第209話 第三王女ルセリア



 エクタナビア城で、ひと月ぶりにエメリッヒと再会する。


「スレイド大尉、無理をしたようだな。話は聞いているぞ」


「ははっ、ちょっとしたアクシデントがありまして」


「カリム……いやカレン・バルバロッサ嬢のことかね」


「はい、予定に無かった援軍でしたからタイミングが狂いました」


「アレは私の誤算だ。すまなかった」


 意外だ。高慢な貴族だと思っていたエメリッヒがみんなの前で頭を下げるなんて。


「そこまでしなくても……大勝したんですから結果オーライってことで」


「そうか。君がそう言ってくれるのならそうしよう。で、怪我の具合は?」


「いつものように治っていますよ」


「栄養は足りているかね?」


「ちょこっとだけ不足はありますが、許容範囲内です」


「ここは安全だ。存分に英気を養いたまえ」


 エメリッヒが肩を叩く。そして顔を寄せて本題を口にした。


「ドローンに追わせている連中は?」


「マキナ聖王国に行きました。引きつづき監視していますが、目立った動きはありません」


「アレは我々にとって脅威きょういだ。監視を続けてくれ」


「了解しました」


 やり手の帝国貴族様は、再度、肩を叩いて「よくやった」と終わりの合図をした。


 今度はカリエッテ元帥なるお偉いさんとの対談だ。そのあと、目的の第三王女に謁見えっけんしてから、そのままティーレの待つ野戦基地へと戻る予定なのだが……。


「悪いね。急な客人だ」


「客人……ですか」


 俺はアデル陛下から勅命を受けている。それよりも優先させる先客とは、一体何者なのだろう?


 小首を傾げると、カリエッテ元帥はやれやれと肩をすくめた。

「あんたもリブと同類かい」


 リブと同類? 意味がわからない。


 あれこれ考えていると、

「リブより上だと聞いていたから、エスペランザみたいに話のわかる坊やだと思っていたんだけどね……アタシの早とちりらしい。歳はとりたくないね」


「すみません」


 盛大にため息をついてから、カリエッテは続ける。

「王族だよ。ランズベリーに逃げていた王兄の馬鹿たれさ。今頃になって、のこのこ出てくるなんて、どれだけ恥知らずなんだろうね」


 そういう事情があるので予定を繰り上げて、王女殿下に謁見えっけん

 エクタナビア組は第三王女ルセリアとリブ。なぜかエメリッヒは欠席している。対する伏撃組は俺とロウシェ伍長、カレン少佐、ホエルン大佐だ。

 ラッキーとマウスにも声をかけたが、不敬罪で死にたくないと断られた。不敬罪が乱発されるなら俺は何回死んでるだろう……。

 いまさらながらにティーレという後ろ盾の大きさを実感する。


 挨拶はなく、俺たちは伏撃組は膝をつき殿下の言葉を待つばかり。


「スレイド卿、遠路はるばるの援軍ご苦労」


「はっ」


「兄上のもとへ、私を護送するよう勅命を受けていると聞いています。相違ありませんか」


「相違ございません」


「わかりました。それで出立はいつになるのですか?」


「願わくば早急に……いまからでも…………」


「いいでしょう。リブの友人である卿に迷惑をかけたくはありません。ここはリブに免じていまから出立しましょう」


 嬉しい展開だ。しかし、なぜリブに免じてなんて言葉が出てきたんだろう?

 意図を読み解こうとしていると、リブがわざとらしく咳をした。


「んっ、んん。ルセア殿下もこう仰っている。早急に出立しよう」


 ルセア? なんで愛称を口に……ははぁん、そういえばナノマシンをどうのこうのって言ってたな。さては二人ともデキてるな。


 王女を値踏みする。


 貴族、王族にしては短い髪型だ。淡い金髪の毛先は、ほかの姉妹同様に毛先が指一本ほど紫がかっている。それに緑眼。アデル陛下より年下だと聞いているが、それほど幼く見えない。実年齢より大人びて見える。

 感じた印象は三姉妹でもっとも静かだ。周囲の目を気にしている、そんな気のするおしとややかさ。


 見た目で判断するのは危険だ。カーラの例がある。

 三姉妹の長姉なるカーラは、見た目こそ美人だが性格は最悪だ。おまけに男言葉で自らを〝オレ〟と名乗っている。お淑やかさに欠けるなんてレベルじゃない。おまけに俺に暗殺者を差し向けるような冷酷無比な陰謀家。

 ここは距離を置いて接しよう。


「すみません。俺としたことが殿下の事情を察することを失念していました。陛下のもとへ戻るまえに、何かと準備が必要ですね。リブは経験も浅く、殿下のご兄姉との場に出るには、少しばかり時間が必要かと」


 それとなく、イチャつく猶予ゆうよ示唆しさする。これはさぐりだ。ルセリア殿下がリブをどう思っているかの。


 若い王女様は睫毛まつげを伏せて、何やら考えているようだ。その横ではリブがそわそわしている。

 どんな返答をしてくれるのか見物だ。


「スレイド卿、?」


 間違いない。末の王女は自由になれる時間をほっしている。


「七日ほどであれば問題ないかと」


「七日は少し長いですね」


「はい、ですが今後、このように時間をとれる保証もありません。殿下にはしっかりと英気を養っていただきたいと。急を要する事態ではありませんし、時間もたっぷりあります。念のために道々の安全を確保してからの出立するのがもっとも安全だと思うのですが。いかが致しましょうか?」


「そうですね。急ぐ必要がないのであれば安全を優先しましょう。私もいくつか用事が残しているのを思い出しました」


 言ってから、ルセリア殿下はリブへ顔を向けた。

 どうやら推察すいさつ通りらしい。俺も鈍い男卒業か?


「スレイド卿、良い提案をありがとうございます」


「殿下の御心に沿うことができて光栄です」


「今回の件で褒美を与えたいのですが、卿は何を望まれますか?」


 意外だ。ベルーガに限らず、この惑星では褒美は与える者が決めると聞いている。


「もし願いが叶うのであれば、配下の者に爵位をたまわりたいと」


「いかほどですか?」


「エスペランザ、リブラスルス、ロウシェ、ホエルン、カレン、ラッキー、マウスの七名にございます」


「リブとエスペランザにはロドリア元帥から此度の功績を称えられ叙爵されています。ですから不公平がないよう、二人を除いた五名に爵位を与えましょう。そうですね、いきなり伯爵、子爵では貴族たちの顰蹙ひんしゅくを買うでしょう。ですからそれほど高い地位は約束できません」


 となると男爵か、いや騎士爵ということもありえるな。だって五人もいるし。


「ご厚恩、ありがたく存じます」


「まだ喜ぶ段階ではありません。陛下に推挙すいきょするだけですから」


 う~ん、そう来たか。そうだよな。王族だからってバンバン貴族を増やしたら国がかたむくしな。まあ、殿下や陛下に名前を覚えてもらえれば出世も楽になるだろう。ここから先はみんなの頑張り次第だ。


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