第212話 カモ



 ロウシェ伍長におごる形で店をあとにする。


「午後からはどこを見てまわろうか?」


 とりあえず町をぷらぷら歩く。


 見覚えのある鞭が見えたので、慌てて路地裏へ駆け込んだ。

 君子危うきに近寄らず、地球にある格言だ。あの鬼教官にはろくな思い出がない。これまでも、そしてこれからも……。


 建物をうように路地裏を歩いていると、怪しげな店を発見した。魔法グッズを取り扱っている店だ。


 そういえば、ここのところ新しい魔法を習得していない。知らない魔導書があったら買っていこう。


 軽い気持ちで店に入る。

 店内は薄暗く、魔物の骨や剥製はくせいが飾られており怪しさ満載だった。

 魔術師の用いる魔石のまった杖なんかも売られていたが、俺には不要なので無視した。


 カウンターへ行き、店番とおぼしき老婆に声をかける。


「どんな魔導書を置いてるんですか?」


 置物のように動かない老婆だったが、目だけを素早く動かした。

「いくら持ってるんだい」


 ローランが魔導書は高いと言っていたのを思い出す。

 奮発して大金貨を一枚、カウンターに置いた。


「上の下しか売れないよ」


 上の下、ということは上の上もあるのだろうか?

 追加で大金貨を出す。合計十枚。


「上の上しか売れないよ」


「あの、それ以上の魔導書ってあるんですか?」


「あると言えばある、ないと言えばない」


 面倒臭い婆さんだ。しかし、上があるのなら見てみたい。フェムトに覚えさせて購入をキャンセルしても……それはちょっと気がとがめるな。そうだ、特許の配当金が手つかずだったはず。

 有り金をすべてテーブルにぶちまけた。


「賢い選択だ」

 老婆はそう言うと身体をすった。


 次の瞬間、老婆の背後にある棚が横にスライドした。隠されていた書架が出てくる。


「特上は一番上の段だよ」


 カウンター横の腰扉が音もなく開く。どんな仕組みになってるんだ?


「あの、魔導書の説明をしてもらえないでしょうか?」


「魔導書が主を選ぶ。手にとればわかるよ」

 不親切な老人だ。


 言われた通り、手にとる。まったく全然わからない。一通り手にとったが当たりの感覚はなかった。


「あの、どれもちがうようです」


「おかしいねぇ」


 老婆が立ちあがる。そして、ガシッと俺の顔を両手で掴んだ。

「ほぅ、これはこれは……お若いの、あんた人とはちがうことわりに生きているね。覇者の相が視えるよ」


 新手の宗教勧誘かッ!


「そう身構える必要はないよ。何も取って食おうって訳じゃない。あんたに見合った物を用意してやろう」


 唐突に、老婆はテーブルにカードを並べた。絵柄のあるカードだ。龍、剣、城、火山、氷、植物、大地、雷、そして何も描かれていないまっ白なカード。


「手をかざしな」


 言われるがまま、カードに手をかざす。順にかざしていく。最後のまっ白なカードのところで、変化が起こった。カードが淡く光ったのだ。


「あの、これは……」


「統べる者……」


「すべる……もの」


 老婆は何も答えず、宝石を出した。


 宝石は奇妙な輝きを放っていた。なかで揺らめく光の色が次々と変わり、夜空に輝くの星々のように光の粒子が明滅している。


「それは一度だけ運命を変えてくれる」


「運命を変えるって、どうやってつかうんですか?」


「それを決めるのは、その宝石さ。いずれわかるよ」

 老婆はそう言うとテーブルの上の金貨をかっさらって、店の奥へ消えていった。


「ちょっ、まだ買うって言って……」


 老婆を呼びに店の奥へ行こうとしたら、背後でドアのきしむ音がした。


「ウチの店に何かご用ですか?」


「いや、店番をしているお婆さんが」


「えっ……ウチに婆さんはいませんよ。」


「じゃあ、さっきのお婆さんは?」


「お客さん、だまされたみたいですね。最近多いんですよ。あー、また店の隠し扉開けられてる。これで三度目ですよ、まあ置いているのは二束三文の魔導書だからいいんですけどね」


「えーーー!」


 要塞都市の洗礼を受けて、長期休暇の初日は終わった。

 どうやら、この町では俺は格好のカモらしい……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る