第230話 帰宅



 カーラの治療もある程度目処めどが立ったので、俺は自分の仕事に専念することにした。

 一万に増えた部下たちの訓練と、以前陛下に追贈されたな領地の運営だ。


 まずは後回しになっていた、帰還の挨拶に北部のスレイド城へ赴く。


 宇宙軍の仲間はエレナ事務官と王族に直接仕えることになり、俺だけ自由を許されている。まあ、いろいろと貢献してきたからね。


 城に入る前に、以前、マロッツェの森で助けたロレーヌからの熱烈な歓迎ハグを受けた。


「スレイド侯、御無事で何よりです」


 妙齢の女司祭は、神殿を建てた功績により司教昇進したらしい。


 あとで知ることになるのだが、ロレーヌは教会のルールを無視して傷痍軍人にバンバン癒やしの業をつかってくれたとか。おかげで部位欠損していた身体が元通りになり、彼らは軍人として復帰を果たした。


「司教就任おめでとうございます」


「お祝いの言葉、ありがとうございます。つきましてはスレイド侯にお聞きしたいことが」


「なんですか?」


「スレイド侯のもとに教会の者は何名おられますか?」


「教会の? これといっていませんが」


「では専属の従者として私を加えてもらえませんか」


「従者? それってどういう仕組みなんですか?」


 ロレーヌから話を聞くと、従者になると教会の枠組みから外れて、ある程度は自由に行動できるらしい。

 教会のしがらみから抜け出したいのだろうか?


「ロレーヌさんみたいな癒やしの業がつかえる方が来てくれるなんて、こちらからお願いしたいくらいですよ」


「ご了承ありがとうございます。それとラクシャヴィッツ枢機卿が参られています。挨拶だけでもしていかれてはどうでしょう」


「ああ、ラクシャヴィッツ枢機卿」


 あの片眼鏡モノクルのツーサイドか……。保身に走る権力者というイメージが強いな。

 大層な称号を頂いたので邪険にできないし……。

 それに教会から癒やし手を引き抜くのだ。相応の礼――金品が必要だ。枢機卿となると、それなりに積まなければならない。


 最近は軍事行動が多く、ふところ事情は厳しい。手痛い出費だが、癒やし手は多いに越したことはない。

 高い買い物だが、購入しよう。


「ちょっと寄進の準備が必要なので、枢機卿とお会いするのは明日以降でもかまいませんか?」


「かまいませんが、三日後にはこちらを立たれるようなので、それまでにお越しください」


「できるだけはやく伺います」


 挨拶もそこそこに城へ入る。


 住み慣れた我が家……とは言い難いが、見慣れた風景だ。


 馴染みのある騎士たちが囲んでくる。

「スレイド閣下! 御無事で何よりです」

「閣下が帰城なされたぞぉー!」

「閣下、お久しぶりです」


 帰って早々、握手攻めにあった。


 ただ差し出された手を握るだけの作業だが、予想以上に疲れた。なんせ千人単位の握手会だ。宇宙のアイドルたちは、こんなハードなイベントをことあるごとにやっているのか……。

 アイドル業も大変だなと、場違いながら思った。


 それからも握手攻めに遭いながら、やっと執務室にたどり着いた。


「長い道のりだった……」


 部屋に入ると、執務机で仕事するマリンがいた。


 勢いよく立ちあがり、ガタンと椅子が倒れる。

「ラスティ様ッ!」


 角ウサギのよう機敏に近づき、俺の周りをぐるぐるまわる。第二夫人という立ち位置なのだが、まるで飼い主にじゃれつくペットのようだ。黒髪金眼の若奥様には、大人の恋愛はまだはやいみたいだ。


 マリンの頭を撫でてやる。


「部隊の運営は滞りありません」


「ほかのみんなは?」


「トベラと騎士ラスコー、アレクは大城門の守備に就いています。ジェイクはラスティ様の代理――カレン殿の側仕えとして巡回に」


「だったら工房のみんなをあつめてくれないか。いるんだろうここに?」


 ボールを追いかける犬のように、マリンは部屋を飛び出した。


 それにしても、マリン、いつの間にイメチェンしたんだろう?

 久々に見た妻の衣装は、以前は長い白ハカマだったのに、いまは赤のミニスカハカマに変わっている。


 もしやフェルールか?


 しばらくして、顔なじみの面々がぞろぞろとやってきた。

 アシェさんはティーレの護衛で不在なのはわかるが、ローランがいなかった。代わりにケモ耳シッポの眼鏡女子が増えていた。

 まあまあの美人で、胸もそこそこ。髪型もイケていて、ピンクのツインテール。ふわふわもモフりたいシッポを振り振りしている。

 それに地球文化のミコ服――ミニスカハカマの後期型を着ている。マリンも同じ衣装だったな。流行なのか?


 ところで俺、こんな人雇ったっけ?


 つい敬語になる。

「あのう、どちら様で……」


「どちら様って、見てわからないの? アタシよ、アタシ」

 声で思い出す。ピンク髪のインチキ眼鏡だ!


「ローランッ!」


「そうよ。驚いた?」


「なんでそんな姿になったんだ」


「聞きたい?」


 雇っている職人のことだ。ここは素直に聞いておこう。労働環境の把握は大事。


「教えてくれ」


「長くなるわよ」


「特にこれといってやることもないし、話くらいなら聞けるよ」


 ラクシャヴィッツ枢機卿はまだ三日ほど滞在しているらしいし、後回しでいいか。

 別に枢機卿を蔑ろにするわけではない。会う順番を変えるだけだ、失礼には当たらないだろう。


 いまはローランのことが気になる!

 なぜネコ耳シッポを生やしたのか、理由を知りたい!

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