第225話 牢屋暮らし②
牢屋に籠もり、読書のお時間だ。
事情を聞いた衛兵が膝掛けや飲み物を用意してくれた。気の利く衛兵たちだ、ありがたい。
「それではスレイド候、明日の朝にはお出しするのでそれまで辛抱してください」
「そんなにはやく解放してもいいのかい?」
「ええ、国法で定められています。
「かまわないよ。お仕事ご苦労様」
「いえ、こちらこそお力になれず申しわけありませんでした」
「気にすることはないよ。お互い仕事だからね」
「はっ、心遣い痛み入ります。それでは明朝、お迎えにあがりますので」
躾の行き届いた衛兵が去る。
本を読む。
まずはこの惑星の地理だ。
ベルーガは大陸の四分の一を占める大国で、西に法治国家のランズベリー、東に平原の国ラーシャルード。北は雪山の蛮族、南にザーナ都市国家連合とマキナ聖王国。さらに南下して大密林を抜けると、鉄国と緑国が大陸南部の覇権を争っている。
ちなみに星方教会の本拠地――聖地イデアはランズベリーとベルーガ、マキナの三者に挟まれる形で存在している。別名が聖都イデアらしい。
ほかに特筆すべきは東のラーシャルード周辺だ。草原の国の東には大砂漠が広がっていて、砂漠は部族連合のテリトリー。その先に肥沃な大地が広がっているらしいが、地図には載っていなかった。砂漠の東に国があるという文字情報だけだ。
大陸は広く、すべてを網羅した地図は存在しない。
エレナ事務官がドローンで計測したデータによると、東部はベルーガのある大陸西部とちがって、そこまで広くない。それに大砂漠という難所を越えなければいけないので、無視してもいいだろう。
だいたいの地理は把握した。次は国力だ。
ベルーガの王都が占領されるまでの国力・兵力はベルーガが大陸トップ。次点がマキナ聖王国、緑、鉄、ラーシャルードとつづく。大きく水をあけて、ランズベリー、ザーナ、星方教会の順だ。下位の三者はどんぐりの背比べといった状況。砂漠の部族連合については
平和路線のベルーガが急落したため、均衡が崩れつつある。
大陸南部の覇権争いに決着がついたら、大陸北部――ベルーガにも危険が及ぶ可能性がある。
エレナ事務官の話だと、マキナ、ザーナともにかなり消耗しているので、両国を飲み込みながら一気に北上してくる最悪の展開も……。
まあ、すぐにとはならないが、そうなる可能性もある。
なるほど、はやく王都を奪還したいわけだ。
仮に王都を奪還しても問題は残る。
農作物は短期間で回復できるだろうが、国民はそう簡単にはいかない。
子供を産んでも大人になるまで二十年はかかる。その間、かつてのように大兵力を維持するのは困難だ。
問題は国家間だけではない。宇宙軍の裏切り者もいる。
あいつらがどの勢力に属するかで戦況はガラリと変わる。エメリッヒの能力を疑うわけじゃないが、経験豊富な中将や大将が敵に回ったらと考えるだけでぞっとする。
ああいった将官にとって人の命は数字でしかない。積極的に攻勢に出られたら……。
悪い考えを振り払い、そうならないよう全力を尽くすことにした。
エメリッヒの指示に従って、裏切り者の監視に貴重なドローンをあてがって正解だった。
奴らはいまもマキナ聖王国に潜伏している。いずれかち合うことになるだろう。そのときのためにも優位に立てるよう手を尽くさねば。
「牢屋なんかでのんびりしてられないな。かといってベルーガには王兄親子と面倒なカーラがいる。やりづらいな……」
一人つぶやいていたら、唐突に声が湧いた。
「何がやりづらいんですか大尉殿」
「わっ!」
一人っきりだと思っていただけに、驚きは大きく、変な声をあげて跳び上がってしまった。
突如、あらわれた声の主はロウシェ伍長だった。
「そんなに驚かないでください。こっちまでびっくりするじゃないですか」
部下の前で失態を演じてしまった。どう言い訳をしよう……。
「それにしても災難でしたね」
ワインの入った瓶を格子の隙間から差し入れてくれた。
なかなか気の利く部下だ。
「そういう役どころだから仕方ないさ。それよりも伍長……じゃなかった少尉はなぜここへ?」
「伍長でいいですよ、いまさらですし。スレイド大尉とはあまり話す機会がなかったもので、これを機に親しくなろうかと考えまして」
「ロウシェ伍長も退役するんじゃなかったっけ」
「いきなり足抜けは無理でしょう。目障りな裏切り者がいますし」
「ああ、そうだな。あいつらだけでもどうにかしないと、おちおち眠れない。俺たちが戦うのもいいけど、暗殺者を雇ったほうが無難だな。進んで危ない橋を渡る必要もない」
「ですよねぇー。アタシも同意見です」
あまり紳士的ではないが、ワインをラッパ飲みする。
「くぅ、五臓六腑に染みわたる」
「酒のアテもいかがですか?」
伍長が干し肉を差し出してきた。
「
「ビーフですよ、ビーフ。軍の携帯食料じゃあ滅多にお目にかかれないアタリですけど、ここじゃ食べ放題」
「……衛生面は?」
「問題ありません。王室ゆかりの高級品です」
「じゃあもらう」
干し肉を
「イケるな」
ワインと干し肉を味わっていたら、伍長がぼそりと呟いた。
「実は大尉殿にお願いがありましてぇ」
「そんなことだろうと思ってたよ。で、何をすればいいんだ。おっと、先に断っておくけど、お願いは俺に可能な範囲で頼む」
「わかってますよぉ。お願いというのは……」
ロウシェ伍長からのお願いは、起業したいから出資してくれとのこと。
気になっていた中華料理の店らしく、即決でOKを出した。エクタナビアで食べた麺料理は美味かったし、うまくいけばジロウを再現できる。乗っからない手はない。
「ありがとうございます。つきましては店舗のほうも……」
細い目で猫っぽい口をした、人懐っこい女だが、なかなかに厚かましい。ピンク髪のインチキ眼鏡を思い出す。
「俺の領地だったら店くらいプレゼントしてやる」
「マジですかッ!」
「マジだ。だからいろいろ料理を開発してくれ」
「お安いご用です」
これで地球グルメの再現も
交渉も成立したことだし、飲む。
それから少尉とどうでもいい話で盛り上がって、一夜を明かした。
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