第229話 subroutine カーラ_人物鑑定(Bside)



 あまりにも近衛の者がうるさいので、ラスティと和解の場を設けることにした。


 形だけの和解だ。それらしい笑顔を浮かべて、適当に相手をすればいいだろう。あの男と顔を合わすのもあと少しの辛抱。


 オレには切り札がある。そう婚姻を許す条件が空白の誓約書だ。


 つくづく馬鹿な男だ。才能はあるようだが、警戒が足りない。これ以上あの男に毒される者が出ないよう、どこか辺境に飛ばしてしまおう。いや、それだと手ぬるいな。国外追放にしよう! 永久追放だと妹がぐずるだろう。だから二、三年の間だけ。


 なあに、二、三年も会わなければ、のぼせあがった妹も熱を冷ますはず。

 それまで妹の怒りを我慢すればいい。


 そんな打算もあって和解の場に臨んだのだが……。

「俺を拘束して牢へ入れろ。国法だ」


 今日に限って、あの男がごねる。


 いままでのオレの態度も悪かったのだろう。だが、いきなりこの態度はいただけない。


 体調も優れないので穏便にすませようと、こっちが折れる形になった。


「貴様に話がある、ここに残れ……いや残ってくれ。これは命令ではない、オレからの頼みだ。無理強いはしない」


 やっと話をする気になったようなので、あれこれ質問する。


 まずは奴が持ってきた医薬品からだ。


「これはなんだ?」


「胃腸に良い生薬ですが」


「そうではない、どれも貴重な品ばかりだ。ただでさえ医薬品が不足しているのに、一体どこで手に入れた?」


「ちょっとそこらの山へのぼりましてね。そこで、たまたま……」


「…………」


 さも、そこらで採取したような口ぶりだが、ラスティの持ってきた生薬はどれも稀少なものばかりだ。


 魔物の巣くう洞窟にしか自生しないという光苔ヒカリゴケ、山奥の水が湧き出る場所にしか生えない水晶草クリスタルグラス、底無し沼にしか咲かぬ黒蓮ブラックロータス

 それも、ありふれた乾燥粉末ではない。どれも瑞々しい採れたての状態だ。


 真偽の程を確かめたい。


 しゃくに障るが力をつかうことにした。王家の力だ。

 眼鏡をずらして直視する。

 ラスティの強い意識が視界に飛び込んできた。


――心外だなぁ、わざわざ採りに行ってきたのに。魔物と戦ったり、蛇に噛まれたり、大変だったんだぞ。それなのに、なんでそこまで嫌われるんだ?――


 嫌われている自覚はあるが、原因は知らないらしい。


 しかし、なぜ危険をおかしてまで稀少な薬草を採りに行ったのだろう? 謎は深まるばかりだ。


「妹に言われたのか?」


「いや、たまたまだ、たまたま。気晴らしに山へ行ったら見つけただけさ」


 口ではそう言うも本心はちがうようだ。


――まあ、ティーレのためではあるけど、苦しんでいるのを見過ごせないし。近衛の人もカーラは多忙でろくに休んでないって言ってたからなぁ。悪い人じゃないって聞くけど、なんで俺にだけキツくあたるんだろう?――


 本音を知るには、かなり骨が折れそうだ。


 眼鏡をずらしたままだと、頭を傾けつづけなければいけない。それだと肩が凝る。面倒だが眼鏡を外した。


――うわっ! 可愛い!――


 可愛いだと? 自慢ではないが、オレは美人だ。下品な貴族の思考を読むと、大概の馬鹿どもは上玉だと評価している。綺麗だという反応ばかり見てきた……それを可愛いだと!


 気になったので、ラスティの思考を覗きつづける。


――姉妹だから似てるのは当然だけど、こうして見ると大人な女性だよな。可愛いし、美人だし、目元の泣き黒子がチャーミングだ――


 これが? この黒子のせいで、子供の頃、泣き虫だと指さされたものだ。この嫌な黒子がチャーミングだと……。理解に苦しむ。

 いや、待てよ、もしかして泣くようなか弱い女だと思い込んでいるから可愛いと判断したのか?


「貴様からすると、オレは泣き虫に見えるのか」


「はぁ? 何を唐突に言い出すんだ?」


「あ、いや、すまない。そうではない。オレは自身のことを美人だとは思っているが、可愛いのだろうか?」


――ん? わけがわからないぞ。いま美人とか可愛いとかの話してたっけ?――


「気にするな。どう思われているか気になっただけだ」


「どうって言われても、苦手としか……」

――ホント、苦手なんだよなぁ。会うときいつも気難しい顔している。俺を暗殺しようとしてた人だろう。好きにはなれないよ……――


 うぐっ! 事実であるだけに言い訳できない……。


「その件については妹に釘を刺された。今後は暗殺者を差し向けるような真似はしない。すまなかった、この通り謝る」


 何を謝っているのだオレはッ! この男は妹につく悪い虫だぞッ!


「いきなりそっちへ話が飛ぶのか……」

――さっきからなんか様子が変だな。まるで俺の考えていることを読まれているような……。もしかして心を読める魔道具を持っているとか?――


 いかん、怪しまれている。


「は、話を本題に戻そう。最後の質問だ。オレのことをどう思う?」


「どうって?」


「女性としてどうかと聞いている。過去のことを加味せず答えてくれ」


「どうって言われても……う~ん」

――見た感じは非の打ち所の無い美人だ。これは間違いない。ちょっと目つきがキツい気もするけど、眼鏡をかけているのだから仕方ないだろう。しかし、非常に俺好みの女性ではある。口調は……別にそこまで気にすることもないし、ストレートな話し方は好感が持てる。上司でなければの話だが――


 ……見た目以外の印象は最悪ではないか。


――ところで歳はいくつなんだろう?――


 年齢のことを気にしているようでなので答える。

「オレは今年で二十四になる、行き遅れの売れ残りだ」


「二十四!」


「悪かったな年増でッ!」

 つい声に力が入ってしまった。


 ラスティが黙り込む。今度は何を考えているのだ?


――人の話を聞かない。これに尽きると思う。それにやたらと相手の言葉を切り捨てる感がある――


 グハッ! 心臓に悪い言葉だ……。容赦の無い言葉の刃が胸を抉る。怒濤どとうの猛ラッシュに心が折れかけた。


〝心眼〟はこれだから嫌だ。


 無意識に、眼鏡に伸びる手を自制する。

 耐えろ、耐えるんだ! 奴の真意を見抜くために!


――聞くところによれば、清廉潔白せいれんけっぱくで華美な生活を嫌う合理主義者らしいけど、こういった考え方は宇宙的には相性バッチリのはず――


 痛烈つうれつな言葉のラッシュがとまったので、ほっとした。


――間違いなく美人だよな。可愛いし、大人な女性だし、オレって言うのも嫌いじゃないな。惚れる要素しかないのに……出会い方が悪かったよな。悪い印象を持たれてなかったら、たぶんこっちから告白してただろうな。あっ、王族だからそんな機会はやってこないか――


 よしッ! んッ、なぜオレは喜んでいるのだ?!


 頭を冷やすべく、一度空咳する。


「だいたいのことはわかった。で、これらの珍しい生薬を本当にオレがもらってもいいのか?」


「そのために採ってきたんだ。だからちゃんと身体を治してくれ」


――大変だったんだぞ。地獄極楽蜘蛛ヘブンスパイダーと戦ったり、魔熊と戦ったり、底無し沼で死にかけたり――


「し、死にk……んんッ、ゴホンゴホンッ!」


 危うく、覗いた心の声を復唱するところだった。これ以上怪しまれてはマズいので、そろそろ心を覗くのをやめよう。


 眼鏡をかけ直そうとしたら、最後にこんな心が飛び込んできた。


――妹想いの優しいお姉さんらしいからな。それに血を吐くような激務をつづけてきたんだ。はやく身体を治して、元気になってほしいかな。ああ、でも

そうなると俺が……ま、いいか。カーラのほうが大事だ。俺さえ我慢すればいいだけのこと――


 …………なんというか意外だ。あれほどの仕打ちをしてきたオレのことを気にかけてくれているとは……。


 なんだか気恥ずかしくなり眼鏡をかけて、本心を誤魔化す。


「それにしても裏表のない男だな」


「…………」


「その、なんだ。オレも言葉が過ぎた。薬の礼は後日あらためてする」


「いや、当然のことをしたまでだ。お礼は要らない」


「それは困る、仮にもオレは王族だ。恩を受けたのならば礼で返す義務がある。みなに示しがつかん。それに……そのなんだ……。オレが悪かった。妹の言葉は真実だった」


 非礼を詫びて、頭を下げる。

 そして、すべての企みを暴露ばくろした。


 すると、ラスティはえらく驚いた様子で詰め寄ってきた。


 律儀な男だ。眼鏡をずらすと怪しまれそうなので、前屈みになって心を覗く。


――お礼目当てで助けたわけじゃないぞ!――


 なるほど、真面目で実直。おまけに優しいときている。近衛の女たちが好意を寄せるはずだ。


 契約書の空欄に話が及ぶと、さすがのラスティも怪訝けげんな顔をした。


 とうぜんか……そう思われるだけのことをしてきたのだから。


 嫌な男だが、一応のケジメだけはつけることにした。

「オレの間違いだった。謝るこの通りだ、悪かった」


 ん?


 ラスティの様子がおかしい。恥ずかしそうに顔を逸らしている。

 オレの力は、相手の目を視ないと効果を発揮できない。なので、覗き込むようにラスティの目を視た。


――わっ、前屈みとかやめてくれ。た、谷間が見える――

 心の声で気づいた。


 力をつかうのに集中しすぎて、オレとしたことが、あざとい体勢をとっていたらしい。


「うっ、ううん……そういうわけで貴様とは和解する。用件は以上だ」


 背筋を伸ばし、胸を隠すようにショールに手をかけた。

 そうするよりも先に、ラスティはそっぽを向いて、落ち着き無くオドオドしている。


 存外に初心ウブな男である。


 ああ、それにしても妹の言っていたことが真実だったとは……。

 ティーレの言葉を信じていれば、オレも…………。

 どうやらオレも毒されているようだ。


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