第237話 婚前確認



 二度手間と疑いをけるため、俺は現存する未来の妻たちを一つの部屋にあつめた。


「あなた様、これはどういうことでしょうか?」と、こめかみに血管を浮かせたティーレ。


「ラスティ様、私を受け入れてくれるのですねッ!」大喜びのマリン。


「パパ――いいえ、スレイド訓練生。私以外に三人もいるとは聞いてないけど」にこやかに脅してくる鬼教官。


「オレは嬉しい。妻の一人に加えてくれるなんて夢のようだ」と、ギャップのありすぎる新顔ニューフェイス


 怒られたり、喜ばれたりと複雑な心境だ。

 ここで問題が浮上する。

 第三夫人と第四夫人だ。


「時系列だと私が第三夫人になるはずだけど」


「王族の知る正式表明という点ではオレが第三夫人だ!」


 ホエルン教官とカーラが火花を散らしている。


 胃が痛い。いまだかつてない痛みが襲ってくる。俺もカーラみたいに胃潰瘍になるのか?


 腹をさすっていると、ティーレが横に。

「あなた様、本音をお聞かせください。一番は誰ですか?」

 そんなこと言うまでもない。


 そっとティーレの耳元で囁く。

 こういう修羅場では『愛している』『君が一番だ』を躊躇うことなく口にするのが最適解らしい。……それもほかの女性にバレることなく。


 誰かに聞かれたらと不安はあったが、今回もそれにならった。

 とたんに彼女は赤面して、逃げるように両手で顔を覆った。


 やはりヘルムートの――既婚者のアドバイスは有用だ。今は亡き戦友に心のなかで感謝する。

 ありがとうヘルムート! なんとか修羅場はまぬがれそうだ。


 あとは言い争っている二人だが、こちらもヘルムートの体験談に従い対処した。

 家庭内の問題は、言い訳せずに素直に受け入れる。嘘みたいな話だが、これが正解らしい。躊躇ためらうことなく実行した。


「二人ともすまない。全部俺の責任だ。好きな人が争うのは見てられない。こうなることを考えられなかった俺を許してくれ」


「オレのほうこそ至らない妻で申し訳ない。おまえ様よ、愚かなオレを許してくれ。だが、これだけは言わせてほしい。そこまで考えてくれているおまえ様に、オレは惚れ直した。甘んじて第四夫人になろう」


「ちょっと待ちなさい。それじゃあ私が鬼嫁みたいじゃない。スレイド訓……パパ、私も第四夫人でいいわ」


「おい待て、ホエルン・フォーシュルンド! 貴様は第三夫人の座がほしいと言っていたではないか」


「気が変わったのよ」


ずるいぞ、オレの真似をして! この女狐がッ!」


「女狐とは何よ、この行き遅れ!」


「ひっ、人の気にしていることをッ! この年増ッ!」


「いくら王女殿下とはいえ、聞き捨てならないわね」


「やるかッ!」


「やってあげるわ、このオレッ娘男女おとこおんな


「よくも言ったなッ!」


「おまえ様ッ!」「パパッ!」

 二人が仲良くこっちを向く。


 なんとなくわかった。真面目で職務に忠実そうに見える二人だが、根っこの部分は同じらしい。要するに、恋愛に関しての精神年齢が低い。


「幻滅してもいいかな?」


「やめてくれ」「それだけは駄目」


 なんとか場が収まったところで、今度は別の議題があがった。

 ティーレだ。


「私は正妻なので週三です」


「ティーレが週三ならば、私は週二ですね」


「そうですね。マリンにはその権利があります。だってラスティが居ない間、代理を務めていたのですから」


 ティーレとマリンは仲が良い。しかし、後期参入の二人は……。


「じゃあ私も週二で」


「待て、オレはどうなる?」


「カーラは形式だけの結婚でしょう。だったら要らないんじゃない」


「フォーシュルンド。貴様という女は……」


 はやくも妻たちの間で小競り合いが発生する。いろいろと頭が痛い。


 いろいろとあったが、俺の処遇が決まった。本人の承諾も無く、自由が切り崩されたのだ。

 妻四人のよって作成されたシフト表を見る。

 ひと月の三分の一にあたる十日をティーレ。八日をマリン。カーラとホエルンが六日ずつ。その決定に俺の意志はない。。プライベートは皆無で、年中無休とである。


「あのう、俺が自由になれる日はどこに……」


「問題ありません。あなた様は常に自由です。この会議は私たちをはべらす日を決めているだけのこと。そうですねマリン」


「はい、ティーレの言うとおりです。私はラスティ様を喜ばせるためだけに存在していますから」


「パパは自由にしていいのよ、私たちを♪」

 ……そういう意味ではない。


「おまえ様が望むなら、どのようなことでも受け入れる。その覚悟はできているッ!」


「…………」

 俺に自由は無いらしい。


 自由に動けるのは、正式に婚姻関係を結ぶ前までか……。風前の灯火である。


 そこに王都奪還を諦める自分がいた。


 これ以上女性陣の話を聞いていると、心がガリガリ削られそうなので部屋を出ることにする。

 議論を白熱させる女性陣から隠れるように後ずさる。


 ようやく修羅場から足抜けできると思っていたら、脚に鞭が絡みついた。

「ゲッ!」


「何が、げっ、なのかしら?」


 鞭の主の声が降ってくる。

「パパ、妻の私といるときは教官とかつけなくていいから。ホエルンって呼んで♪ ほら、ホーエルンって呼んでみて♪」


 狂気に目覚めた鬼教官の双眸そうぼうが俺を捉えて放さない。こ、これが年上パワーか!


 既婚男性の黙示録には〝姉さん女房〟という禁忌の言葉が記されているらしい。

 とんでもない扉を開けてしまった。


 とりあえず、鞭に電撃や高周波を流されないよう従う。


「……ホーエルン」


「なぁにパパ」


「今日は一段と輝いて見えるね」

 ……狂気の光にな。


「どうよ、みんな。これがキャリアの差よ」


おどしているだけでは?」


「随分と絡んでくるわねカーラ。だったらあなたはどうするつもり?」


「オレだったらこうする」


 凶悪な鞭から解放されると、今度は素晴らしく豊かな胸が迎えてくれた。極上のほよほよが俺をなぐさめてくれる。


「おまえ様、いろいろ苦労しているな。甘えてもいいぞ」


 あれほど嫌いだったカーラがこうも変貌へんぼうしてしまうとは……。ぐぅ、ほよほよの誘惑に抗えない……流されそう……。


「それだったら私もできます!」

 今度はマリンの胸に顔を埋めた。


 う~ん、嬉しいけどカーラほどの破壊力はない。しかし、たどたどしく胸を擦りつけてくるのは、俺的にポイントは高い。アリだな。


 最後のティーレだが、お淑やかな彼女のことだ、あんな破廉恥はれんちな行動には出ないだろう。不利になるのは明白、でも安心してほしい。俺が一番好きなのはティーレだ。あとで慰めてあげよう。


「あなた様、行きますよ!」


 驚いたことに、この、ディープキスをぶちかましてきたッ!

 これにはさすがの俺も驚いたね。


「ンッ、ンンッ!」


 暴れるも、ティーレの熱い接吻ベーゼはつづく。貪るような激しいキス! 最愛の彼女にれ直した!


「ぷはっ、あなた様いかがでしたか?」


「あ…………うん……………………好き」


 最愛の女性は勝ち誇ったかのように、青みを帯びた銀髪を掻き上げると、

「これが正妻の力ですッ!」

 圧倒的な力の差を見せつけて、婚前会議は終了した。


 男ならば誰もが夢見るハーレムシチュエーションだが、現実は厳しい。

 もっと自由にのびのびとハーレムライフをエンジョイできると思っていたのに……まさか社畜にも劣る扱いを受けるとは……。

 こんな苦労があるなんて、なんで誰も教えてくれなかったんだ。


 自由だった独身時代をしのびつつ、俺は妻たちの喧騒けんそうに飲み込まれていった。



◇◇◇



 包み隠さずすべてを話そう。俺はまだ正式に結婚していない。

 にもかかわらず、籠のなかの鳥になってしまった。


 妻会議の翌日から、俺の世界から自由という二文字は消えたのだ。


 今日は一巡目、ティーレと一緒に過ごす日だ。

 結局、あれからひと月の間、ティーレが十日、マリンが八日、ホエルン、カーラが六日ずつと決定した。そう、俺の人生は四人の女性に切り売りされたのだ。


 一応、エレナ事務官の介入もあって、王都を奪還して戴冠の儀が終わるまで俺の貞操は守られている。

 つまりは戴冠の儀が終わると、そこからが真の地獄の幕開けなのだ。


 大恩人であるエレナ事務官から、

「スレイド大尉、浮気する余裕なんてないわよ。四人相手だと搾り取られるから注意なさい」

 と、肝の冷えるありがたい言葉をいただいた。


 それから「将来的には必要でしょう」と、牡蠣の乾物や、スッポン、ウナギなどなど精のつく食材を頂いた。どうやら四人目からは激戦区らしい。


 そういえば宇宙軍でもあったな。激戦区へ飛ばされる前に、過剰な物資の支給とか……。エレナ事務官の対応も、そのときの軍のお偉いさんと似ていた。


 俺は生き残ることができるだろうか……。あっ、これがマリッジブルーってやつか!


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