第231話 王兄親子①



 予想通りの枢機卿との面会のあと、俺は追贈された北の領地の開拓にいそしんでいた。

 田畑を耕し農作業。

 これでティーレと一緒なら言うこと無しなのだが、なぜかカーラから会うことを許されていない。


 和解したんじゃなかったのよッ!


 一度は怒鳴ってやりたい相手だが、未来の義姉。そんなことはできない。

 短気は損気。宇宙軍の出世したお偉いさんが言っていた言葉を思い出す。

 ここは我慢のしどころ。婚姻のためだ。


 しかし許せん!


「いまに見てろよ!」

 怒りを原動力に領主としての仕事をこなす。



◇◇◇



 ある日のこと。

 アデル陛下からお呼びがかかった。なんでもくだんの王兄を交えた王族会議だそうだ。俺もまったく関係がないとはいえないので、呼ばれた。


 そこで初めて王兄親子と会った。


 王兄親子はブクブクとみにくく太っており、呼吸するのも辛そうだ。大きな身体を揺すって、ヒューヒュー言っている。息子も同じ体型だ。

 歩くのも困難な王兄親子は、首や手足に鉄の輪っかをつけた男たちに輿こしを担がせ、それに乗っている。


 あれっ、ベルーガって奴隷禁止じゃなかったっけ?


 たまたま側にいた近衛の女性騎士に問うと、

「隣国――ランズベリーは奴隷制をとっております」


 なるほど、王兄親子はランズベリーにいた。だから奴隷に輿を担がせているのか。しかし、小綺麗な身なりじゃなけりゃあタダの豚だよな。王兄親子は品位も無ければ、威厳も無い。アデルや三姉妹が殺そうと口にするはずだ。


 その親子が揃ってデカい態度で言う。

「婚姻には反対だ。のうせがれよ」


「はい、父上」


 反対の二票を入れてくれた。この時点で王族の半数を反対に回した。ティーレとの婚姻は認められない。


 俺たちが身体を張って護送した連中は、厚顔無恥こうがんむちの恩知らずでカーラの言う通りグズだった。

 正直、死んでほしい。


「ベルーガの王族はこれだけしかいないのですから、そこまで反対なさらずともよいのでは?」


 ルセリアが異論を唱えるも、

「聞けばラスティなる男、つい最近貴族になったばかりの成り上がり。どれだけ金を積んだか知らんが、素性の知れぬ野良犬ごときが王族に名を連ねるとは言語道断。ベルーガの名に傷がつく」

 と、マナーの欠片もない王兄は焼いた鳥の脚にかぶりつく。


 クチャクチャと汚く食い散らかしながら、時折、筋やら骨やらを吐き捨てる。下品を通り越して汚い。


「叔父上、そのようなことはありません。ラスティは王族に相応しい教養と品格を兼ね備えた紳士です」


 ティーレが擁護してくれるものの、どうでも良さげだ。そんなことよりも食事のほうが大事らしく、鼻息荒く鳥肉をむさぼっている。

 あらかた肉を食い尽くすと、まだ可食部分の残っている鳥の脚を投げ捨てた。


「見てみろ、あのせっぽっちな男を。品性の欠片も感じん。王族になるには、ワシのようにな威厳がないとな」


 ゲップを追加して、ぽっこりと出た腹を撫でる。


 どの口が言ってるんだ。


「それにしてもカーラに、ティーレよ。成長したな」


 王兄は嫌らしい目で姉妹を見やる。それも、モロ胸を見ている。


 いやしく上唇をめてから、

「どうれ、ワシがどれくらい成長したかたしかめてやろう」


 卑猥ひわいに指を動かしながら、何かを揉みしだく仕草をする。


 動きを見るだけでわかる。成長の確認と偽りセクハラを働くつもりだ。

 そのあまりにも明けけな魂胆に、殺意が沸騰ふっとうしかけた。


 この場で殺しt――――言いたいことはあったが、ここはぐっと我慢する。


「何をジロジロ見ているのだ、この成り上がりがッ! ワシは見世物ではないぞッ!」


 けなされているが、笑顔は忘れない。スマイルは大事。これ世界共通。


「ところで叔父上よ。?」


「おお、カーラ。其方は実に頭がいい。そうだな。で手を打とう」


 国の半分だって! そんなの無理に決まってるだろう!


「ははっ、相変わらず冗談が好きだな。で、本当のところは?」


「隠し事は通じぬか。では本題だ。で手を打とう」


 …………要求が増えてる。


 ここでエレナ事務官が動いた!

「ところで王兄殿下、国王との婚姻に関しては反対は申されませんよね」


「貴様は何者だ」


「宰相を勤めております、エレナ・スチュアートと申します」


下賎げせんな淫売めッ、口をつつしめッ! ワシを誰だと思っている、ベルーガの王族だぞ! そのワシに意見するとは何事だッ! 出て失せろ!」


 怒鳴り散らす王兄に、カーラが釘を刺す。

「国法では宰相も会議に出席する義務を有している。叔父上、まさか知らないとは言わないでしょうな」


「そ、それくらいは知っている。ちょっとした冗談だ。アデルの婚約相手か……ワシは認めんぞ。こんな年増!」


 にこやかな表情をしたエレナ事務官のこめかみに血管が浮いた。キレる寸前だ。


 彼女から一歩離れる。


「ですが、王都を奪還して玉座の間で戴冠たいかん式を終えれば、アデル陛下は正式な王になるのですよね」


 手痛い洗礼を受けたにもかかわらず、エレナ事務官はさらなる攻撃に移った。


 頑張れ!


「それは無理だ。ベルーガの王になるのはワシだ。そもそも戴冠の儀につかう王冠の隠し場所を知るまい」


「なければつくればいい」


 してやったりとカーラは言うが、

「それは無理だ。あの王冠でなければ儀式は完成しない」


 儀式の完成? どういう意味だ?


「お主らが生まれる前のことなので知らんだろうが、でなければならぬのだ。正しい手順で儀式を完成しなければ光の柱は出ぬからな」


「光の柱?」


「さよう、光の柱。ベルーガが大陸の盟主たる由縁。星方教会の経典にも出てくるスキーマ神降臨の聖光。それに似た現象が起きる。マキナの若造――カウェンクスが攻めてきたのも、それが目当てであろう」


 なるほど、宗教的なイベントか。だから同盟を破棄して、宣戦布告もなしに攻めてきた……。


 長い間、疑問だった謎が一つ解けた。


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