第218話 強制結婚



 休暇を満喫する間もなく、俺はエクタナビアを発った。

 ルセリア王女殿下の通る道を、先に進んで安全を確保するという名目だが、本当の目的は塩湖にちたコールドスリープ区画にある。


 これについては宇宙軍に属するみんなと会議した。

 エメリッヒの提案で、軍の裏切り者に物資を奪われる前に確保することが決定したのだ。

 この作業にはホエルン教官とカレン少佐をあてるつもりだったのだが、アテが外れてしまった。


 なので俺とホエルン教官で塩湖に向かうことになったのだが……。


「ねえ、パパ。結婚してるってホント?」


 妙齢の鬼教官が実戦でも見せたことのない鋭い眼光を投げかけてくる。

 寒くもない陽気のなかだというのに、全身に汗がいた。


「え、ううん、まあ、そんな感じです。王族の方々とちょっとありまして……」


「王族の方々ッ! この惑星は一夫多妻制が主流なのかしら?」

 苛立っているのか、やたらと鼻眼鏡をいじっている。


 ヤバイぞ! 噴火寸前だッ!


 宇宙軍時代でもここまで危機迫る局面に立たされたことはない。人生史上最大の難所だ。


「一夫多妻もあるようですね。なんせ戦争が多いらしいですからね。あと魔物の脅威きょういもあって男たちは戦場へ駆り出されるとか、だから……」


「ちなみに上限は?」


「聞いたことがありません」


「上限無しって考えてもいいのね」


「確認をとっていないだけで、必ずしもそうとは言い切れませんが……」


「じゃあめかけでもいいわ。スレイド訓練生、私と結婚なさい」


「へッ!」


「返事は〝はい〟でしょう」


「はっ、はいッ!」


「よろしい。了承も得られたことだし決定ね」


「ちょっと待ってくださいよ。俺はそういう意味で返事をしたわけじゃなくてですね」


 なんとかこの場を切り抜けようとしたが、教官のほうが上手だった。


 俺のあごを、人さし指でくいっと持ち上げ、

「私じゃ嫌?」

 と、女のかおで迫ってくる。


 くぅ、そう来たか!


 今日の教官は、胸元を強調した軍装。一応、軍人らしい動きやすい服装だ。女性騎士のように身体にフィットしたキュロットとロングブーツ。胸元が開いた女性用の皮鎧。そのデザインは腰のくびれを強調し、窮屈きゅうくつな胸だけ解放されている。装甲ほぼゼロの下着とシャツに覆われた胸をこれでもかとせり出している。


 おまけに、俺の開発したリップを塗っていて唇は瑞々しく、目尻のアイラインには朱を引いている。化粧に抜かりはない。


 露骨な色仕掛け。実に卑怯ひきょうな教官様だ。

 一夜くらいならおぼれてみたい…………じゃなくて、なんとか結婚だけはけないと! そもそもティーレと正式に婚姻関係を結んでいない。それにマリンという第二夫人がいる。もうね、さすがにこれ以上は怒られるって。いくら鈍い俺でもそれくらいはわかるよ。


「嫌じゃないですけど、王女殿下が……」


 ホエルンの瞳があやしく輝いた。


 とてつもなく嫌な予感がした。この鬼教官のことだ、武力に物を言わせてティーレをねじ伏せるにちがいない。それだけはなんとしても阻止そしせねばッ!


「あのう、ええっと……本当に俺なんかでいいんですか?」


「ええ、


 意味がわからない。訓練生時代、親の仇みたいにしごかれたのに……もしやドS?!


「俺、Mじゃ…………」


 Mじゃないんで、と断る前に視界が塞がれた。こめかみに激痛が走るッ!


 な、なんぞこれッ!


 気のせいか宙に浮いているような。あと頭蓋がきしんで……。間違いない、これアイアンクローだ!


「スレイド訓練生。いまの私はね、冷静さを欠いているの。わかるかしらこの意味?」


「よろしければ詳しく教えてくれませんか」


「もし結婚にNOと答えたら、こめかみに食い込んでいる指が大変なことになるかも知れないの。。それを踏まえて答えて頂戴。私と結婚してくれる?」

 恐ろしいことをさらりと言った。


 しかし、俺も男! 愛する未来の妻たちのために、夫としての……。


 ミシッ!


 頭蓋が啼いた。

「妻の座に空きがあれば……」

 俺は武力に屈した。


「了承してくれたのよね?」

 凍えるような冷たい声で確認してくる。


 ごめんティーレ、俺、魔王には勝てない。


「……はい。了承しました」


 地に足がついて、あの世に旅立っていないことを実感する。


 それにしても重い。


 王族や美人教官に囲まれて、俺はさぞかし幸せな男に見えるのだろう。昔の俺が見たら、きっとリア充死ねッ、って毒を吐いていたにちがいない。

 でもいまならハッキリとわかる。

 男たちの夢見るハーレムは実在しなかった!


 王族の仕来しきたりと恋愛の板挟み、解釈のちがいでうっかり求婚OKしてまた板挟み、そしていま、かつての教官に脅されて板挟み。このままじゃ、ぺしゃんこになっちゃうよ。

 NOと言えない自分が憎い。


 浮気して奥さんに刺されたヘルムート、四股がバレて半殺しにされたグッドマン、明るく黒歴史を語る戦友の顔が脳裏に浮かぶ。彼らはなぜそこまでされて幸せそうな顔をしていたのだろう。俺には一生理解できそうもない。


〝諦め〟という単語を噛みしめつつ、ホエルンの軍門に降った。


「……結婚してもいいですか?」


「もちろんよ」


 かくして俺は三人目の妻を迎えた。


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