵になったのだからね。それもコネや金に頼るのではなく実力で。マキナ聖王国としても早々に排除したい危険因子だろう」


「それを言うなら、エレナ宰相のほうが有名人です。財政を立て直し、マキナの糧秣りょうまつ基地を叩いた」


「あら、私の場合は個人の武力によるものじゃないわ。ここよ、ここ」

 帝室令嬢は自慢げにこめかみを指で叩く。


「じゃ、じゃあ、裏切り者の元帥――バルコフを退けたホエルンは?」


「パパ、それは駄目よ。私じゃ強すぎて相手も気乗りしないわ。勝てるくらいの相手じゃないと」


「そ、それじゃあリブは? 俺と同じ部隊だったし相当強い。何度か負けたことがあるしな」


 戦友へ目をやると、その横に立っていた小悪魔娘が、凄まじい眼力を向けてきた。おまけにあふれる魔力で髪が逆立っている。


「義兄様、おもしろい冗談ですわね」


「…………」


「あら、冗談ではなかったのですか? まさか未来の義弟に死地に赴けと! ああ、ちぃ姉様が可哀想。恋した殿方がこれほどまでに薄情だったとは……」


「じょ、じょじょ、冗談ですよ、冗談。会議の場の空気があまりにも重苦しかったもので……」


 リブを見やると、怖いもの知らずの戦友は震えていた。


「そうですよね。だって私とリブはすでに夫婦なのですから。危うく不敬罪で処断するところでしたわ」


 えっ!


「「「ええッ!」」」


 未来の妻たちからも驚きの声があがる。


「それはどういうことですルセア」


「夫婦だとッ! どういう意味だ、妹よッ!」


星方教会の司教様とお会いして、結婚の話をしたら、仲介役になってくれただけのことです。この通り、ロレーヌ司教立ち会いの婚姻誓約書も」

 ルセリアがひらひらと羊皮紙を見せつける。


 ティーレとカーラが競うように、末妹の手から羊皮紙を奪う。

「私は認めませんッ! ルセアッ、ただちに破棄しなさいッ!」


「おまっ、オレを差し置いて結婚だと! 許せん! そもそも式を挙げていないではないかッ! そのような婚姻は無効だッ!」


 どうやら婚姻誓約書は本物のようだ。姉妹仲良くこめかみに血管を浮きあがらせている。

 温和なティーレはともかくとして、あの計算高いカーラをも手玉にとるとは……。ルセリア殿下って小悪魔じゃなくて、大悪魔だよな。

 末恐ろしい未来の義妹に背筋が寒くなった。


 そのルセリア殿下は、姉二人の怒りを前に涼しい顔。

「正式な婚姻は後ほど。私が契約したのは世間一般におけるせきを入れるという行為です。王族のそれではありません。それよりもお姉様方、何かご不満でも?」


「仮とはいえ、私たちよりも先に婚姻するなんてひどすぎます」


「我が妹よ。姉の顔を立てるということを考えつかなかったのか」


「だって、カーラお姉様は行き後れなのでしょう。その婚姻を待っていては私まで行き後れになってしまいます」


 凄まじい言葉の暴力だった。


「うぐっ!」

 カーラが胸元を両手で押さえる。その顔は蒼白だ。痛恨の一撃だったのだろう。いや、致命傷か……。どちらにせよカーラの再起不能は確定だ。


 食い下がるティーレ。

「ならばその誓約書あしきおてんを消し去るのみ! 〈発火パイロ〉」


 羊皮紙が瞬く間に灰になる。しかし、末妹は澄まし顔。


「手遅れですわちい姉様。写し――割り印を押した誓約書は、いまごろ聖地イデアにいる教皇のところに届いている頃です。挙式は王都であげますので、先に既成事実をつくりました。王族から過半数の賛成をいただいているので問題はないはず」


「……クッ、そんな手が。…………エレナ宰相! あなたはよろしいのですかッ!」


 話を振られ、動揺するエレナ事務官。しかし、辣腕らつわん政治家は、

「もう、やっちゃったことだし、いまさらどうこうできないわね。ここはいさぎよく諦めましょう」


「でしたら私もッ!」

 そう言って、この場を去ろうとするティーレ。


 その肩をエレナ事務官が掴む。

「駄目よ。それだけは絶対駄目。アデルと私を敵に回す覚悟があるのなら話は別だけど」

 帝室令嬢の目が怪しく輝いた。悪魔の目だッ!


 凄まじい眼力の前に、ティーレは敗北した。

「……あなた様ぁ」

 いまにも涙腺を崩壊させそうな顔で、俺に救いを求めてくる。


 ごめん無理。悪魔には勝てないよ。


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