第219話 修羅場……来るか!
「隊長、大丈夫ですか?」
同行していたラッキーが心配そうに声をかけてくる。
「生きている」
ズキズキと痛むこめかみを押さえながら、塩湖を渡る。
ちなみにホエルン教官は別の舟だ。だからラッキーも声をかけてきたわけで、
「姉御には逆らわないほうがいいですよ」
傭兵上がりのラッキーでさえ、ホエルンに恐怖を抱いている。当然だ、そもそも俺がビビりまくっているのだから。
同行している部隊の面々はホエルン教官の恐ろしさを知っている。なんせ裏切り者の元帥をあっさりと退けたのだ、その強さたるや鬼だ。
いまではホエルンが近くを通るたびに、自主的に敬礼する始末。命令も彼女が出していて、俺はぼうっとしているだけのお飾りになっている。
隊長は俺なんだけどね……などとは鬼教官の前では口が裂けても言えない。言ったら死ぬ。
「スレイド訓練生、パスコードを」
さすがは教官、よく心得ていらっしゃる。
「パスコードは####です」
教官には、事前にアマニの管理者データを移しているので、カプセルの操作が可能だ。
カプセルに収められた武器と外部野を回収するついでに、再度、生存者確認をした。
生存者はゼロ。
千基近くのコールドスリープカプセルからエネルギーパックと武器、外部野を回収する。ほとんどが基本兵装のレーザーガンと戦闘員の外部野。稀に、ハンドグレネードや単発式の実弾火器、カスタムされた近接武器があった。
それらを回収して、区画の外壁に文字を刻む。
連合宇宙軍所属 第二十七宇宙域 惑星調査艦ブラッドノア 乗組員九七三名ここに眠る。
黙祷を捧げて、鉄の墓標をあとにした。
回収した大量の物資を荷馬車に載せて、行軍を再開したところで、
「隊長、何か近づいてきます」
「魔物か?」
「いえ、軍隊です。
俺が指示を出すよりも先に、ホエルンが叫んだ。
「総員、迎撃準備! 騎兵は街道を、歩兵弓兵は森に散開。緩やかに突撃陣を築けッ! 塩湖よりの移送品を載せた荷馬車は最後尾に、ラッキー五〇の兵で警護にあたりなさい」
「了解しましたッ!」
ラッキーがいままでに見せたことのない真面目な敬礼をして、後方に下がる。
俺の出番は無い。部隊は完全にホエルンに
しばらくして新たな報告が入る。
「味方です。ベルーガの旗を掲げています」
「敵の
「はッ!」
荒くれ者だった傭兵たちがキビキビと動いている。軍人としての自信が無くなった。
「……あのう、教官、この部隊は俺の」
「パパは下がっていて」
「…………はい」
それから慎重に様子を窺って、あらわれたのが味方だと判明する。
誰が来たのだろう? まさかセモベンテじゃないだろうな。あの男は苦手だ。
そんなことを考えている間に、味方の指揮官がやってきた。
ティーレだ。両脇にはアシェさんとジェイクが控えている。
ティーレは馬を降りるなり、こっちに向かって走ってきた。距離が縮まったところで両手を広げてダイブ。
そう来るだろうと思って、俺も両手を広げて受けとめた。
「あなた様、心配したのですよ」
「大げさだなぁ。ちゃんと伝令は送ってただろう」
「ですが、あなた様の部下が砦の近くで遺体で発見されて、気が気ではありませんでした」
見上げてくるティーレの目元は赤く
より強く抱きしめる。
「心配させてごめんね」
「もう放しません。姉上には厳重に注意しました」
「あ、ありがとう。それと朗報だけど、妹さんは無事だよ。何日か遅れてやって来る手筈になっているから。それと王兄って人も一緒だ。これでやっと婚姻が認められる」
朗報だと思ったのに、なぜかティーレは浮かない顔をした。
「あの恥さらしどもですか」
んんッ? もしかして久々にやってしまったか!
「婚姻には、王族の過半数の賛成を得られればいんだよね。カーラは反対するとして、妹さんと王兄親子は賛成に回ってくれるんじゃないの?」
「まさか、あの
同じ王族なのに屑って…………。
「おそらく、あなた様の弱みにつけ込んで
ティーレは気難しそうな顔で黙り込んだ。しばらくして、背伸びして耳元で
「ちょうど良い機会です、亡き者にしましょう」
「エッ!」
素で引いた。そんなことを言うような娘でないと思っていたのに、意外を通り越して衝撃だ。
ぶっ飛んだ思考の持ち主はカーラだけかと思っていたけど、まさかティーレも…………。
「駄目だ。それだけは絶対にしちゃいけない」
「なぜですか? あの親子は国を追放されたろくでなし。野垂れ死のうが誰も文句を言いません」
「それが切っ掛けで、ランズベリーが戦争を仕掛けてくる」
「…………そうですね。私としたこと軽率でした。でもこれだけは覚えておいてください。あの王兄は、昔、姉上に手を出そうとした屑です」
手を出すだって!? ティーレのお父さんが王で、王兄ということは……姪に手を出そうとしたのかッ!
「事情はわかった、その気持ちもわかる。だけど駄目だ。君たち姉妹の手を汚したくない」
「そう言ってくれるのは、あなた様だけです。ですが最悪の場合は……」
「よしてくれ。そういうことはエレナ事務官とエスペランザ軍事顧問の分野だ。彼女たちに任せよう」
「えすぺらんざ? 誰ですかそれは?」
「同じ軍にいた仲間だ。ほかにも何人か合流した」
「ああ、ホリンズワースとかいう者たちですね」
「! 彼らは生きているのか!」
「ええ、敵の襲撃を免れた者が五名ほど……」
嬉しさのあまり、ティーレを抱き上げる。
よかった。生き残りがいた。蘇生させたのは無駄じゃなかったんだ。
「あのう、あなた様、女性が
指摘されて気づく。一番の問題が残っていた。
「じ、実は……」
気乗りしないが、嘘をつきたくはない。
ホエルン教官との関係を告げると、妻から
◇◇◇
ホエルンとティーレの
二人のもとへ行く。待ち構えているのは戦場。逃げることはできない。
胃痛に
二人の妻が仲良くお喋りしているのだ。
「あら、そうなの。彼ってそういう迂闊なところがあるわよね。でもそこが好きなんでしょう」
「え、ええ、まあ。フォーシュルンド様もお目が高いですね」
「ああ、あれね。付き合いが長いっていう彼の同僚から聞いたの。それに気づくなんてティーレはいいお嫁さんになれるわ」
納得できない。
説教タイムから流れるように修羅場、そして焼き土下座まで想定していたのに…………なぜ?
訪れるであろう説教タイムを覚悟していたのだが、最悪の事態は免れた。それは嬉しい。
しかし、なぜ? わけがわからない。
「あの、なんで二人は仲がいいんですか?」
「同盟よ、同盟」
「そうです、あなた様、私とフォーシュルンド様は同盟を結びました」
「それってどういうこと?」
「王都を奪還して愛の巣を築くのよ。私は武力を提供する」
「私は王家の財力を」
「……じゃあさ、マリンは?」
「「可愛い妹枠」」
「………………」
それにしても、二人して俺の何について話していたんだ?
「ところで二人とも、俺って全然モテないけど一体どこが良いの?」
「そういうところよ」
「そういうところです」
この惑星に限らず、女性とは理解しがたい生き物らしい。
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