第207話 戦果報告



 カレン少佐の率いる騎兵隊の登場により、予定に無い味方の突撃というアクシデントに見舞われたものの、任務は無事達成された。

 裏切り者の元帥バルコフを取り逃してしまったのは痛手だが、エクタナビアからの敗残兵――二万を越える敵を散々に撃ち破ってやった。


 後方に控えていたロウシェ伍長、ラッキー、マウスの活躍もあって、討ち漏らした敵は五千ちょいだと報告を受けた。

 全滅にはいたらなかったが、援軍も含めて五千にも満たない野戦伏撃は大成功を収めたことになる。敵に比べてこちらの被害は少ないものの、千を超える死者を出した。


 主に俺とカレン少佐の部隊だ。無謀な突撃で俺は半数の兵を失い、カレン少佐の騎兵隊は半壊状態。いまさらながら、よく生き残れたものだと思う

 俺も重傷者にかぞえられ、現在は担架に括り付けられている。


「隊長、大丈夫ですか!」


 気遣ってくれる部下のラッキーも包帯だらけだ。それなりに修羅場をくぐってきたことが窺い知れる。

 ロウシェ伍長は無傷で、イタズラっぽい猫口で何やら言いたそうだ。


「お互い無事で何よりだな」


「大尉殿は無事じゃないでしょう。聞きましたよ」


「何を聞いたんだ」


「やだなぁ、隠さなくてもいいのに」

 糸目で考えのまったく読めないロウシェが、ニッと口角をあげた。きっとバルコフに歯が立たなかったことを遠回しにからかっているのだろう。嫌な娘だ。腹黒元帥といい勝負だな。


 部下の嫌がらせを無視して、今後の方針を相談する。

「エクタナビアから報告は?」


「ありません。これから、そのエクタナビアへ向かうところです」


「伝令はもう出しているのか?」


「出しましたけど、いくら早馬でも一日二日で返事が戻ってくる距離じゃないでしょう」


「まあな」


 俺としたことが失念していた。この惑星の情報伝達技術は低い。そもそも電波通信が皆無で、遠距離とのやり取りは手紙だ。伝令がポピュラーで、稀に伝書鳩も用いる。当然、レスポンスは遅い。信じられないことにたった一四〇文字のやり取りが、往復半年ということもザラにあるとか……。


 それを考えると、思っていた以上にロウシェ伍長はこの惑星に適応していた。そういえば、女性は順応能力が男性よりも高いっていうしな……。惑星生活の先輩としては追い越された感があって悲しい。


 気を取り直して、指示を出す。

「兵をまとめてエクタナビアへ向かう」


「言われなくても、そうしますって」


「カリム……じゃなてくカレン少佐は? まっさきに突撃したから、かなりの被害が出ているって聞いたけど」


「ああ、帝国娘ですか。アレなら生きてますよ」


「仮にも仲間だぞ、アレとか言うな」


「すみません。少佐は大丈夫です。派手にやらかしていますけど命に別状はありませんから」


「それって重傷って意味か?」


「んー、どうでしょうね。軽症じゃないのはたしかですけど……」


 容態ようだいを尋ねると、槍で身体を貫かれたらしい。間違い無しの重傷レベルだ。幸い、貫かれたのは左肩で臓器ぞうきに損傷は無いという。


 多分、骨バッキバキだな……。


「少佐と、少佐の率いていた騎兵隊は仕事を免除してやれ」


「アタシも免除してもらってもいいですか」


「特別だぞ」


「やった!」


 エクタナビアへ向かうだけなので、これといった危険はないだろう。部下も育ってきているし若手に指揮を任せよう。いい実地訓練になる。


 方針も定めたことだし、俺も休暇をいただくことにした。


 担架で眠りにつこうとしたら、アレが来た。

「パパ、怪我の具合はどう?」

 鬼教官だ。猫なで声で担架の端に腰を置く。もう嫌な予感しかしない。

 とりあえず褒める箇所を探した。


 かつての戦友も言っていた。グッドマンとヘルムートだ。なんでも女という生き物は微妙な変化でもめると喜ぶらしい。ヘルムート曰く、「毛先を切っただけの微妙なちがいを見つけ出すのが夫婦円満の秘訣ひけつ」とのこと。


 鬼教官とは夫婦の間柄ではないが、それくらい褒めた方がよさそうだ。過剰なくらいがちょうどいい! ……と思う。


 目を皿にして差異を探すまでもなかった。

「教官、イメチェンですか? 眼鏡なんてかけて?」


 どこで調達したのか、野暮なことは聞いてはいけない。

 さりげなく、遠回しに似合っているねと褒めるのがコツだと聞いている。


「これ? 文字が読み取りづらくて。まだ記憶障害の影響が残っているようなの」


 長方形のレンズ眼鏡。お洒落にしては違和感があったものの、いまの言葉で納得した。視力といえば脳に近い部分を連想する。視神経に不具合が残っているのだろう。


「お怪我は無いようですが、大事をとって休んでは? ここから先は戦いらしいことは起きませんから」


「随分と優しいのね、スレイド訓練生。ところで、あのこと覚えている?」


「あのこと?」


「大きくなったら結婚するって言ったじゃない」


 そういえば幼児退行していたとき言ってたな……。子供特有の発言だったと思っていたので流したけど。それがどうかしたのか? あっ、黒歴史を闇に葬りたいわけか。わかる、その気持ち。


 他言無用を約束しようとした矢先、自身の隊に戻ったはずの伍長が帰ってきた。


「大尉殿、実はもう一つお願いが…………大佐殿、どうしたんですか? 老眼鏡なんかかけt…………」


 すべてを言い切る前に、鞭がうなった。

 伍長が「うぉん」と声をあげて、グルグル回る。


「邪魔が入ったわね。きょうがれたわ、この話は落ち着ける場所でしましょう」

 言うと、ホエルン教官は去っていった。


 ロウシェ伍長は三〇秒近く回り続けた。回転から解放されると、大地に手をつき盛大にリバースする。


 いまさらながら、ヘルムートの女は怒らせると怖い、という格言の意味を知る。


 どうしよう、ホエルン教官にティーレやマリンとの関係を知られたら……。

 それ以上、考えるのをやめた。


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