第215話 魔族事情
会議室をあとにした俺は、そのままエメリッヒが寝泊まりしている兵舎へ向かった。そこにある執務室に用があるのだ。
執務室へ行くも、エメリッヒは不在だった。
部屋にいるのはメイド二人。
エメリッヒの居場所に尋ねると、ここ数日、ランズベリー法国から来た使者の対応に追われていると教えてくれた。
メイドたちの言葉遣いから察するに、エメリッヒはかなり厚遇されているようだ。羨ましい。
一刻もはやく問題を解決したい俺は、救世主になってくれるであろう上官が戻るのを部屋で待つことにした。
小一時間ほどして、頼れる上官が戻ってきた。
問題について相談する。
「私の口から、君が妻帯者であることをホエルン大佐に伝えろと?」
「そうです。エスペランザ軍事顧問、困ったときはお知恵を貸してくれる約束でしたよね」
「誤解しないでくれ。私が知恵を貸すと言ったのは軍事についての事柄だけだ」
「そんなこと言わないでくださいよぉ。本当に困っているんですから」
「自身の招いた災いだろう。悪いがそっちで対処してくれ」
「う~ん」
困りながらも考える。エメリッヒに不機嫌な様子は見られない。となると交渉の余地はあるはずだ。
とっかかりとなる話題を探しながら、ぼんやりと眺める。
そういえば、エメリッヒは合うたびに決まったメイドを引き連れている。それも二人。専属か? にしても一時的な客人に二人は多い。ここは大都市だが国境、教育を施したメイドはそれほど多くいないはず。
それとなくしらべる。
まずは緑髪緑眼の美人メイド。腰まで伸びる長いストレートヘアーは女性の魅力が満載だ。露出は少ないが、腰のくびれを強調するメイド服はなかなかのボディラインを描いている。どこぞの貴族の娘だろうか、佇んでいる姿から溢れる知性を感じる。
もう一人は黒髪金眼のメイド。こちらも緑髪緑眼のメイドと同じ髪型で美人だ。力強い眼差しは騎士に通じるところがある。それと…………。
――化粧で肌の色を誤魔化していますね――
【そうだな。なんとなく違和感がある。でもなんで肌の色を?】
――詳しくスキャンしますか?――
【エメリッヒの目の前だ、やめておこう。軍事顧問殿のことだ、知ったうえで好きにさせているんだろう。だとしたら興味本位で聞かないほうがいい。女性にそういった質問はデリカシーに欠けるしね】
――賢明な判断です。個人情報はいろいろと難しいですからね――
【ああ、いまの俺がその最たる例だな】
女性関係のぐだぐだがあるので、他人のことなどどうでもよくなってしまう。まあ、それは置いておいて、問題はエメリッヒだ。難題をパパッと片付ける優秀な頭脳をちょっとばかり俺のぐだぐだにつかってほしい。
ポーチから薬剤をとりだす。昔、ティーレの変装につかったものだ。どこかで王女の護衛に必要になるかもとポーチ入れっぱなしにしておいたやつだ。
野戦伏撃に必要かと携帯していたが、今回も出番がなかった。
「エスペランザ軍事顧問、よろしければ……」
そっと差し出す。上級士官なので馴染みはないだろうが、コレの使い方は知っているはずだ。
「これはなんだね?」
「この辺りでつかわれている物よりは良い代物いかと……」
あえて惑星という単語をつかわず、それとなく言った。
途端に、エメリッヒの眉間に皺が刻まれた。
「具体的な意味を聞こう。これで私にどうしろと?」
「あの、いえ、肌の色を気にしているご婦人がいたようなので……」
テーブルが打ち鳴らされた。
衝撃で机の上の書類が崩れ落ちる。
メイドたちはほんの一瞬遅れてから、床に散らばった書類を拾い出した。
「片付けはあとでいい、君たちは少し席を外してくれないか」
「「畏まりました」」
軽く頭を下げると、メイド二人は部屋を出て行った。
この流れ知ってる、説教だ。つい
ドアが閉じられると同時に、エメリッヒは静かに、そして明白な怒りの籠もった声で喋りだす。
「スレイド大尉、君は差別主義者かね?」
「いえ、ちがいます」
「ではなぜ魔族のメイドに、それをつかうように
魔族! いやいやいや、そんなの知らないし、そもそも差別主義者じゃないし。
「ちょっと化粧が気になって……なんていうか素肌じゃないって違和感がありまして、何か隠しているのかなと……それで…………」
「スキャンしたのか?」
「とんでもない! 興味本位でそんなことはしませんよ。それこそプライバシーの
「その割にはナノマシンをこの惑星の住人に譲渡しているが、それについての弁明は?」
「人道的な観点にもとづいて行動したまでです。連合宇宙軍の規約にある第三項ですッ!」
「…………そういうことにしておこう。今後は肌の色であれこれ
「あのう、お言葉ですがエスペランザ軍事顧問」
「なんだ」
「なぜあの女性はあそこまであからさまな化粧を? あっ、怒らないでください。そういった事情を知らないので、今後のために聞いておこうと思っただけです」
話した瞬間、エメリッヒは拳を振りあげるが、言葉の半ばで動きをとめた。
「そうだな。私も浅はかだった。肌の色についてはスレイド大尉からもらったデータにはなかったな。はやとちりだったようだ。すまない」
どうやら誤解は解けたようだ。上官の怒りが収まってほっとする。
「ところで質問なのだが、スレイド大尉、この惑星で種族差別はどれくらい広がっている? それについてのデータをもらっていないので詳しく知りたい」
「う~ん、そういったデリケートな問題に関してのデータは揃ってないんですよ。国や地域によりますからね。噂話や個人の見解でよければお話しします。先に言っておきますけど正確な統計ではありませんよ」
「かまわない。主観にもとづいた感触でいい、教えてくれ」
「エスペランザ軍事顧問、俺に結婚相手がいることを知っていますよね」
「データから推測できる。第二王女だろう」
「それともう一人」
「もう一人? 該当する人物はいないようだが」
「サンプル扱いになっています」
「! それは盲点だった! あの魔族の少女か」
「その魔族の少女です。魔族の国にも行きました。そこに褐色の肌をした魔族もいましたが、肌の色を気にしていなかったので……」
「ああ、なるほど。納得した。君の接触した魔族は差別に遭っていなかったのだな」
「はい、それにマリン――サンプル扱いになっている魔族の少女は色白でしたから」
「それでも魔族であると知れ渡ってから、それなりに奇異の目に晒されただろう」
「……それがわからないんですよ。マリンは俺にそういったことを話してくれないので」
「…………君、それはマズいぞ」
「マズいって何がですか?」
「家庭崩壊の危機だ」
「えッ!」
ホエルン教官のことも忘れて、俺はマリンにどう接するべきか、教えを請うた。
人生の先輩からためになるアドバイスをいただき、最後にホエルン教官のことも引き受けてくれることになった。素晴らしい成果だ。
ちなみに、魔族差別についてエメリッヒはある方針を打ち立てた。新しい派閥の立ち上げである。
エレナ事務官を旗頭にした融和派だ。身分や出自、種族の垣根を越えた派閥にしていく予定だ。引き込む貴族は能力があっても、その才覚を認められない者たち。いわゆる不世出の才能の発掘。立ちはだかる
幸い今回の手柄で、部下たちが貴族になれる可能性が出てきた。上手くいけば、ベルーガに新たな派閥が誕生するだろう。そこから先のことについては知らないが……。
明るい未来を語り終えると、エメリッヒは思い出したかのようにテーブルの鈴を鳴らした。
わずかなレスポンスでドアが開く。退出させたメイド二人が入ってきた。俺とエメリッヒの会話を聞かれたか?
「お話は終わりですか」
「終わった、フローラ嬢、飲み物とタバコを持ってきてくれないか」
「畏まりました」
緑髪緑眼のメイドが部屋を去る。部屋に残った
「ミスティ、君は残りなさい」
「よろしいのですか?」
「用事があるから言っている」
それから俺の話したベルーガの魔族事情と今後のことをミスティなる魔族メイドに説明した。
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