第247話 おもてなし②



 遠路はるばる東部から駆けつけてくれたので、各宗派の代表たちに挨拶をしてまわる。


 心付けとして金貨を渡そうとしたが、全員に断られた。

「孤児院の運営資金を出してもらっているのにこれ以上は頂けません」と星方教会。

「我々は安寧の地を得られただけで十分です」とミーフーの大師様。

「盟友プルガートの王からも頼まれておりますゆえ」と邪教の教主。

「王家の方々にはお世話になっています。そのことを考えれば」と精霊神殿。


 国々をまたにかける宗教団体だったので、もっとガツガツとした人たちかと思ったら、案外まともだった。

 まあ東部にあるスレイド領の神殿とかタダで建ててあげたし、その見返りだろう。


 お礼を言ってから、追贈された北部の領地でも宗教活動を許可することにした。

 もしかすると、これが狙いだったかもしれない。

 もともと信仰の自由をかかげているし、いまさらだな。些細なことは気にしない。大きな心は大事。これ、人生において楽しく生きるコツ。


 旅の疲れもあるだろうが、歓迎のうたげを開くことにした。


 肉食OKのサタニアと精霊神殿の人たちにはサクッカリッの完成形唐揚げ様と、開発したばかりのサラミの載ったピザを提供した。どちらも評判は良い。


 ミーフーは、肉や魚を食べることを戒律で禁じられている。

 星方教会も似たような戒律はあるが緩い。ミーフーはガッチガチだ。

 なので、〝精進料理〟という地球の味を振る舞うことにした。宇宙でもダイエット食で有名なトウフをつかった料理だ。


 海藻かいそうとキノコでとったダシにとろみを加えて、揚げたトウフにかける。〝揚げドウフ〟というまんまの料理。薄味だがうま味のある上品な味に仕上がっている。


 それからスライスしたトウフを揚げて変形させた〝アゲ〟に一手間。アゲを甘辛く煮た〝キツネ〟という一品。〝ウドン〟という白い太麺と合体させると〝キツネウドン〟になる。


 ほかにもゴマの風味が豊かなトウフの亜種ゴマドーフ。宇宙の即席ラーメンで有名な大豆由来の謎肉など、いろいろ用意してみた。


 星方教会はもとより、普段は山菜さんさいや穀物のかゆばかり食べているミーフーにとってこの料理は斬新だったらしく、かなり興味を示してくれた。


「揚げドウフといい、キツネといい、豊かな味わいですな。大豆でつくった謎肉などは並々ならぬ熱意を感じました。どれも実に美味い」


 ミーフーの代表、サ・リュー大師なる美青年は扱うのが難しい二本の棒――〝ハシ〟を器用につかいこなして、それらを平らげていく。

 接待の手応えはあった。


「気に入って頂けたのならレシピを届けさせましょう」


「よろしいのですかッ!」


 サ・リュー大師が椅子から腰を浮かす。かなりの手応えだ。好感度マシマシだろう。


「ええ、明日にでも届けさせます」


「それはありがたい。お礼にミーフーの武術を披露して進ぜよう」


「武術?」


「さよう。海を渡り、どの国にも属さず自衛してきた我らが鍛錬の賜物たまもの。熟練者ともなれば、素手で魔熊ですら倒すことができますからな」


 あの魔熊を! 魔熊といえば、切り裂き猪クラスの難敵だ。それを素手で……。

 眉唾まゆつばな気もするけど、レアで凶悪な魔物だから用意することもできない。魔物捕獲に兵を裂けないことを知った上でのハッタリだろうか?


 そんな考えが顔に出ていたのか、

「魔熊とまではいきませんが愚僧もそれなりに鍛えておりますゆえ、一手だけなら」


 禿頭とくとうの美僧はそう言うと、水の入ったかめを所望する。


 部下に命じたて用意させたものの、瓶はなかったのでおけで代用となった。

 ミーフーの武術は有名らしく、水の入った桶が用意される頃になると、どこから聞きつけたのか貴族やら将軍やらがあつまってきた。

 野次馬に紛れて、リッシュもいた。


 知らぬ仲ではないので、席を用意して招く。

「おお、これはすまぬなスレイド侯」


「いえいえ、元帥閣下がお越しくださったのですから、これくらいは当然です」


 ギャラリーが見守るなか、サ・リュー大師が桶に歩み寄る。

 野次馬たちから声がく。


「ミーフーの〝散気〟か?」

「〝散気〟といえば、強化魔法のようなもの。ここは出鱈目の破壊力を誇る〝集気〟だろう」

「いや、身体強化の〝練気〟かも知れんぞ。大師はそれなりと言っていたしな」

「わからんぞ。ミーフーはあえて過少申告するというからな」


 知らない単語がバンバン出てきた。

 話の内容からして魔法に似た技らしい。


【フェムト、録画準備だ。あとで解析できるように詳細まできちんと撮っておいてくれ】


――了解しました――


 桶の強度を確認しているのか、サ・リューはしきりに桶をでている。


「ふむ、ふむふむ。この程度ならば問題はありませんな。では……」


 さりげない動作で、側面を手の平で叩いた。


 次の瞬間。



 ザッ!



 

 そう見えたのは一瞬だけで、自然の理に従い大地を濡らす。

 サ・リュー大師の衣類はまったく濡れておらず、彼の立っていた場所だけ水が乾いている。


 ただ一言、凄い。


 あつまった野次馬も同様らしく、声をあげたり、手を叩いたりと大師の技をめ称えている。


「すげぇ!」

「あんな技、見たことないぞ」

「桶を壊すことなく、水だけを打ち上げるとは!」


 気になるのだろう。何人か桶に近づき、どうなったかをたしかめている。

 いつの間にか、桶の周りに人だかりができていた。


「どうでしたかな、ミーフーの技は」


「お見事の一言に尽きます。さぞかし修練にはげまれたのでしょう」


「いえ、御仏に仕える片手間ですよ」


「その技が必要のない世になるよう、領地を治めていくつもりです」


 それとなく出た言葉だったが、大師はいたく感激かんげきしたようで、深々と頭を下げた。


「侯のような御仁と出会えて光栄です。今後とも良き隣人としてお付き合いしていきましょう」


「こちらこそ」


 ミーフーの大師に触発されてか、今度はサタニア教の教主――エギーラと名乗る妖艶な美女が技を披露ひろうすると出てきた。


 サタニアの技は魔物の使役で、その教徒たちは魔物の持つ技を習得しているらしい。どんな技かと見せてもらったら、スライムのように酸を飛ばしたり、火トカゲのように火を噴いたりと大道芸のようなものばかり。見た目のインパクトは強烈だったが、威力のほどはわからない。戦力として期待せず、虚仮威し要因と割りきろう。


 精霊神殿は普通の魔法で、星方教会のわざはすでに妙齢の女司教ロレーヌから見せてもらっている。

 驚いたふうを装い歓迎した。


 追贈されたマロッツェで布教活動の便宜べんぎはかるよう、どの宗派も精力的だった。

 俺もお人好しではないので、無条件には認めない。対立しないこと、悪事を働かないことを条件に活動を許可した。


 人道的に受け取られているが、そこには打算がある。

 依怙贔屓えこひいきうらままれるものだと相場は決まっている。なので、絶妙なパワーバランスに乗っかりたい。そういった思惑もあって、突出した勢力が生まれぬよう保険をかけたつもりだ。


 保険をより確実にさせるため、酒の席で言質げんちをとった。

 他宗派と争わず。

 これで不戦条約の締結だ。


 我ながらずるいと思うが、平和的に処理するのだ。さほど恨まれはしないだろう。それに、不戦条約は俺が生きている間に限って有効だ。ナノマシンの恩恵で、俺が一六〇くらいまで生きられるとは宗教家たちも思わないだろう。


 実質的な勝利である。俺の死後については知らない。


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