第214話 振り分け



 衛生設備の評価は上々だ。

 部下たちもスッキリしたようなので、新たな任務を与えることにした。


 カリエッテ元帥に呼ばれているエメリッヒと、王女様の下僕――リブ以外のみんなをあつめる。

 みんなといっても女性陣だ。ロウシェ伍長、ホエルン教官、カレン少佐。


「カレン少佐、ホエルン教……大佐。悪いけど君たちを蘇生させた場所――コールドスリープ区画の落ちている塩湖へ行ってくれないか。ほかの仲間の外部野を回収しておきたい。武器とエネルギーパックもだ。悪用されることはないだろうけど、もしものことを考えて回収しておく」


 指示を出すと少佐は頬を膨らませた。

「なんで私と大佐なのですか?」


「ペナルティだ。カレン少佐は命令違反をしたからな。教官はいままでの分を取り返して欲しい。これでみんな対等になる、ちょっとした通過儀礼だと思ってくれ」


「…………」


 カレンは不服そうだ。でもまあ、命令服従は軍事行動の鉄則だし断らないだろう。鬼教官は……普通だ。ました顔で眼鏡の位置を直している。


「ところで大尉。その回収作業、危険はあるの?」


「無いと言えば嘘になる。だが、ほかのみんなを襲った裏切り者はいない。注意するのは魔物くらいだろう。それも兵士をつけるから問題ないとは思うけど……」


「楽な任務ね。リハビリがてらに行ってくるわ」


「そのまえに……念のためこれを」

 持っていたレーザーガンを教官に差し出す。


「二人とも持ってないだろう。飛び道具を持った相手だと分が悪い」


「接敵を許すほど鈍ってはいないけど……」


「念のためだ。宇宙軍の仲間があんな目にったあとだからな」


「大丈夫なのスレイド訓練生? あなたたちも飛び道具を持ってないようだけど」


「問題ない。引き連れていく兵士はこっちのほうが多いし、仲間もいる。十分足りる」


「そう、だったら借りていくわ」

 教官は意味深に俺の腕を握ってから、レーザーガンを取った。なんらかの意図が込められた行為らしいが、わからない。


 答え合わせとばかりに、妙齢の上官は耳元でささやいた。

「パパの愛を感じるわ」


 ちがうんだよッ! 心配してるだけなんだよ! 記憶も視力もまだ完全じゃないし、ブランクがあるから、それを気遣っているだけなんだ。察してくれッ!


 いまは亡きアマニから引き継いだデータを二人の外部野にコピーする。カプセル操作に必要なデータキーだ。これで作業できるはずだ。


 話がまとまったと思ったところで、カレン少佐が異論を唱える。

「そういった雑用は下士官の仕事ではないでしょうか。佐官の仕事ではありません。伍長がいるのでそちらに任せるのが適当だと思われます」


 帝国民に多い、プライドに凝り固まった貴族様か……。頭が痛い。


「伍長と俺にだって任務はある、エクタナビアに怪しい者がいないか調査する任務だ。暗殺をくわだてた連中は始末したが、ほかにもひそんでいるかもしれない。災いのは早急にみとるに限るからな。リブ曹長も王女殿下の護衛という重要な任に就いている。事情を察してくれ」


「……承服できません。それを言うなら私にも裏切り者を探す使命があります」


 使命ねぇ。聞く限りだと私怨しえんに思えるけど……。


「そのことについてはエレナ事務官と相談してくれ。彼女がこの惑星における最高権力者だ。俺は大尉だけど、全権を任されている。だから階級云々の問題を出してきても無駄だぞ」


「帝国法に抵触しますが」


「その件については問題ない。エレナ事務官は帝族だ。この惑星に暫定政府を樹立した。意味はわかるよな?」


「…………独裁者ですか」


「まあ好きに受け取ってくれ」


 どこまで行っても平行線。助けた当初は聞き分けのいい娘だと思っていたんだが……。


「……わかった。それじゃあエスペランザ軍事顧問の指示に従ってくれ。名誉階級ではあるが准将だ、異論はないだろう?」


「それでしたら問題ありません」


「折りを見て指示を受けてくれ」


 話が終わると、カレンは尻をぷりぷり振りながら会議室を出て行った。

 融通ゆうずうの利かない帝国軍人が去ると、ホエルンがテーブルに腰かける。俺の真ん前だ。

 むっちりとしたヒップが目に痛い。


「教官、何か?」


「パパさえよければ、あの娘に教育的指導をしてあげるけど」


ねてるだけでしょう。子供じゃないんだし、頭を冷やしたらわかってくれますよ」


「そうかしら? 問題ははやめに解決しておかないと、こじらせるわよ」


「そうならないよう善処します」


「ところで、カレン少佐の抜けた穴は誰が埋めてくれるのかしら」

 鬼教官はつやのある声でささやいた。


 たしかに問題ははやめに解決しておいたほうがよさそうだ。


 名誉の負傷もやむを得まいッ!


 ティーレの前で紳士であるためにも、ここは怪我を覚悟で言ってやろう!

「あの教官……実は…………」


「何、


 頼るべき大佐は訓練生時代の鬼の光を目に宿している。一瞬、身体が強ばる。決意を固めたものの、やはり怖い。


「いえ、何もないです。空いた穴は俺が埋めますんで、心配しないでください」


「そう、それは助かるわ」

 妙齢の鬼教官は、ねっとりとした妖艶ようえんな笑みを浮かべた。


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