第246話 おもてなし①



「ふぇっくしょんッ!」


「閣下、大丈夫ですか?」

 季節外れのくしゃみに、騎士ラスコーが心配そうに声をかけてくる。

 髪に白いものが目立つ年配の騎士だが、俺の預かっている部隊を管理してくれている優秀な指揮官だ。

 いまはアレクともども、手放せない人材となっている。


 もうじき王都攻めが始まる。風邪を引いては困る。ま、ナノマシンの恩恵で風邪知らずなんだけどね。


「いや、ちょっとくしゃみが出ただけだ。誰かが俺の噂をしているらしい」


「閣下はいまや有名人。位人を極められ王族になられる御方。噂が絶えぬのでしょう」


「ところでラスコー、新兵の練度はどうなっている?」


「新たに加わったホエルン教官のおかげではかどっております。近衛と遜色そんしょくのないレベルかと」


 新兵を短期間で近衛レベルとか……マジか?


「ただし、落伍らくご者も多く、動けるのは五千くらいでしょうな」


「ほかは?」


「マリン様がきたえています。あの方はなんでもこなしますな。私どもの仕事がなくなりそうです」


「軍人が呑気のんきに昼寝できるくらいの平和が理想なんだけどね」


「左様でございますな。私どもも惰眠だみんむさぼれる時代が来るよう尽力しましょう」


「はやくそうなるよう俺も頑張るよ」


 ラスコーとの会話もそこそこに兵舎にある執務室へ向かう。


 戦時というのに、俺はいつもと変わらぬ仕事をしていた。

 俺付きの騎士であるジェイクはというと、鬼教官のしごきにっている最中だ。

 なんでもカレン少佐に気があるようで、彼女にいいところを見せたくて躍起になっているらしい。

 当のカレン少佐だが、ジェイクのことなど眼中にはない。あえて、そのことをジェイクに話していない。カレン少佐を餌に、ジェイクを頑張らせているわけだ。


 その甲斐あってかジェイクの成長は目覚ましく、ラスコー曰く、歴代でもっとも成長を遂げた騎士らしい。

 トラウマ級の地獄になるだろうが、これも可愛い部下のため。俺は心を鬼にした。

 いずれ失恋の時はやってくるだろう。その頃には貴族令嬢から求婚されるほど活躍できる人材になっているはず。……それに初恋は実らないと言うし。


 そんなことを考えている間に仕事も終わり、次は巡回だ。

 そろそろ新兵たちの気が緩む頃合いだ。気を引き締めてやろう。


 兵舎を出る。

 適当に歩いていると、マリンが走ってきた。ちょうど部下との訓練が終わったところだ。


「ラスティ様は訓練に参加なさらないのですか? いまならホエルンが稽古をつけてくれますよ」


「お、俺は仕事があるからねッ。出撃も間近に迫っているし、やることが多いからなッ!」

 過去の恐怖に声が上擦る。


「喉の調子が悪いようですが、お身体は大丈夫でしょうか?」


「も、問題ないッ!」


「ならばよいのですが……」


 気のせいか、マリンがいつもより優しい気がする……。

 俺の勝手で結婚を遅らせているのが、ストレスになっているのだろうか?

 それも王都を奪い返すまでの辛抱。我慢を強いていた分、結婚したらしっかり妻として愛そう。


「ところで先発隊は誰なんだ? まさか革新派や王道派の新参者じゃないだろうな?」


「いえ、定評のあるセモベンテ将軍です」


 セモベンテ、嫌な男だけど軍人としては優秀だ。しょっぱなからヘマはしないだろう。

 複雑な心境だったが、ちょっと安心した。


 革新派の元帥は金の亡者で、王道派は無駄に意識が高い。優秀な者を元帥に推しているだろうが実戦経験が無いのはいただけない。相手はマキナの誇る大将軍、戦っても返り討ちに遭うだけだろう。それを考えればセモベンテという選択は最適解といえる。


「で、誰のご指名なんだ?」


「エスペランザ様です。露払つゆばらいを条件に、王都突入の一番槍を譲ったそうです」


「なんであいつなんかに!」


「軍事顧問の考えらしいです。一番槍を餌に、面倒な雑用をやらせると言っていましたから」


 雑用――藁人形を兵に見立てて、敵に矢を消費させる作戦だ。

 古代地球の〝セキヘキ〟という戦いで用いられた戦法らしい。なんでも〝エンギ〟という書物に記されていたとか。


 夜間限定の軍事行動。王都攻めが始まるまでに、どれだけ敵の矢を減らせるか……見物だな。


「いや、でも、城門さえ突破できればベルーガの勝ちだろう?」


「城門を抜いても、敵を倒したわけではありません。聖王国の誇る無敗将軍――もっとも厄介なダンケルク・ロミーア大将軍が残っています」


 ダンケルク将軍――奇襲をかけたAランク冒険者たちを瞬殺した化け物だと聞いている。そんな厄介な敵と当たりたくはない。


「勝てるかな?」


「まず無理でしょう」


「いや、セモベンテの話じゃなくて俺が戦ったらだよ」


「…………危険が大きすぎます。恥を忍んで逃げましょう。ダンケルク将軍はホエルンが相手をする手筈になっていますから」


 あの鬼教官なら負けはしないだろうけど……宇宙軍の裏切り者が聖王国にいるし、安心はできないな。


 その裏切り者たちは、いまだマキナの本拠地に引っ込んだままだ。あれだけのことをやった割には静かすぎる。権力者の後ろ盾があるのなら、もっと派手に動きそうなものだが……王都攻めを間近に控えているのに、いっこうに動かないのがかえって気になる。


 まさか、こっちに来てるってことはないよな?


「ラスティ様、どうかしたのですか?」


「あ、いや、考えごと。王都を奪い返したら当分はそこに住むことになる。だから住む家とか手配しないとね。庭のある家がいいな。犬を何匹か飼って、ちょっとした畑で野菜をつくって、みんなで楽しく暮らしたい」


 将来の夢は、宇宙にいた頃と変わっていない。この惑星だと安っぽい夢なのだろう。だけど、コロニー育ちの俺からすれば、惑星の庭付き一戸建ては、億万長者になれる宇宙クジ一等よりもハードルが高い。


 家族仲良く楽しく暮らす。夢にまで描いた理想の未来。

 その夢が、手を伸ばせば届くところにある。

 興奮すると同時に、夢が逃げていきそうな怖さもあった。


「ペットもいいですけど、私はどちらかというと子供が…………」

 最後の部分だけゴニョゴニョと小声になるマリン。


「夢を語るのもいいけど、まずは王都を取り戻さないとね」


「そ、そうですね! 全力を尽くしましょう!」


 そんな慌ただしい日々を過ごしている間にも、仮の王都となったこの地に続々とベルーガの兵が集結する。地方貴族の有象無象うぞうむぞうだ。その数五万。かなりの兵力だが連携はとれていない。練度はそこそこなので、本陣の守りや虚仮威こけおどし、追撃くらいはやってくれるだろう。


 意外だったのは宗教関連の義勇兵だ。

 東部にあるスレイド領はを条件に、あらゆる宗教に広く門戸もんこを開いている。それが役に立つ日が来るとは……。


 馴染みの星方教会から十名近くの癒やし手とその護衛に聖騎士百名。


 イムという神を崇拝をしている奇妙な前合わせの服を着たミーフー教。心身ともに鍛えることをとする、格闘集団。物騒だか温厚だかわからない宗教家たちだ。

 大師と呼ばれる袈裟と数珠を身につけた禿頭の青年を筆頭に、同じく禿頭の若者が百人ばかり。軽装の彼らは、丈や棍、木剣、刺股に縄といった捕縛に用いる武器を手にしている。


 続いて、邪教と呼ばれる破壊信仰のサタニア。黒髪が多く、肌が極端に白かったり褐色だったり魔族に似た容貌ようぼうだ。邪悪さを演出しているのか、肩には蛇や蜘蛛をのせている。なかなかファンシーな一団だ。


 最後になったが精霊信仰のミスカトニア。ティーレたちベルーガ王族が信奉している教団だけあってお行儀がいい。神殿長を筆頭に五十人からなる魔術師が来ている。回復はできないが、攻撃や補助に長けた魔術師集団だ。


 一部を除いて戦いを嫌う信徒たちだが、教義の壁を越えて助けに来てくれたという。

 統率、練度ともに申し分ない人たちだが、いかんせ数が少なすぎる。助力を無下にすることもできないので、こちらも後方待機。民間人扱いにした。


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