第204話 予期せぬ誤算②



【フェムト、並列化だ。〈火球ファイヤーボール〉を敵兵の顔に叩き込め】


――並列化する数と威力は?――


【できるだけ多く、威力は……酸素を奪えればいい。一時的に無力化して、一気に敵の指揮官を叩く】


――了解しました。並列パラレル化、五〇はいけます。それ以上は負担が大きいのでお勧めできません――


【それでいい。準備ができ次第ぶっ放せ】


――了解――


 相棒に命令して、次は味方だ。


「敵の指揮官を倒す。着いてこいッ!」


「おおぉー」

「行け行けぇー、突撃だぁーッ!」


 敵の脅威きょういを見せつけられたばかりだというのに士気は高い。これならいける。

 レーザーガンをしまい、魔法剣に持ち替えた。


 並列化した〈火球〉で無力化した敵を蹴散けちらして距離を縮める。

 近くに来て、指揮官の姿が鮮明になる。


 白髪、生え際の後退した額――老人だ。真紅の外套マントなびかせて、った意匠いしょうの甲冑を着込んでいる。その顔は歴戦の下士官みたいに不敵な面構えをしていて、鋭い眼光をこちらに向けている。相当な数の修羅場しゅらばをくぐってきたのだろう。並々ならぬ気迫を感じた。

 年齢、特徴ともに聞いている裏切り者の元帥と合致する。魔法剣を持っていて、あんな出鱈目な攻撃を仕掛けてくるのだ、バルコフ元帥で間違いないだろう。


 おっと、俺としたことが視覚強化を忘れていた。ナノマシンで戦力の底上げを……。遅まきながらAIに命じる。


【身体強化、防御強化を頼む。あと周囲の警戒を】


――射撃アプリは?――


【オフにしてくれ、代わりに近接戦アプリを】


――了解しました、近接戦アプリおよび攻撃予測アプリを起動します。これ以上はリソースが足りません。マニュアルで対応してください――


【上出来だ】


「おまえがバルコフ元帥かッ!」


「いかにもッ! そういう貴様は何者だ!」


「ラスティ・スレイド」


 馬上から体重を乗せた一撃をお見舞いする。

 歴戦の強者は、最高の一撃を難なく受けとめると、そのまま押し返してきた。


 おいおいおいッ、ナノマシンも無いのにこのパワーはおかしいだろう! 老人の力じゃないって!


 予想外の反撃に体勢をくずす。乗っていた馬――デルビッシュから飛び降り、さらに打ち込む。この一撃も受けとめられた。


「聞いたことのない家名だな。冒険者あがりか?」

 さらりと失礼なことを言う。


 今度はバルコフが仕掛けてきた。

 淡い光の灯った魔法剣。鋭い斬撃が風切り音を奏でる。まともに受けるとマズいやつだ。しゃがみ込んで攻撃をかわすと、斬撃の延長線上にいた兵士が、敵味方の見境みさかいなく上下真っ二つになった。


 味方ごとかよッ! あの一撃を受けていたらと考えるとぞっとする。可愛くない老人だ。まったくもって油断も隙もない。


「だったらなんだって言うんだ!」


「ベルーガに忠義立てする必要はあるまい。こちらに着くというのなら命だけは助けてやる」


「嫌だね」


「王家に義理立てをするのか」


「そうだ。爵位と領地をたまわったからね。そっちに着いてもいまより待遇が良くなると思えないし、裏切り者と後ろ指を差されて生きていくなんてまっぴらだ」


「王族をようしているのはそっちだけではないぞ」


「そうやって、こっちの気をらすつもりだな」


「嘘ではない。我らが主は正当な王家の血筋。貴様も腐敗ふはいした貴族たちを見てきただろう」


 …………腐敗した貴族かぁ。そういえばエレナ事務官がなんか言ってたような……。ま、俺には関係ないか。しかし、正当な王家の血筋という言葉が気になるな。隙を見せてくれるかもしれないし、話だけでも聞くか。うまくいけばカレン少佐が戦況を変えてくれそうだし。


 遠くで上がる兵の声を聞く。徐々に近づいてきているのはたしかだ。情報収集は大事。話を聞こう。


 剣を交えながら、やり取りを続ける。

「嘘を言うな。生き残った王族は三姉妹とアデル陛下だけだろう」


「愚か者め、ランズベリーに逃げた先の王兄もいれば、隣国に嫁いだ王妹もおるわッ!」


 そうなのッ! 初耳だ。王兄や隣国へ嫁いだ王妹に婚姻を認めてもらえれば……。


「そんな話聞いたことないぞ。どうせ出任せだろう」


「成り上がりにはわからぬことよ。それに我らが頂く…………」

 バルコフは交えている剣を押し返すと、後ろから飛んできた矢を叩き落とした。


「騎馬の一団を通すとは……あの口やかましい聖堂騎士の団長は何をしている」


「閣下、スミノフ団長は討ち取られました」


「何ッ! 隊を預かるほかの騎士は?」


「カレンと名乗る少年騎士を前にことごとく…………」


 少年……女性なんだけどなぁ。本人が聞いたら怒るだろうな。でもまあ、つい最近まで男に化けてたんだし、間違われても仕方ないか。


小童こわっぱにしてやられるとは何事だッ! かまわん、こちらのほうが数は上だ、押し返せッ!」


 千載一遇せんざいいちぐうのチャンスだ。わずかにできた隙に、最大出力の魔法を行使した。

「〈水撃ウォータージェット〉!」


「くっ、抜かった!」


 驚く割にバルコフは冷静だった。報告した騎士の首根っこを引っ掴むと、それを盾に魔法を防ぐ。

 貫通した〈水撃〉に手傷を負うが軽傷だ。お返しとばかりにまた魔法の刃を繰り出してきた。


 魔法で威力を殺そうとしたが、チャージが間に合わない。

 魔法剣でそれを受けとめる。これが間違いだった。

 利き手の指が四本も切り飛ばされてしまった。


 サブウェポンはどれも利き手でとれる位置にある。これでは腰に吊したレーザーガンはとれない。諦めて身体をひねる。右のブーツに括りつけてある高周波コンバットナイフを左手で抜いた。


 さらなる一撃を受けとめる。


 コンバットナイフ越しに見えない魔法の刃が飛んできた。

 今度は肩が斬りつけられた。


 連続した攻撃で、相手も十分な魔力を蓄えていなかったらしい、傷は浅くないが左腕は動かせる。


 体当たりする要領で、バルコフに一撃を食らわせる。


 鎧を貫いたコンバットナイフは根元まで刺さっている。土手っ腹だ。


「ゴフッ……。この程度のことで倒れるワシではないわッ!」

 老人は高周波コンバットナイフと引き抜くと、忌々しげに投げ捨てた。


 口元から血を流しながら、不敵に笑っている。


 なんてしぶとい爺さんだ。まるでZOCだ。


 つかえる武器は薄い板状の投げナイフだけ。これでは攻撃を受けとめられないし、バルコフに効くとも思われない。


 撤退という二文字が脳裏をよぎる。

 躊躇ためらうことなく、後ろへ飛んだ。

 さっきまでいた立っていた地面がえぐられる。


「ふぃー、危ない危ない」


 一難去ってまた一難。今度は矢の雨だ。

 攻撃予測アプリが弾道を示してくれるが、避けきれない。


「嘘だろう……」


 泣きそうになった。

 とっさに落ちている盾を手にとったものの、利き手の四指を失っているのを忘れていた。慌てて左手で取るも、運悪く血糊ちのりすべった。


 丸腰の俺に無数の矢が降ってくる。


 死ぬな、と諦めかけたところで、敵の死体に足がぶつかった。

 敵ではあるが、一応心のなかで謝ってから、盾になってもらう。


 なんとか死をまぬがれたものの、逃げるのは困難。


 どうしたものかと考えていると。トドメの一難がやってきた。


「パパァー」


 最悪だ。ホエルンがこっちに向かって走っている。

 幼児退行した上官を連れて戦場を離れるのはかなり難しい。


「ホエルン逃げろっ! パパもすぐに行く」


「嫌ッ、一緒に帰るのッ!」


 子供っぽくほほふくららませている。いびつな可愛さがあった。だけどいまはそれどころじゃない。


「いいからパパの言うことを聞いて、はやくここから…………」


 視界の端に嫌なものが映った。剣を振り構えるバルコフだ。剣の振り下ろされる先は俺じゃない。鬼教官のほうだ。


 クソッ、クソクソッ!

 この鬼教官めッ! 記憶が戻ったら絶対に尻を叩いてやるッ!


 AIに命じて最大出力の脚力で走る。ホエルンに飛びつく形で攻撃を避けた。


 厄介な一撃は避けられたが、またしても矢の雨だ。


 こりゃぁ年貢の納め時か? 地球に伝わる古語を心のなかで呟きながら、俺は幼児退行した上官を抱きしめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る