第233話 王兄親子③



「叔父上、奴隷――農奴とはいえそのような仕打ちはいかがなものかと」

 カーラが引きつった顔で言う。


「奴隷? ちがうぞカーラ。これは農民だ。奴隷は便利な分、金もかかる。しかし農民はタダだ」


「農民? この者たちは一体どこの国の者なのですか」


「どこの国? おかしなことを言う。これらはベルーガ――ディラ領で調達した農民だ。奴隷以下の者たち、畑を耕すしか能の無い連中だ。王族のため役に立てて光栄だろう。汚いゴミにたかる虫けら……いや、間引いても間引いても生えてくる雑草だ。百人、千人間引いても問題はあるまい」


「……千人!」


「そう、驚くことでもあるまい。春になれば、また勝手に生えてくるだろう」


 ガーキよりも汚い人間性に吐き気をもよおした。


 あの盗賊貴族でさえ、見境なく領民を殺してまわったと聞いていない。それを考えれば、王兄はあのクズにも劣る最低の人種だ。


「そういえば、綺麗な魔族を見かけたな。金色こんじきの目をした魔族だ。あれは初々しかった。ワシが可愛がってやるから連れてこい」


 ぞわりと不快感が背筋を走った。マリンのことだろうか? いや、エメリッヒの連れてきたメイドという線もある。落ち着こう。


「まだ子供だったが、バラのつぼみのような美しさがあった。ワシの手で綺麗に散らしてやろう」


 言葉にならない衝撃が走った。一瞬にして全身が鳥肌立つ。

 ……殺してしまおう。この男は存在してはいけない。


 アデル陛下の前なので、武器は携行してない。でも魔法でなら……。


 フェムトに指示を出そうとしたら、先に王兄が口を開いた。

「安心しろ、いかな強力な魔法を操る魔族とはいえ、ワシの持っている魔導遺産レガシーの前では赤子同然。この〈魔法騙しマジック・デシーブ〉はあらゆる魔法を無効化できるのだからな。つかい捨ての魔封石とちがって、何度でもつかえる。まさに魔族殺しの代物よ」

 そう言って、首からさげた玉子ほどのちいさな檻を見せびらかす。


 溜飲りゅういんを下げたのか、王兄は額の汗をぬぐう。すると今度は返り血で顔が赤くなった。


「ああっ、かえって汚れてしまったではないか。この無能どもめ、死んでもワシの手をわずらわすとは」

 動かなくなった農民を蹴り転がす。


「近衛、何をぼうっと見ている。さっさとこのゴミを片づけろ…………なんだその目は? 気に入らんなぁ」


 王兄は、今度は衛兵に剣を向けた。

 剣術に心得のある衛兵は、へっぴり腰の一撃を難なくかわす。


「貴様ッ、ワシは王族だぞ! そこを動くな」


「陛下、ご命令をッ! 王兄殿下は瘴気にあてられておられます」


「捕らえよ!」


「はっ!」


 近衛によってあっという間に組み敷かれる王兄。その顔には動揺が広がっていた。あんなことをしておいて、自分だけおとがめ無しだと思っていたのだろうか? その支離滅裂しりめつれつな思考に、俺は戦慄せんりつした。


「何をするッ! このれ者がッ!」


 暴れる王兄のもとにマリモンが歩み寄る。

「王兄殿下……本当に農民は無能なのですか」


「おお、ディラ卿、はやくこの者たちをやっつけてくれ」


「俺の質問にお答えてください。農民はなんのために生まれてきたのでしょう」


「そのようなこと聞くまでもない。すべての臣民は王を支える使命がある。庶民は貴族を支え、貴族は王を支える。王族以外はみな奴隷。国の民は税を納める平民まで。穀物でしか税を収められぬ農民は国民ではない。クソと土にまみれ、地べたをいつくばるしか能のない奴隷にも劣る存在……民のえさだ」


「…………」


「貴様、貴族のくせにそんな簡単なこともわからんのか?」


「…………」

 マリモンはうやうやしくひざをつきながら、ブーツに手を伸ばす。そして、冷ややかに光る何かをとりだした。素早く王兄の首筋に突き立てる。


「ゴグァッ! な、何を!」


「奴隷にも劣る農民で悪かったなッ!」


 突き立てた刃物を強引に動かす。ゴキリと嫌な音がすると同時に、王兄の身体が跳ねた。マリモンはビクビクと痙攣けいれんしている王兄の身体を蹴り転がすと、そこへ唾を吐く。


「いい気味だ!」


「貴様ッ、よくも父上をッ!」


 輿から転げ落ちながら向かってくる王兄の嫡男へ、マリモンは刃物を投げつける。寸分違わず嫡男の眉間にそれが突き刺さると、気が触れたかのようにマリモンは笑った。


「ハハハハハッ、やったやったぞ! 俺は王族を殺した! これで大金持ちだ! やった!」


「衛兵、曲者だ、捕らえよ!」

 カーラが声を張りあげる。それを合図にドアが開かれ、近衛たちが雪崩れ込んできた。


「ディラ家のマリモンをかたる大罪人だ。捕らえよ!」


「ははッ!」


 マリモンを取り囲む衛兵。その隙間からナイフが飛んできた。それも二本。


【フェムト、魔法で撃ち落と……間に合わないかッ!】


 機転の利く相棒は、即座にナイフの軌道きどうを表示してくれた。


 狙いはティーレとカーラ。アデル陛下でないのは気になるところだが、二人とも映える美人だ。カーラはともかくとして、ティーレを狙うなんて絶対に許さない!


 最愛の人を背にかばい、ナイフの一本を右肩に受けた。もう一本は取り損ねて、左の手の平にもらった。


つッ!」

 突発的なことだったので、痛覚を遮断しゃだんするのを忘れていた。


「あなた様ッ! 大丈夫ですか!!!」


「痛いけど、毒は塗ってないようだ」


 カーラに刺さる予定だった一本を左手から抜き取る。凄まじく痛い。


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