第227話 人物鑑定(Aside)①
酔いが回っていたせもあって少尉――ロウシェとどこまで話したか覚えていない。でもまあ、コミュニケーションはとれたと思う。
早朝、近衛の兵から牢屋から解放されたこともあって詳細は忘れた。
カーラにあれこれ言われて嫌なことが多かったので、これといって気にならなかった。
そもそも酒の席での話だ。どうでもいい話だったのだろう。
それにしても気が重い。俺はカーラの主治医だ。苦手な相手ではあるが、あつかいに優劣をつけたくない。容態も気がかりだし、カーラの様子を見ておくか。
罵声を浴びる覚悟はできた。
さて、苦手な王女殿下のところに向かいますか。
カーラの寝室へ行く途中、衛兵にとめられた。
「あの、スレイド公、昨日の今日ではありませんか。無理をして殿下の診療へ行くのはどうかと……時間を置いてお会いになることをお薦めします」
「そうしたいのは山々だけどね。医者ってやつは損な役回りを押しつけられるものさ」
「…………カーラ殿下は……その、まだ不機嫌なようなので」
「かまわない。君が警護の任を離れないのと同様に、俺も病人を見捨てない。それが仕事ってもんだろう」
かまわず寝室を目指す。
ノックをしてなかに入る。
「…………何をしに来た」
カーラから冷ややかな声を浴びせかけ、それから近衛の騎士を
「無理を言って国法に定まった手順を踏んでもらった。だから俺は国法に従ってここにいいる。近衛の人たちに不備があったとしたら俺のせいだ」
膝をつき謝る。
「…………フンッ、好きにしろッ!」
脈と体温を診てから、近衛の騎士に指示を出す。
「まだ少し熱があります。食欲があるようならば、果実――リンゴやバナナを
「快復までどれくらいかかるのでしょうか?」
「そう長くはないと思います。しかし、まだ体調は万全ではないみたいですから、もうしばらくの療養が必要です」
近衛の兵に告げて、「どうぞ牢屋へ」と軽口を叩くと、
「待て、誰もそこまで言ってないぞ」
寝ていたカーラが身を起こした。
「衛兵、かまわない。俺を拘束して牢屋へ入れろ。国法だ」
「ですかスレイド候、……殿下…………」
「躊躇うことはない。王族の言葉は正しい。しょせん俺はよそ者だ。昨日、殿下が言ったように牢屋に放り込め。それが君の仕事だ」
「一度ならず二度までも……良いのですかスレイド侯」
「かまわない。何度も言っているだろう。俺は殿下の命令に従う。それがどれほど理不尽であってもだ。さあ、昨日と同じように牢屋へ案内してくれ」
「人の話を聞けッ、オレは牢屋へ入れろとは言ってないぞ」
いまさらである。カーラの言葉を無視して続けた。
「カリンドゥラ殿下から昨日の許しを得ていない。はやく牢屋へ」
「ラスティ・スレイドいい加減にしろ。オレはそこまで言ってない」
いまさらかよ。腹いせに言ってやった。
「…………でも、そうしたいと思っているんでしょう。カリンドゥラ殿下とは約束があります。以前交わした書面です、これがその結果と言われても言い訳しません。たとえどんな仕打ちを受けようとも、俺は約束を破りたくはない」
「…………」
「あのう、私はどうすれば、また牢屋へ……侯をお連れしなければいけないのでしょうか」
近衛の女性騎士が
「下がれ」
「は、はい」
直接の上司の言葉に近衛が従う。
二人っきりになるなり、カーラは眼鏡を外した。寝るときもかけている眼鏡をだ。
赤味を帯びた銀髪、毛先がティーレと同じように指一本分赤い。加えて青い瞳。愛する女性と対照的な色合いのそれがあらわれる。最愛の女性には悪いが、姉のほうが美人だ。それに目元の泣き黒子がチャーミングでもある。しかし性格は最悪だ。
結論、ティーレ似の姉ではあるが、俺の守備範囲外。
「貴様に話がある、ここに残れ……いや残ってくれ。これは命令ではない、オレからの頼みだ。無理強いはしない」
「…………」
卑怯だ。
目つきがやや鋭いだけで、最愛の女性と瓜二つの
それから尋問という名の会話が始まった。終始、不快な表情を浮かべていたが、嫌な言葉を浴びせかけられることなく、淡々と質問が続いた。
「最後の質問だが、オレのことをどう思う?」
「どうって?」
「女性としてどうかと聞いている。過去のことを加味せず答えてくれ」
女性として……か。う~ん、返答に悩むなぁ。
見た感じは非の打ち所の無い美人だ。これは間違いない。ちょっと目つきがキツい気もするけど、眼鏡をかけているのだから仕方ないだろう。しかし、非常に俺好みの女性ではある。
口調は……別にそこまで気にすることもないし、ストレートな話し方は好感が持てる。上司でなければの話だが。
う~ん、苦手な要素はないはずなんだけどなぁ。やっぱり王族ってのが合わないのか?
そんなことを考えていると、カーラの眉尻は悲しそうに沈んでいった。
困らせてる気はないんだけどなぁ、あんな顔は見たくないな。ところで歳はいくつなんだろう? 女性に歳を尋ねるのは禁句だと聞いているので、あまり聞かないようにしているのだが。
そんなことを考えていると、俺の考えを見透かしたかのように、
「オレは今年で二十四になる、行き遅れの売れ残りだ」
「二十四!」
「悪かったな年増で」
本人はそう言っているが、そんなことはない。俺が二十七になるのだから、年増なんてこれっぽっちも。
でも、なんでカーラが苦手なのだろう?
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