第236話 第四夫人はストレート



 ティーレにこってり絞られてから、カーラの待っている部屋へ向かう。


 胃が痛い。キリキリと痛む。


 もしかして、カーラはこうなることを見越して妻発言したのだろうか? だとしたら相当に質が悪い。


 モヤモヤしたものを抱えながら、部屋に入る。

「ラスティ・スレイド、来ました」


「やっと来たか。王族を待たせ……ゴホン」


 いつものように尊大な態度でお出迎えと思いきや、途中で空咳をしてから、ウウンと声の調子をととのえる。それから、らしくもない行動に移った。


 髪に手をやり、身だしなみに気をつかったのだ。あのオレッ娘がだぞッ!


 なんか変な物でも食べたのか?


 怪訝けげんな表情から一変、カーラはにこやかな表情をつくった。


 絶対に何かある……。今度は何を仕掛けてくるつもりだ?


 カーラは胸元に手をあてて、女性らしい仕草で言った。

「返事がまだだったな。ここで答えを聞かせてほしい。オレを妻に迎えてくれるか?」


 耳ざとい長姉だ。王兄殺害の現場では、カーラとの婚姻はぼかしてある。否定も肯定もしていない。それをここで言えと……。


 俺をからかっているのかと思ったが、ちがうようだ。その証拠に頬を赤らめている。


 結婚発言は本当だったんだ……。


 しかし、どこをどうすれば結婚って単語が出てくるんだよ? 俺のことを暗殺しようとしていた女だぞ。牢屋にもぶち込まれたし…………。


 これは夢だ。きっと悪い夢を見ているにちがいない。


 頬をつねる。

 ほろりと涙が出た。

 夢じゃない!


 …………きっとアプリの不具合だ。そうにちがいない。じゃないとあの冷血女が結婚とか言うはずがないッ!


 AIに思念を送る。

【フェムト、翻訳アプリにバグがあるぞ】


――アプリは正常です。エラーやバグはありません――


【サンプリングが不足しているんだろう。誤変換されてる】


――第七世代、それも後期型は完璧です。万に一つのエラーやバグが出ることはありません。アプリの出力結果は適切です――


【ってことは、結婚って誤変換じゃないんだな】


――よくつかわれる単語なので、翻訳を間違える可能性は限りなくゼロです――


 勘弁してくれ……。よりにもよって、俺のことを消そうとしていたコイツかよ……。


 苦手な女性と結婚する気なんてさらさら無い。

 必要な一票。大勢の近衛たちの前で婚姻賛成をもらったし、逃げたいところだ。

 どう断ろうか考えていたら、ティーレに似たかおはかなげな表情で見上げてくる。


 卑怯ひきょうだ。


 最愛の女性と似た貌でねだる。

「すべてオレが悪かった。本当にすまない。許してくれとは言わない。でも、

せめて


「…………」


 完璧主義者のカーラにしては変なセリフだった。慣れないセリフを考えながら喋っているのだろう。カミカミしないだけでもマシか。


 しかし理解できない。

 あんなに俺のことを毛嫌いしていたのに、なんで愛を求めてくるんだッ!


 新手の嫌がらせかと勘繰りながら、様子を窺う。


「密偵からいろいろ聞いた。オレのために限りのある貴重な薬をつかおうとしていたことや、暗殺者の毒を覚悟で助けてくれたこと……それに、倒れてからずっと側で看病してくれたことも」


 ああ、そういえばそういうことしたな。でも、王族ならそういう対応は普通だろう。本人もそう言ってたじゃないか。


「それに……その…………オレのためだけに療養法をいろいろしらべてくれたとも」


 いや、医者ならそれくらいするだろう。正式には医者じゃないけどさ。

 あまりにも怪しいので、部屋のなかに密偵が潜んでないかしらべる。


――密偵らしき存在は確認できませんでした。気にしすぎです――

 相棒はそう言うが、だったらなぜ結婚しろとか言い出すんだ?


 失礼だとは思ったが、尋ねた。

「それ本心か? また何か企んでるんじゃないだろうな……」


「断じてそのようなことはない! オレの本心だッ!」


「…………カーラには前科があるからな、迂闊に信用できないよ」


「………………どうすれば信じてくれる」


「いや、そういう問題じゃなくて」


「教えてくれ頼む」


 今度は泣きついてきた。狡い。

 つい顔を逸らしてしまった。


「信頼できる証拠がほしい。それとなんで俺なのかって根拠も」


「…………」


 カーラはしばし考えてから、

「わかった。話そう」


 俺の問いかけに答えてくれた。


 内容はこうだ。

 王家に受け継がれる力――〝心眼〟で俺の心を読んだという。ちなみに普段は眼鏡で力を抑えていると教えてくれた。


 どうりでこの間、いつもは外さない眼鏡を外していたはずだ。

 それと俺の妻になりたい理由は、単純に惚れたかららしい。


「どこに惚れる要素があるんだよ」


「……笑うなよ」


「笑わないよ」


「………………どうやら、初めて会ったあの野戦基地で、暗殺者から助けられたときから惚れていたらしい。決定的になったのは、あの生薬だ。心を読んだ。危険をかえりみず魔物の巣くう森へ行ったのだろう。あちこち危険なところへ行ったと近衛から知らされた。それにその……生薬を手に入れるために死にかけたと…………心を覗いた。あと偽マリモンの投げたナイフからオレを守ってくれたしな…………」


 最後のほうになるにつれて、声は消え入るようにちいさくなっていった。

 顔も耳もまっ赤だ。


「生薬はついでだよ。今後は怪我人の治療に必要になってくるからな」


「嘘をつかなくてもいい。オレも魔術師の端くれ。あれらの生薬をあつめるのが、いかに困難か知っている。どれも険しい場所にしか自生していないものばかりだった。相当な無理をしたのだろう。それに……オレが倒れたときずっと看病してくれたとも聞いている。知らぬとはいえ、悪いことをした。この通り謝る。すまなかった」


 カーラが直角に身体を折る。


 わけがわからない。惚れる要素、どこにあるんだよ。


「そういうのいいから。顔をあげてくれ」


「それはできない。オレの謝罪を受け入れて、妻に迎えてくれるまで顔をあげるつもりは無いッ!」


 力強く言い放つ。

 女性をいたぶるつもりはない。だけど、妻にするのもなぁ。


 悩んでいると、カーラの身体がプルプル震えだした。魔術師だけあって体力は無いらしい。直角姿勢はこたえるようだ。


 しゃがみ込み、床を見ているカーラに問う。

「カーラは歳のことを気にしているみたいだけどさ。俺、そろそろ二八だぞ。カーラより年上だぞ」


「し、知っている!」


「幻滅しないのか? 成り上がりで、年上だぞ」


「いや、オレは一向にかまわない」


「あと、俺、あんまりモテないけど。それでもいいのか?」


「かまわん! ラスティの――おまえ様の妻にしてくれ!」


 ティーレのことを考える。


 最愛の妻は優しく純粋で綺麗だけど、ときおり、強烈な嫉妬しっとを見せてくれる。あと独占欲が強い。なので予防線を張ることにした。


 カーラの結婚宣言を否定しなかったせいで、ティーレは俺が求婚を受けたと思い込んでいる。だからカーラを妻にしても別段、怒られることはない…………はずだ。


 とはいえ、安直にカーラを妻にしても問題が残る。


「条件がある。それを受け入れてくれたら婚姻する」

 言うなり、カーラが上体を起こした。その拍子に眼鏡がずれる。


「ど、どんな条件だ!」


「何があっても暗殺者を差し向けたり、魔法で攻撃しないでくれ。本当に頼む」


「…………夫を暗殺するとか考えんぞ。そもそも、夫を魔法で攻撃などしない」


 いや、アンタ、それ初対面の俺にしたじゃん。


「ああ、過去の話をしているのか。わかった、これからは絶対にしない。約束する。これで妻にしてくれるのだなッ!」


 心を覗いたのか!?


 そう考えただけで、カーラは思い出したかのようにずれていた眼鏡の位置を直した。


 …………バレバレだぞ。


 どうやら本人は隠し通せたと思っているらしい。カーラはやけに嬉しそうだ。いままでに見せたことのない明るい笑顔をしている。

 言質もとれたことだし、本題に入るとしよう。大事な話だ。それも俺の今後の人生を左右するほど重要な。


「これは個人的なことなんだけど…………甘えさせてほしい」


「甘えさせる?」


 さすがにこの発言は引いたか? 調子に乗りすぎたようだ。


 冗談だと、無かったことにしようと思ったが、

「いいぞ。存分に甘えてくれ!」

 カーラは満面の笑みで両手を広げた。


 想定外の反応に戸惑っていると、

「どうした? 甘えたいのだろう。好きなだけ甘えさせてやるぞ、おまえ様」


「えっ、ああ、うん……」


 了承も得たので、ハグしようとしたら、

「ちがうだろう。甘えるときはこうだッ!」

 カーラは俺の首に抱きつくと、そのまま胸の谷間に引き込んだ。


 凄まじい〝ほよほよ〟が頬を襲う。


 まさに神! じゃなくて天国だ!

 こうして俺は四人目の妻をゲットした。


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