第224話 牢屋暮らし①
「ストレス性の胃潰瘍ですな。私生活もかなり乱れている様子。睡眠不足と過度のアルコール摂取、いけませんな。治療しても根本的な解決には至らないでしょう。スレイド大尉、ここは医師として殿下の生活改善の指導をお願いします」
襲撃から免れた宇宙軍の仲間の一人、マッシモ衛生兵から薬と対処法が記された紙を渡される。
「マッシモさんは元軍医なんでしょう。でしたらカーラの
癖のある髪が目立つ、ふっくらとした冴えない中年衛生兵は、緩やかに手をあげた。拒否の姿勢だ。
「スレイド大尉、私はすでに退役した身、
「でも、カーラは病人ですから」
「医者として薬と指示は出しました。私には
意志は硬いらしい。
仲間の多くを失ったのだ、無理もないことだ。マッシモさんは衛生兵、最前線で荒事をするのには向いていない。命のやりとりはこりごりなのだろう。
至極まっとうな選択だ、非難されるようなことではない。
聞けば人命重視の人らしく、多くの重症患者を抱えているとか。対処療法さえしっかりすれば治せる胃潰瘍ごときに長々と関わっていられないのだろう。
残念だけど、これ以上は無理だな。
「わかりました。では市井のためにも、俺の持っている医療キットを」
「結構。エレナ事務官から頂いていますから」
「そうですか……」
せめて今後の活動資金にと金貨を渡そうとしたのだが、これも断られた。
「すみません。大尉のことを嫌っているわけではないのですが、支援者はいますので。あまりあちこちに借りをつくりたくないのですよ」
「いえ、こちらのほうこそ配慮が足りませんでした。第二の人生、頑張ってください」
「ありがとうございます」
マッシモはふくよかな身体を揺すりながら、カーラの寝室をあとにした。
俺も一緒に寝室から去りたいのだが、カーラに手を握られているのでそうもいかない。寝室のベッドに彼女を運んでから、この様なので身動きがとれないでいる。
振りほどいてもいいのだが、なぜか彼女の握る力は強く、うまくいかない。本当に厄介な女性だ。
そんなわけで、ベッドの横に椅子を用意してもらい、そこでじっとしている。
やることもなく、ぼうっとしていたら定番の睡魔がやってきた。
背もたれに身体をあずけて、睡魔に委ねる。
ふと目が醒めると、もぞもぞと寝返りを打つカーラがいた。チャンスだ!
急いで手を引くと、すんなり自由を取り戻せた。
これで寝室を抜け出せる。
硬直した身体をほぐして椅子から立つと、カーラと目があった。
「貴様ッ、ここで何をしているッ!」
胸元を手で隠して、苦手な第一王女が
「衛兵、衛兵ッ! この
「ちょっと待ってくれ、俺の言い分も聞いてくれ」
慌ただしく女性の近衛が寝室に入ってくる。
「この男を牢へ放り込め!」
事情を知っている近衛の女性騎士たちは、困惑しながらもカーラに事情を説明してくれた。
「スレイド候がつきっきりで介抱してくれていたのです。牢へ入れるなどとんでもありません」
「…………くっ、ぬうぅ!」
カーラの顔が歪む。どう見ても精神的によくない表情だ。
また血を吐かれても困るので、自主的に寝室を出ることにした。
「王女殿下もうら若き女性。俺がいては不要な誤解を招くでしょう。どうぞ牢屋へご案内ください」
「しかし、スレイド候! 候は国家の重鎮。王族の命令とはいえ、そのような無礼は働けません」
「いえ、殿下の言葉は正しい。美人の王族――それも未婚の王女殿下の寝室に男一人というのはいただけない。誰だってそう受け取るでしょう、ましてや寝ているときからいたのですから疑われても仕方有りません」
「…………」
「ですが、カーラ殿下、お薬だけはお飲みください。それと酒は当分控えてください。食事は重湯で。政務はアデル陛下とエレナ宰相が執り行っていますので、心配無用です。どうぞ安静に」
役目を終えたので、カーラの指示通り牢屋へ向かう。
「よ、よろしいのですかスレイド候。牢に入らずともフリでも問題はありません。我々も口裏を合わせますゆえ……」
女性衛兵が心配そうに声をかけてくれる。ありがたい味方だ。
「嬉しい申し出だけど、カーラ殿下の気性を考えると、バレたら君たちがとばっちりを食らう。だからこれでいいんだ」
「申しわけありません。我らがしっかりしていれば」
「その代わり、頼みがある。暇つぶしに本を何冊か用意してくれないか」
「どのような内容ですか?」
「そうだな」
この惑星の調査はかなり進んでいる。足りないとすれば、歴史と地理くらいか。
「各国の特色が書かれている資料なんかがあったら、それを。それ以外は歴史書をいくつか」
「かしこまりました」
まったく踏んだり蹴ったりだ。
勝手に血を吐いて、勝手に倒れて、勝手に介抱までさせておいて、挙げ句が牢屋なんて最悪もいいところだ!
いつか抗議してやろう!
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