第228話 人物鑑定(Aside)②



 彼女を苦手とする要因を考える。


 人の話を聞かない。これに尽きると思う。それにやたらと相手の言葉を切り捨てる感がある。

 王族という特殊な家庭環境からか物事ハッキリさせる癖がついているようだ。加えて、自己主張が激しく、自分が常に正しい選択をしている、と思い込んでいる感がある。


 聞くところによれば、清廉潔白せいれんけっぱくで華美な生活を嫌う合理主義者だという。こういった考え方は宇宙的には相性バッチリのはず。


 間違いなく美人だよな。可愛いし、大人な女性だし、オレって言うのも嫌いじゃないな。惚れる要素しかないのに……出会い方が悪かったよな。悪い印象を持たれてなかったら、たぶんこっちから告白してただろうな。あっ、王族だからそんな機会はやってこないか。


 もう少し人の話に耳をかけるような人だったら、ティーレと同格、いやそれ以上の存在だっただろう。惜しい女性だ。

 最大の要因を挙げるならば、俺のことを殺そうと企んでいたことだろう。まさに烈女。これには引いた。


 さまざまな要因を紐付けていくと、彼女を嫌う本当の理由が見えてきた。


 出会い方が最悪だったのだ。


 姉妹仲の良い妹に、突如できた夫。

 もし妹に婚約者を飛び越えて夫を紹介されたら、俺だってブチ切れる。可愛い妹だ、変な男だったら容赦はしない。

 カーラを突き動かしているのは、それと似た思考なのだろう。


 そう考えると、俺とカーラは似た者同士だ。同族嫌悪という可能性もあるが、ろくに会話を重ねなかったのがそもそもの原因と考えていい。

 詰まるところ、和解さえできればアリな関係だ。


 でもなぁ、苦手なのは変わらないし……。


「…………」

 カーラの眉が示す、悲しさの度合いが増した。

 ティーレ似の悲しそうな顔は、見ていて胸が締め付けられる。


 可愛いのに残念だ。


 急に、カーラははっとした顔になった。ころころ表情を変える。忙しい娘だ。

 怒りだす前に返答しよう。


「一般的な基準ですと、十分以上に美人かと」


「そうではない。こ、ここ、婚約を前提にするような女かと、き、聞いている」


 あーそういう意味か。きっと婚活で悩んでいるんだろうな。となると、俺の意見を参考にするつもりなのだろう。誰か好きな相手でもいるのか?


「殿下の血筋と美貌びぼうを考慮すると、引く手あまたでしょう」


「ちがう、貴様個人に限っての話だ」


 今回はどんな罠が仕掛けられてるんだ?


 警戒を強めていると、

「誰も言質げんちをとるとか、罠にめるとか、やましいことは考えていない。今後の参考に尋ねたまでだ」


 なんだ、そういうことか。それならそうと最初に言えばいいのに。

 そうなってくると話は別だ。婚活のために自分を見直すというのなら、アドバイスしてやろう。将来の義理の姉が独身じゃティーレも肩身が狭そうだし。


 なぜか薬のことに話は移ってしまったが、この際なので考えたことすべてをぶちまけた。



◇◇◇



 カーラは眼鏡をかけて、背筋を正す。

「それにしても裏表のない男だな」

 ん? 裏表? おかしな表現だ。そもそも俺の言葉が嘘か本当か見抜けるはずがないのに……もしかして嘘を見抜けるとか? そういう魔法は無いって聞いてるけど…………。


 せめて仲直りくらいはしたいけど、どうなんだろう? まだ俺のことを嫌っているのか?


 いくら悩んでもカーラの考えを知ることはできない。せっかくの機会だ、和解くらいしたいものだが。


 唐突に、彼女は頭を下げて謝りだした。

「オレが悪かった。妹の言葉は真実だった」


 真実? ティーレの言葉か? ティーレはどんなことを言ったんだ?


「暗殺者から救ってもらって、病からも救ってくれた。妹の言うように優しい御仁だ。オレが間違っていた。この通り謝る」

 あの高慢なカーラが床に膝をつき、頭を垂れる。


 意味がわからない! そもそもお礼が目当てで助けたわけじゃないぞ!


「そこまでする必要はない。仮にも王族だ。もっとどっしり構えていろ」

 じゃないとこっちの調子が狂う。


「いや、これでいい。オレのたくらみを話そう。本当は契約書の空欄に、国外追放の一文を考えていた」


 ……とんでもない女だな。まさかそんなことを考えていたなんて…………。


「間違いだった。謝るこの通りだ」

 カーラが前屈まえかがみになる。

 尊大な胸の谷間がお目見えした。


 ……前屈みとかやめてくれ、谷間が見える。


 気づいたのかカーラは突然胸元を隠して、

「うっ、うぅンッ……、そういうわけで貴様とは和解する。用件は以上だ」


 なぜかカーラの頬が赤い。熱か? じゃないと、こんな馬鹿げたこと言わないよな。


 彼女の額に手をあてる。

 昨日よりもちょっとだけ体温が高い。


「まだ熱がある。そのせいで冷静な判断ができないんだ。身体がふわふわするだろう?」


「……少し」


「身体を治すことに専念しよう」


 彼女を抱き上げる。ティーレにもしたことのないお姫さま抱っこだ。うるうんだ瞳のカーラをベッドに寝かしつける。

 はかなげな表情に間違いをおかしそうなったが、なんとか紳士的に対応できた。


 身体が冷えないように、しっかり毛布をかける。


「寒くないか?」


「……暖かい」


「さっきは熱のせいで心にもないことを口走ったんだろう。聞いたことは忘れるから安心してくれ。もちろんティーレたちにも言わない」


「ちがっ……」

 負けん気の強い王女様が反論しようとするので、言葉をさえぎった。


「貸し借り云々は気にしなくていい。俺はそんな細かい男じゃないからな」

 ポンポンと掛布を叩いて、寝室を出る。


 外で警護についている衛兵の女性たちに、差し入れを渡す。

「スレイド候、これは?」


あめです。どれも同じ味だったので、いろいろ味をつけてみました」


「いろいろな味?」


「イチゴにマスカット、ブルーベリー、アセロラ、コーヒー、キャラメル。あと運動後の塩分補給に塩レモン味の飴もつくってみました。あとで感想を聞かせてください」


「いつもありがとうございます」


「いえ、こちらこそ無理を頼んで申し訳ない。熱が下がったらあとはお任せしますので」


「…………そう言わず、たまに顔をお出しください。機嫌が悪いとき、事前にお知らせしますので」


「う~ん、それもどうかと」


「何か問題でも?」


「殿下には嫌われていますから、用がなければ来ないほうがいいでしょう。また病がぶり返しそうで怖いですから」


 今日は熱に浮かされて、小言を言われなかったけど。

 もし俺のせいで胃潰瘍が再発したら、なんて言われるか……。


 薄情な仲間たちは医療アプリを共有しているにもかかわらず、俺にカーラの治療をしろと言うし、本当に専属になったらどうしてくれるんだよ。こっちの胃に穴が空いちまう。


 あっ、また胃がキリキリしてきた…………。


 やっぱりあの女性は苦手だ。


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