第221話 subroutine スッコ_マリモンナイトフィーバー
「マキナ聖王国に領地を……それは大変でしたなマリモン殿」
「父は最後まで立派に戦いました。私がもっとしっかりしていれば……」
間抜けな伯爵様は、俺の名演技にころっと
「生前、父が言っていました。もしもの時にはシェロー伯を尋ねろと……ええ、それなりの礼はします」
「礼と言われても、屋敷は焼け落ちたのでしょう」
「問題ありません。隠し部屋のことをご存じですか?」
「ディラ卿から話くらいは……」
「あの部屋の鍵を持っています」
「隠し部屋の鍵を!?」
金に汚ぇ貴族様だ。隠し部屋のことをチラつかせただけで目の色を変えやがった。こいつもディラ家の財産を狙っていたクチか。ケッ、口では
「ディラ家は第一王女殿下と私的な付き合いのあった名家。殿下に兵を借り受けるため参らねばなりません。つきましては馬車と護衛を……」
「うむ、そうであったな。カリンドゥラ殿下は幼少の頃、ディラ家によく
「ありがとうございます」
「
「ご配慮、痛み入ります」
まんまと伯爵家に侵入することに成功した! チョロすぎるぜ!
それから豪華な風呂とご
「マリモン様、寝室へご案内します」
白髪頭のジジイは気が利かないようで、疑うような視線を向けてくる。気に入らねぇ。
「すみません、父と母があんな目に遭ったばかりなので……」
「お気になさらなくても良いのですよ、マリモン様。シェロー領は安全です。今夜はぐっすりお眠りください」
警戒心の強いジジイだ。丁寧な言葉の割りに眼光が鋭い。ここは演技で駄目押ししとくか。
「屋敷が襲われるということはありませんよね」
「大丈夫です。常に騎士と警備の兵がおりますから」
「どのくらいの人数なのですか?」
「騎士が三名、警備兵が七名」
「少なすぎませんか。ディラ家には二十近くの警備がおりましたが」
俺の知っている事実を言った。するとジジイは笑いながら、
「数が少ない分、騎士がおりますゆえ問題ありません」
騎士って連中は強いと聞いている。タガーズの奴ら勝てるのか? 豚鼻のデブを思い浮かべる。駄目だ、勝てる未来が視えねぇ。
仕方ねぇ、俺がやるか。
「のちほど騎士たちから話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「かまいませんよ。あの者たちは屋敷の裏手に詰めておりますので、どうぞご自由に」
しめた! 騎士どものいる場所を突きとめたぜ。
「ありがとうございます。明日、話を聞きたいと思います」
「わかりました。伝えておきましょう」
あてがわれた寝室に入り、
こういう時のために、ガーキからいろいろ道具を預かっている。時計という魔道具と水晶玉だ。時計は時間を知ることができ、水晶玉は叩き割ると転移の魔法が発動する。何があっても俺だけは無事って寸法だ。ガーキは乱暴者だが、人を見る目がある。タガーズより俺のほうが価値があると判断したのだろう。
深夜になったのを時計で確認してから、外へ合図を送る。
ナイフを鏡代わりにして、月光を三回反射させる。
これで屋敷の外にいるタガーズたちが来るはず。あとは勝手口を開ければいい。
そのまえに、俺は持ってきた荷物から酒瓶を取り出した。シャマとかいう不気味な魔術師からもらった酒だ。なんでも眠り薬が入っているらしく、毒にうるさい騎士には、こっちのほうが効き目がいいらしい。
ジジイに教わった詰め所へ向かう。
「これはお客人、こんな夜更けに何かご用で?」
「いえ、騎士殿の武勇伝をお聞きしたいと思いまして。恥ずかしながら私は戦場に出たことがなく、心構えだけでもご教授いただければと」
三人いるうちの一人が、俺の手にある酒瓶に目を向けた。
その騎士が言う。
「なるほど、長話になるがよろしいかな」
何が騎士だッ! 酒に目がくらみやがって!
眠り薬入りの酒を振る舞い、俺は病弱を理由に酒を断った。
ものの一〇分としないうちに眠り薬の効果が出てきた。
「この酒は……随分と強いですな」
「ああ……効く酒……だ」
馬鹿どもは薬を盛られたとも気づかずオネンネした。
眠った騎士の一人が腕を動かし、手にした碗を落とす。
「クソがッ!」
音を立てられてはたまらない。飛び込むように滑りこんで床に落ちる直前にキャッチする。
おかげで顔が擦りむけた。
人の足を引っぱりやがって、このクソがッ!
むしゃくしゃして騎士どもをナイフで
やり過ぎた感はあるが、これで目障りな邪魔者は消えた。残った警備の連中はタガーズにやらせよう。
あとは勝手口のドアを開けて…………。
◇◇◇
仕事を終えて、のんびり酒を飲んでいたらガーキがあらわれた。
「うまくやったようだな、スッコ」
「ガ、ガーキ! エクタナビアに行ったんじゃなかったのか」
「マキナのカスどもが負けちまったんでな、こっちに来た。おまえに新しい仕事だ」
ガーキは革袋を投げてきた。
慌てて受け取り、中身を見る。
魔法が封じ込められた水晶玉と薬の入った包みがあった。
「今度はどこの貴族を殺るんだ?」
「貴族じゃねぇ、王族だ」
「お、王族!」
「ベルーガの王族だ。誰でもいい、一人殺ってこい」
「王族は無理だ。逃げる前に殺されちまう」
「だから逃走用の水晶玉をやっただろう。それには遠距離転移の魔法が封じ込められている、ありがた~い魔道具だ。貴族の屋敷三つ分くらいの価値はある。それを預けたんだ。意味わかるよな」
「…………」
「なぁに、ちょいと近づいてブッスリよ。報酬はその十倍出す」
「じゅ、十倍!」
「一生遊んで暮らせる額だぜ。マリモンにすり替わったいましかできない仕事だ」
「…………」
「無理強いはしない。おまえが決めろ」
屋敷三〇軒分の大金……たしかに一生不自由無く暮らせる、豪遊してもお釣りがくる額だ。
「嫌ならいい、その代わりマリモン・ディラに化けるための情報を寄越せ。こっちでやる」
「…………」
「はやくしろよ、時間がないんだ。一生に一度、有る無いかの大仕事だ。相手は王族、それなりに準備が必要だからな」
「そ、その仕事が終わったら抜けてもいいか」
「いいぜ、王族を殺せばマリモンが偽物だってバレるからな。そこから先はスッコの出番は無い」
「王族殺しが終わったら用無しか……俺を殺すってことはないよな」
「殺す意味がねぇ。どうせおまえ追われるし」
……そうか、追っ手がかかるのか。
「隣の国まで逃げる魔道具をくれ。あの水晶玉だ」
安全だけでも確保しておきたい。ダメ元で言うと、ガーキは嫌そうな顔をした。
「……しゃーねーな。わかった。稼がせてくれた礼だ。おい、シャマ、あの水晶まだあるか?」
不気味な魔術師がくぐもった声で返す。
「残りは一つですよ」
「かまわねぇ。スッコにくれてやれ」
「わかりました……スッコ、これは中距離用の転移魔法が封じられている水晶だ。これでなんとかなるだろう」
合計三つの水晶玉が俺の手元にある。これだけでもかなりの財産だ。
内心でほくそ笑んでいると、心を見透かしたかのようにガーキが言った。
「先に言っておくがよ。水晶玉だけ持ち逃げとかするなよ」
「……そ、そんなことはしない!」
「ま、逃げてもいいが、そのときはベルーガ以外の国から追っ手がかかるからな」
どうせ嘘だろう。そう思っていたが、ガーキの口から思いもよらぬ人物の名前が出てきた。
「なんせ聖王カウェンクス様からの直々の暗殺依頼だ。裏切ったら確実に殺される。いくら遠くに逃げても星方教会の追っ手がかかるからな」
見たことのない紋様の印が押された羊皮紙を突きつけてきた。俺は文字が読めない、しかし、その高級そうな羊皮紙と紋章からガーキが嘘を言っていないことだけはわかった。
とんでもないことに足を突っ込んじまった!
「こ、この話降りてもいいか」
「無理だな。ここまで知って降りてみろ……おまえ消されるぜ」
「王族を殺すなら、闇ギルドの連中がいるだろう。なぜそっちに頼まないんだ」
「あいつらは血の臭いがプンプンするからバレるんだよ。その点、スッコなら大丈夫だ。誰も警戒しない」
「…………分け前を増やしてくれ、それくらいはいいだろう?」
「かまわねぇぜ。おめぇはもう逃げられない。逃げても水晶を売ったらアシがつくからな。星方教会はしぶといぞ。俺なら王族をやる。落ち目のベルーガに追っ手を差し向ける余裕はないからな」
「…………」
「せいぜい上手くやるこった」
ガーキは金貨の詰まった革袋をくれた。
もうあとには退けない。
俺は王族を殺すことにした。
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