第238話 元帥就任①
妻会議で締結した婚前協定のおかげで、夜の〝にゃんにゃん〟はお預け状態。危うい均衡のもと俺の
初めてが奪われるのはアデル陛下たちの結婚のあとらしい。それまで、まさに蛇の生殺し。
そんな理由でティーレとは添い寝をするだけ。
恋人繋ぎで手を握って、キスだけの素っ気ない夜。お互いに
女性という生き物は理解しがたい。
異性が横で寝ているというのに、スースーと穏やかな寝息を立てて寝ている。無防備にもほどがある。
ああ、でもでも、青みを帯びた銀髪のかかった横顔はとても綺麗で、眺めているだけでも幸せだ。
手を伸ばせば、そこに最愛の人がいるのに……。
もうね、泣きたくなったよ。
だって好きな人が隣りに寝ているのに何もできないし……。
悶々として結局一睡もできなかった。
うっすらと部屋に差し込む朝日を拝んだところで、目を覚ましたばかりのティーレが言う。
「あなた様のお好きになさってもよろしいのですよ」
「でも、約束が……」
「かまいません。私が愛しているのはあなた様だけです。エレナごときが口を挟む問題ではありません。それにすべてを捧げる覚悟はできています」
優しい言葉にほろりときた。
「気持ちは嬉しいけど、愛している人と交わした約束くらいは守りたい」
かなりぼやけた表現になってしまったが、ティーレは理解してくれたようだ。
「私もそうありたいと願っています」
彼女の手を握ると、強く握り返してくれた。
十分すぎる愛も補給したことだし、本来の仕事に戻ろう。
王兄が暗殺されたおかげで、王冠を探す余裕が生まれた。その日のために備えて、この惑星に降り立った際、乗り捨てたままにしてある降下艇から調査機材を回収することにした。
兵を率いての行動なので、許可を得ようとエレナ事務官を訪ねる。
「理由はわかったわ、でも却下ね」
「えっ、なんで? 王城に隠された冠を探すのならいずれ必要になりますよ」
「機材を放棄するってわけじゃないわ。別の者にやらせるってこと。スレイド大尉がいないと、何かと困るのよねぇ」
「もしかして……あの姉妹のことですか?」
「そう、あの姉妹。加えて、マリンちゃんと怖~い鬼教官もね」
「エレナ事務官もホエルンを知っているんですか」
「何度が訓練を受けたわ。あまりにもショッキングな人だったから身体が忘れてくれないの」
意味深な言葉だ。しかし、あの鬼教官、帝族相手でもあんな訓練やってたのか……ほんと、ブレないな。
「エレナ事務官やエスペランザ軍事顧問なら、命令を聞くのでは?」
「軍人としての命令はね。だけどそれ以外にもいろいろ付き合いがあるでしょう。それに私、政務方だから軍事について強く口を挟めないのよ」
それはそっちの事情だろう。俺を巻き込まないでくれ。
「あっ、いま巻き込まれたって顔したわね」
「そ、そんなことはありません。ですが、俺の乗ってきた降下艇に入るにはパスコードが必要です。それに惑星調査用の精密機器があるのであまり手荒には扱えませんし」
「王冠も大切だけど、戦力を分散したくないのよ」
「ということは近々王都奪還に向かうんですか?」
「王都攻めはまだ先だけど、露払いくらいはね。だから人手がいるのよ、人手が」
「まずは情報収集が先なのでは?」
「そっちはすでに手の者を放っているわ。届いた情報がフレッシュなうちに王都攻めに移りたいわけ。そういうことだから、あまり時間に余裕が無いの」
「こちらの態勢がととのってからでは駄目なんですか?」
「速いに越したことはないわね。遥か遠くの大陸南部でもドンパチしているから、いつ火の粉が飛んでくるかわからない状況なの。攻めるなら、いまをおいてないわ」
「兵や糧秣、軍需物資は?」
「スレイド領が豊作だから問題なし、新しくマロッツェ近郊で開拓した農地もいい感じだったから踏み切ることにしたの。それもこれもスレイド大尉のおかげね。大手柄よ」
「…………」
人の領地頼みかよ……。
言いたいことは山とあるが、ティーレから王都奪還の有用性を嫌というほど聞かされている。経済面は問題もなく、暫定政権であるもののベルーガの国家運営は安定している。国民のためと声高に主張するが、最近ではちがう思惑が見え隠れしている。間違いなく婚姻問題だろう。
じっくり攻めてもいいのにな……。
そう思う反面、マリンに我慢を強いている現状は好ましくない。
それに聖王国の占領下で苦しんでいる民も救いたい。
王都奪還に着手すべきだ。
そのためには軍を再編しなければならない。となると……。
「手始めに新しい元帥の選定ね」
元帥といえば、実戦における軍のトップ。大部隊を率いる指揮官だ。裏切りや戦死者が多いと聞いている。何人くらい残っているんだろう?
「元帥の空き枠はどうなっているんですか? 新任の元帥は誰に?」
「スレイド大尉、元帥の数を把握していないの?」
「ベルーガの国軍に属するとは考えていませんでしたから……」
「この際だから説明しておくわね」
マキナ聖王国が攻めてくる前までは、十人の元帥は健在だったらしい。
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