第211話 惑星調査という名のバカンス



 なんというかモヤモヤが残ったままだ。

 小悪魔要素の見抜き方、この惑星に来るまでどうでもいいことだと思っていたのだが……。

 引っかかるなぁ。ああ、もういい、さっさと忘れよう! 細かい男は嫌われると言うし。


 ここはパァーっと楽しんで、嫌なことは忘れよう。うん、それに限る。

 久々の長期休暇だ。思う存分、要塞都市エクタナビアを観光しよう!


 気持ちを切り替え、城下町へおもむく。


 まずは特産品――グルメを楽しむことにした。

 平和が訪れたこともあって、エクタナビアの町はにぎわっている。

 道々、すれ違う住民の表情は明るく、街は活気に満ちあふれていた。

 こういう光景を目にすると、身体を張って頑張った努力が報われた気がする。


 昼食にはまだはやい時間なので市場いちばへ足を運ぶ。市場は町中まちなか以上に賑わっていた。

 路地は人でごった返していて、遠くからでは露店の商品が見えない。なかなかの盛況ぶりだ。


 人混みをうようにして市場に足を踏み入れた。

 露店の大きさはいままで見てきたどの市場よりもちいさいが、狭い店舗には工夫がらされていた。棚のような積み重なったショーケースがあったり、作業スペースが効率化されていたり、客以上に商品がひしめき合っている。


 久々の惑星調査だ。

 もう必要のない仕事だけど、この惑星の調査は楽しい。誰からもケチをつけられないので、気楽に趣味として続けている。


 まずはサンプリング。

 見たことのない果実をいくつか購入した。俺の未来のお嫁さんは果物が大好きなのだ。美味しい物があれば土産に買っていこう、店ごとッ!

 いろいろ味見して、オレンジと葡萄を購入することにした。この惑星では宅配サービスがないので、帰りの荷車に積んでいくことにした。


 ちょうどいい機会だ、子供の頃からの夢である大人買いを決行しよう!


「荷車ごと買いたい、全部でいくらになりそうだ?」


 ドキドキしながら店主の返事を待つ。荷車ごとだから高くつきそうだ。小金貨何枚だろう?

 やってしまった感はあるがあとには引けない。夫の甲斐かい性を誇示こじするためだと小心者の自分に言い聞かせる。


「荷車ごとですと……大銀貨八枚です」


 ほっ、思っていたよりも安い。どうやらロイさんたちとの付き合いが長かったせいで金銭感覚が貴族のそれになっていたようだ。

 庶民感覚を忘れないよう、このやりとりを外部野に保存した。


 代金を支払う。

「六日後、城に届けてくれ。ラスティ宛てと言えばわかるはずだ」


「わかりやした」


 ほくほく顔の店主をあとに、次の露店へ。

 いろいろ見てまわったが、エクタナビアは保存食が多い。目を引いたのは乾燥野菜だ。小腹を満たすスナック感覚で売られている。いくつか試してみたがキノコのスナックが一番美味しかった。キノコのうま味を濃縮のうしゅくさせたスナックは歯触はざわりもよく、あと引くうま味がたまらない。これも土産に買った。


 ベルーガ西部は山岳地帯ということもあり海産物は皆無で、生肉を扱っている店も少ない。動物性タンパク質はどれも干し肉ばかり。燻製くんせいがあれば味見をしただろうが、そういった衛生に気をつかった商品がなかったのでスルーした。


 海が近くに無いのなら、塩はどうしているのだろう?


 ふと気になって、調味料を探す。

 岩塩があった。

 色のついた岩塩だ。

 ブルー、グリーン、レッドと三種類ある。店主に色によるちがいを尋ねたら、

「グリーンはスパイシーな塩で、レッドは肉に合います。ブルーはここでしか味わえませんよ」


「味見してもいいか?」


「ええ、どうぞ」


 三種類全部、試す。

 グリーンはホースラディッシュよりも強めのツンとする辛さがあった。レッドは尖った塩気ではなくてマイルドで優しい、味わい深い、肉料理に合いそうだ。ブルーは不思議な味がした。


 色的にあれなので、ブルー以外を購入する。これで料理の幅も広がるだろう。

 重そうなので、これも城に届けてもらうことにした。


 そうこうしている間に昼時だ。飲食店に行くのもいいが、せっかく市場に来たのだ。ここで昼食をとろう。飲食をメインにした露店を探す。見慣れた串焼きやフライを売っている店がいくつかあった。残念ながら、それ以外の真新しい収穫しゅうかくはない。

 ここでは家屋の軒先のきさきに露店を出している飲食店が主流のようだ。


 豪快に火柱をあげて調理している店があったので入ってみる。

 糸目の猫っぽい同僚と出くわす。ロウシェ伍長だ。


「おッ、大尉殿も食事ですか! こっち空いてますよ」


 店内は客でいっぱいだったので、伍長と相席することにした。

 テーブルには湯気の立ちのぼる料理があった。


 緑黄りょくおう色野菜と黄ばんだマシュマロみたいな物体と、ドロッとしたスープのかかったパスタ料理だ。

 それと碗に入った飲み物がある。琥珀こはく色の液体だ。こちらは湯気がない。アイスティーか?


「変わった料理だな」


「ああ、これ。麺ですが何か?」


「麺ッ!」


 ジロウを再現するために重要な必須アイテムだ! それをここで発見するとはッ!


「もしかしてジロウもあるのかッ!」


「ジロウ? なんですかそれ?」


 なんということだ、地球出身なのにあのジロウを知らないとはッ!


 ジロウのなんたるかを説明しようとした矢先、

「味見します?」

 カウンターを食らった。さすがは戦闘職、タイミングが絶妙だ。


「じゃあ、一口だけ」


 店員にフォークをもらい、一口食べる。

 美味い!


「深みのある味だな。パンチはないけど染み渡る優しい味だ。余韻よいんがいいな、うっすらとうま味が舌に残っていて、次が欲しくなる」


「でしょでしょ」


「このフヨフヨしたのはなんだ?」


 黄ばんだマシュマロをフォークでつつく。


「貝柱ですよ」


「貝? ここじゃあ魚介は流通してないんじゃあ……」


「干した貝柱です。水で戻して調理しているんですよ」


「へー」


 感心していると、ロウシェ伍長はとろんとした目つきで俺を見てきた。気のせいかほほが上気しているような……。


「間接キスしちゃいましたね。これって浮気になるんでしょうか?」


「おいおい、妻帯者をおどす気か。冗談もいいが、ほどほどにしろよ。根も葉もない噂を広げて、人の家庭をぶち壊すようなことはしてくれるな」


 どうも様子がおかしいので、フェムトにしらべてもらう。


――アルコール反応が出ました――


【アルコール! どこに酒があるんだ? エールのジョッキも、ワイングラスもテーブルにはないぞ】


――碗の中身です。穀物を発酵はっこうさせたアルコールが入っています。度数は……一三%ほどでしょうか――


 空になった碗を手にとる。アルコール特有の匂いがした。

 昼間だというの伍長は酒を飲んでいたのだ。休暇なので口うるさくは言えないが、まだ一八の未成年だったはず……。


 俺の目つきが鋭くなっていたのか、ロウシェは、やだなぁと招くように手の平を動かした。


「ベルーガの法律だと飲酒は一五歳からOKですよ。アタシらはここの国民。だから万事OK」


 正当性を主張すると、伍長は酒のおかわりを注文した。

 言いたいことはあったが、間接キス云々をほじくり返されてはたまらない。ここはスルーすることにした。


「しかし意外だな。麺はスープに浸かっているイメージがあったけど……」


「麺料理は奥深いですよぉ。なんせ中華六千年の歴史がありますから……あっ、おねーさん、り豆の追加お願い」


 豆をさかなに酒か……こいつ飲兵衛だな。絶対、軍にいたときから酒を飲んでるぞ。まあいい、宇宙には戻れないんだ。これくらいは大目に見よう。


 俺はスープにつかかった麺料理と、伍長の飲んでいる酒を注文した。

 ポリポリと豆を食べる伍長を無視して、食事を楽しむ。


 久々の麺だ。宇宙ではゲッシンというインスタント麺が人気だが、それのルーツとなる生の麺は初めてだ。

 伝説のジロウの前座として食すことにする。


 伍長に麺の作法を教わり、チュルンとすする。

 さっきの麺とちがって弾力は弱いが、喉越のどごしは抜群だ。スープもいい! 麺に乗っかっているスライスしたハムを食べる。なんとも言えない美味を感じた。


「あっ、チャーシュー気に入りました?」


「ハムじゃないのか?」


「やだなぁ、何言ってるんですか。どう見てもチャーシューでしょう。この店の料理は地球の中華料理ですよ。ほんとソックリ」


 中華料理といえば地球三大グルメの一つだ。和洋中の一つにかぞえられ、上流階級から庶民まで楽しめる料理だという。その愛好者は多く、宇宙でもメジャーだ。


 安月給の俺はゲッシンしか食べたことなかったが……まさか生麺がここまで美味いとは。いままでの人生を損してきた気分だ。ジロウはさらに上を行くのだろう。

 ますますあの料理を再現したくなった。


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