第203話 予期せぬ誤算①



 敵の後方が色めき立った。

 ラッキーたちが奇襲を仕掛けたようだ。敗残兵はその情報でざわめいているのだろう。


 俺の率いる部隊も仕掛けたいところだが、森の手間で詰まっている敵兵は多い。一万はいないだろうが、五千は軽く越える。

 こっちは五〇〇。仕掛けても逆に被害が出るだけ。


 しばらく様子を見るか……。


 そう思っていた矢先、新手が姿をあらわした。街道ではなく、少し離れた丘の上からだ。

 騎馬の一団だ。よく見るとベルーガの旗をかかげている。先頭には小柄な人影が……。


【フェムト、ズームしろ?】


 AIに命令して人影を確認する。


「カリム……いやカレン少佐か。彼女が、なぜここに?」


 カレン少佐は、スタインベック領で練兵に従事しているはずだ。それがなぜ?


 帝国の女性士官と交信を試みるも距離が遠くて届かない。

 どうするべきか悩んでいると、カレン率いる騎兵隊が馬上槍を構えた。


 突撃する気か! 兵の練度はそれほど高くないだろうッ! 初撃に成功しても、あとが続かないぞッ! このままじゃ敵の餌食えじきだッ!

 せっかく助けた宇宙軍の仲間だ。見捨てることはできない。


「十名、騎兵を選抜してホエルンの警護を。敗戦が色濃いようなら退却しろ……スタインベック領へだ!」


「ですが隊長、こちらのお嬢さんは我々の手には負えませんよ」


 記憶障害で幼児退行しているとはいえ、ホエルンは士官学校の訓練教官だ。無意識で繰り出す技は本物で、並の兵では歯が立たない。

 戦力として期待したいところだが、生憎と軍人の心得だけどこかへ置き去りにしている。身体は大人、心は子供といった感じだ。


 苦手な鬼教官でも、子供心を持つ女性を戦場へ駆り出すようなクズにはなりたくない。

 貴重な戦力を減らすようで気は進まないが、ホエルンをローブで縛ることにした。


「痛いッ、パパ何するのッ!」


「安全のためだ。我慢してくれ」


「嫌ッ、やめてっ」


 妙齢みょうれいの女性が嫌がる様に背徳感を感じた。しかし、ここは心を鬼にして。


「うえぇーーーん、パパがいじめるぅー」


「おまえたち頼んだぞ」


「そんなぁ隊長ぉ」


「ちゃんと褒美は用意しておく、特別手当だ。わかったらホエルンの警護、しっかり頼むぞ!」


「…………はいぃー」


 嫌がる部下に泣きじゃくる鬼教官を押しつけて、俺は手勢を率いて加勢に向かった。


 不安に反して、カレン率いる騎馬隊は善戦していた。

 馬上槍で突撃を敢行かんこうすると、得物を手斧に持ち替えて白兵戦に移行する。大ぶりな斧でなく、小ぶりな手斧というのがミソだ。リーチは短いが取り回しが良く、肉迫した白兵戦では有効な攻撃手段。うまい手だ。


 盾を持った兵士の壁も、手斧の形状を生かした一撃を頭上からの打ち込み、がら空きになったつま先と容赦ようしゃが無い。

 見ているこっちが痛くなる戦術だ。


 破壊の一団と化した騎馬隊は留まることなく敵を蹂躙じゅうりんする。

 兵力としては二千といったところだろう。だが、後方からの奇襲突撃で敵は浮き足立っている。

 またとない好機だ。

 勝利を確実にすべく、俺たちも続いた。


「予定変更だ。総員突撃ッ!」


「突撃だぁーーー、隊長に続けぇー」

「おおぉー!」


 気勢をあげる頼もしい部下とともに防御態勢をとっていない敵側面を突く。

 卑怯ひきょうな気もしたが、レーザーガンで隊長クラスの騎士を片っ端から撃ち殺した。


 混乱はさらに拡大する。

 収拾がつかず、恐慌きょうこう状態におちいった敵を容赦なく蹂躙じゅうりんした。

 このまま敵が壊走かいそうするかと思いきや、新たな敵があらわれる。

 先行していた一団が引き返してきたのだ。


 軍を率いる指揮官をレーザーガンで狙う。赤い光線は間違いなく指揮官の頭を捉えたが、今回は失敗した。剣の一振りで、高エネルギーの赤光しゃっこうが消滅したのだ。


【魔法か?】


――ちがいます、魔法剣です。魔法剣とレーザー、異なる二つのエネルギーが干渉し合い、互いの効果を打ち消したのでしょう――


【器用なことをする騎士もいたもんだな】


――ラスティ、感心している場合ではありません。敵からさらなるエネルギーの上昇を検知しました――


【魔法もつかうのか?】


――わかりません。ただあの魔法剣にエネルギーが収束しているのはたしかです――


 ルチャに教わった魔法剣のつかい方を思い出す。恐ろしい威力だった。俺もり出したいが、うまく制御できない。混戦ということもあり、味方に被害が出そうだ。

 こんなことなら、もっと練習しときゃよかった。


 落ち着いて考える。

 敵指揮官まで距離にして三〇〇メートル。飛距離を伸ばした〈水撃〉でも五〇メートルが限界。さすがにここまで魔法は飛んでこないだろう。

 魔法剣の攻撃もだ。教えてくれたルチャでも十メートルが限界だった。


 しかし、嫌な予感がする。あれだけの技を披露ひろうする強者だ、これ以上の威嚇いかくはしないだろう。だとすると、なんらかの予備動作? 一体何をするつもりだ?!


 フェムトに警戒させる。


【異常を検知したら即報告しろ】


――命令されるまでもありません。警戒モードに移行しています――


 受け身のAIが進んで機能するとは……。


【一つ質問していいか】


――なんですか?――


【前々から思ってたんだけど、おまえ、自我を獲得しているだろう】


――…………自我とはなんでしょう?――


 レスポンスに妙な間があった。かなりの確率で黒だ。まあいい、俺とフェムトは運命共同体、長年連れ添った相棒だ。それに、叛乱を起こして俺を殺すならもっと前に殺している。まっとうな思考の相棒なら、ZOCみたいに人間を滅ぼそうとする支離滅裂しりめつれるな行動はとらないだろう。


【そういうことにしておいてやる】


――いまのやりとりを保存しますか?――


【しない。相棒を疑うほどネガティブ思考じゃないんだ】


――精神衛生においてよい習慣です。では、引きつづきサポートにあたります――


【任せた】


 交戦し、敵を斬り伏せるとこと数人。

 大声おおごえが戦場にとどろいた。


「者ども退けぇーーい」


 軍を率いる指揮官に相応しい声量。その威勢に兵士たちの動きが一瞬とまる。


 次の瞬間、敵の隊列が二つに割れた。

 障害物のない直線上に剣を担ぐ指揮官らしき人物を発見した。


 またとないチャンスだ。レーザーガンを連射する。

 赤光が指揮官を捉える前に、剣が振られた。


 刹那、レーザー光が霧散する。


――来ます! ……真空ですッ!――


 警戒するが、魔法が発現した様子は見られない。昔、ティーレに見せてもらった〈風刃エアブレイド〉という魔法だろうか? それにしては貯め時間が長い。レーザー光も打ち消されたので、用心して〈魔力解放リベレーション〉を前方に展開させる。


 気を利かせたAIが、謎の攻撃をホロで映し出してくれた。

 横一直線の高エネルギー反応だ。


 疾走する馬のように速く、せまってくる。

〈魔力解放〉の防御が貫かれた。


 嘘だろッ!


 ゾリリッ!!


 嫌な音を立てて皮鎧がける。胸部に痛みが走った。幸いなことに軽症だ。味方を見渡すと、近くにいる者の鎧に一文字のきずられており、〈魔力解放〉の影響範囲外の兵士がバタバタと倒れていった。

 軽く見積もっても五〇人の味方を失っている。負傷兵をかぞえるともっとだ。


 こんな出鱈目な攻撃を何度も食らってはこっちが狩られる。

 早急に眼前の脅威きょうい排除はいじょすることにした。


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