第208話 subroutine スッコ_屑




 俺は燃え盛るディラ家の屋敷を見つめながら、言ってやった。

「いい気味だ、バチがあたったんだ。何が由緒ある伯爵家だ。倉庫で眠っているつぼや絵を売っただけで俺をクビにしやがって」

 ツバを吐き、これからどうするべきか考える。


 ディラ家に火を放ったのは野盗だ。屋敷の連中の断末魔も終わった。今頃、野盗どもは金目の物を漁っているだろう。


 本来ならば俺が忍び込んで盗むはずだったそれを奴らが横取りしている。気に入らないが、面倒な連中を始末してくれたのはありがたい。おかげで隠し部屋に入るチャンスがめぐってきた。


 野盗どもは隠し部屋は見つけられないだろう。

 優秀な俺ですら探しあてるのに一年もかかったんだ。馬鹿な野盗どもが探し出せるはずがない。


「クキキッ!」


 俺としたことがたかぶっていたらしい、不気味だとみ嫌われる癖が出てしまった。


 燃え盛る屋敷をさかなにかっぱらった果実酒を飲んでいると、れ井戸から人が出てきた。

 俺のことを農民上がりの無能といじめてくれた執事のカーチス、それとディラ家の次期当主様だ。たしかマリモン・ディラって名前だったな。病弱で離れから出られなかったはず……もしかして、ただの引きこもりだったのか?


 屋敷で働いてい時のことを思い出す。

 糞尿はもとより、洗濯物に飯の用意。奴隷にさせるような単純作業ばかり俺にさせやがって!


 イラッとした。


 一人だけ助かろうって魂胆が気に入らねぇ!


 腰に手を伸ばす。

 ベルトには、死体から頂戴したナイフが何本も差し込んである。剣の腕に自信はない。だが、ナイフ投げの腕に関してはそれなりに自信がある。酒場の的当てでカモられない程度には……。


 まずは農民上がりと散々いじめてくれたカーチスにお礼をしよう。世の中の厳しさを教えてくれたジジイだ。恩返しに農民を馬鹿にするとどうなるか、その身体に叩き込んでやろう。


 ナイフを構えて、投げる動作を繰り返す。ナイフの刺さるイメージが固まったところで、投擲とうてきッ!


 放物線を描いて、ナイフは執事の肩口に突き立った。


「ぐぁっ!」


「爺、しっかりしろ爺!」


「坊ちゃま、お逃げください。私はここまでです。ぞくに気づかれる前にはやくッ!」


 クソッ、頭を狙ったのにッ! 俺としたことが的を外した。ただでさえいらつくのに、執事と貴族のボンボンがお涙頂戴の芝居を始めやがる。ああ、クソだ! てめぇらだけが悲劇の主人公みたいに振る舞いやがって、反吐へどが出るぜッ!


 隠れていたしげみから飛び出すと、執事にありったけのナイフをご馳走してやった。


「ぐっ、ごあッ! ………………」


「……じ、爺、爺ッ!」


 次期当主の跡取り様は、この期に及んで逃げようともしない。本当に馬鹿なボンボンだ。こいつにも、たっぷりとお礼をしないとな。


「おまえはスッコ! 助けに来てくれたのか? 爺が、爺が」


 この馬鹿息子は何を言ってるんだ?

 俺は、マリモンに世の中の厳しさを教えてやることにした。まだ息のあるカーチスに歩み寄る。マリモンの目の前で、カーチスの首をへし折ってやった。


「爺に何を……ヒッ! じ、爺……父上、母上…………マリモンをお助けくださいッ!」


 貴族のボンボンは現実逃避するみたいに顔に爪を立てて、わめいている。なぶるつもりはない。狂いかけているマリモンの手を引いて、出てきた涸れ井戸へ連れていく。


「助けてくれ、なんでも言うことを聞くから、命だけは助けてくれ」


「では金目の物をこちらに」


 マリモンは首から下げていた高そうな魔宝石をくれた。このお礼はしよう。


 優しい俺は、そっとマリモンを押した。


「えっ、なッ!」

 井戸の底へ落ちていくマリモン。


 俺は優しい人間だ。だからマリモンの首を金にえることをしなかった。

 そもそも病弱で離れから出たことのないガキだ。誰も素顔を知らないだろう。墓穴代わりの涸れ井戸に埋葬まいそうしてやったのだ、感謝こそされうらまれることはない。さて、金目の物も手に入ったことだし、街に出て豪遊すっか。


 隠し部屋の財産は……あとでいいや。


 ズシリとくる魔法石の首飾りを懐に入れて、カーチスの死体を漁る。

 金目の物は少なかったが、屋敷の鍵束かぎたばが手に入った。隠し部屋の鍵もある。


「ツイてるぞッ! クキキッ!」


 唐突に背後で声が湧いた。

「何がツイてるって?」


 慌てて振り返る。薄暗闇に男がいた。ギラつく目をしたいやしい顔の男だ。ろくな人間じゃないのは一目でわかった。野盗の一味だろう。


 クソッ、俺様としたことがしくじった!


「おめぇ、死体を漁っていただろう。盗った物を出しな。命だけは助けてやる」


 嘘だッ! こいつ、俺を殺す気だ!


 優秀な俺様は考えた。

 悪魔的な名案が閃く。


「手を組まないか?」


「手を組むだと」


「さっき井戸に突き落としたのは、ディラ家の跡取り息子だ。離れに籠もりっきりで誰も顔を知らない。マリモンの世話をしていたからあいつの性格は熟知している。あいつに成り代わってほかの貴族の屋敷に手引きしてやる。どうだ、悪い話じゃないだろう?」


「悪かねぇな。だけどよ、どこの馬の骨とも知れねぇ野郎を信じると思うか?」


「だから手を組むんだ。仲間に入れてくれ、俺は役に立つ男だッ!」


 勿体もったいない気もしたが、奪ったばかりの魔宝石を男に渡した。


「ディラ家は伯爵だ、金持ち貴族と仲がいい。絶対に損はさせない」


「おめぇ、いまマリモンの顔は誰も知らないって言ったよな」


 しまった! 己の迂闊うかつさを呪った。失言だ。俺でなくても成り代われる。男はそう受けとったらしい。

 優秀な頭脳をフル回転させる。この危機を脱する情報を探す。…………あった。


「いいのか? マリモンは王族と話したことがあるんだぞ。それも新王を補佐しているっていう王女様とな」


「……王女! カリンドゥラのクソ眼鏡か!」


「ああ、たしかそんな名前だった。第一王女らしいな、俺なら王女もあざむける」


「……悪くねぇ。悪くねぇけどよ。それほど親しいってわけじゃねぇだろう」


「そんなことはない。ティラ家は由緒ゆいしょある家柄だ、王族との親交もある。嘘だと思うなら書斎をしらべろ。王族とやり取りした手紙が残っているぞ」


「…………もう燃えちまってるぜ」


 男はあごをしゃくって、燃え盛る屋敷を示した。


 クソどもがッ! 野盗なら、きちんとお宝を漁ってから火を点けろ!


 怒鳴り散らしたい気持ちを抑えて考える。男は王女をクソ眼鏡と呼んだ。きっと見たことがあるのだろう。それに賭ける。


「ならいい。殺せ、踏ん反り返る王族どもにひと泡吹かせてやりたかったがやめだ。あのクソ眼鏡の悔しがる顔を見たかったけどよ、仕方ねーよな」


「どうやって一泡吹かせるつもりだ?」


「やりようはいくらでもあるぜ。お宝をかっぱらう、奴らの秘密を暴く、……こっそり忍び込んで殺す」


 男はギラつく双眸そうぼうを見開いた。ドブ底で光る銀貨のような目だ。何を考えているのかわからない、いやしいクズの目。


「それ、いいなッ!」


「…………」


「手を組もう。今日からおまえは仲間だ。俺の名はガーキ、おまえは?」


「スッコ……いや今日からマリモン・ディラだ」


 命のためとはいえ、とんでもない男と手を組んでしまった。

 しかし、物は考えよう。この男を利用すれば、いままでできなかったことができる。金持ちの貴族や商人を襲ったり、ムカつく野郎を殺したり。さすがに王族に手を出すようなことはしないだろう。野盗ごときにそこまする根性はないはずだ。


 手堅く獲物を品定めをするに決まっている……と思う。


 ともあれ、当面の生活は安泰あんたいだ。なんせ奪う側にまわるんだからな。


 価値のある仲間を演じて美味い汁をチューチューさせてもらおう。みにくえ太った貴族様のお宝をかっぱらうのだ。さぞかし美味い汁だろう。考えるだけでもよだれが出てくるぜッ!


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