第202話 subroutine ロウシェ_野戦伏撃



 またやってしまった。


 アタシとしたことが、上官に楯突たてついてしまった。これで二度目だ。


 あー、前もこれで失敗して降格したのに……。


 少尉から一兵卒に降格したことを思い出す。アタシは……アタシらは馬鹿でろくでなしのせいで人生を狂わされた。


 あれは実に馬鹿な少佐だった。自分の手柄のためにだけに、ZOCが待ち伏せている人工衛星にアタシたちを突入させた。防衛や迎撃用の衛星ではない、ただの宙域サンプリング用のどうでもいい人工衛星だ。


 軍事的価値のないその衛星に、実に五〇〇を越える宇宙軍の兵士を差し向けた。

 全滅に等しい損害を出して、倒したZOCはたったの五体。多くが衛星にたどり着く前に撃ち落とされて、運良くたどり着いた兵もほとんどが罠で死んだ。結局、生き残ったのはアタシを含めて八人。完全に上官の采配ミスだ。


 それなのに、馬鹿な上官は自信の無能を棚に上げて、生還したアタシたちを無能とののしった。そして、みんなが見ている前で仲間の一人を射殺したのだ。

 だからは上官を撃った。

 上官の外部野を破壊し、死ぬ直前の記憶――ゴーストを隠滅いんめつした。


 運の悪いことに、馬鹿は帝国の貴族だった。帝国貴族との軋轢あつれきけるためか、軍の上層部が動いた。破壊した外部野からゴーストを再現され、アタシたちの悪事は見事に露見ろけんした。


 無謀な指揮に情状酌量じょうじょうしゃくりょうはあったものの、上官殺しは重罪。命は助かったけど、この様だ。

 最前線やどうでもいい任務ばかりに飽き飽きしていたとこへ、惑星調査を命じられて現在に至る。


 あの無謀な突入作戦を生き残った同胞も一緒だったけど、一人は浸蝕ウィルスにやられてカプセルのなかで死んで、もう一人は裏切り者に襲われて死んだ。

 アタシは一人ぼっちになっちまった。

 不運極まれりってやつだ。


 しんみりと過去に浸っていると部下が声をかけてきた。

ねえさん、酒なんて飲んでいいんですかい?」


「大丈夫、アタシはヘマなんてしないよ」


「……それなら問題ないんですけどね、スレイド隊長はそこら辺は厳しいんで……」


「安心しな、もうやめるから」


 まだワインが残っている革袋を投げ捨てる。皮の匂いの移ったマズい酒だ、未練はない。


「……もったいない」


「生き残ったらいくらでも飲ましてやる」


「本当ですかい!」


「スレイド大尉が振る舞ってくれるさ」


「へへっ、ありがてぇ。……ところで姐さん、なんでスレイド隊長の前じゃ猫被ってるんです? それに大尉って肩書き、俺ら聞いたことありませんぜ」


 きっと言葉遣いのことだろう。

 この惑星では軍の階級は特に定まっていないようだ。軍事行動で階級が無いのは慣れない。ことあるごとに説明しなければならず、面倒だ。


「あんたらも貴族様のまえじゃ、堅苦しい喋り方してるだろう。それと同じさ。あと大尉ってのはアタシらの祖国での階級さ」


「姐さんたちの国の肩書き……へぇ、そうなんですか。でも、スレイド隊長は貴族さまとちがって口の利き方には寛容かんようですぜ」


「あんたらの隊長は、アタシにとっちゃ貴族様みたいなもんなんだよ」


「そういうモンですかねぇ」


 に落ちない部下を無視して、空を見上げる。緑の天蓋てんがいの隙間から、鳥の群れが見えた。エクタナビアの方角から飛んできている。マキナとやらの兵のせいで、うるさくなったので逃げてきたのだろう。

 敗残兵とやらのおでましだ。

 アタシらの出番らしい。

 背負っているヒートブレードを抜きエネルギーの残量を確認する。満タンだ。節約すれば一会戦分は足りるだろう。


「準備しときなッ、そろそろ来るよ」


「了解しましたッ! おめーら、攻撃の準備をしろ。カモがくるぞっ!」


 しつけの行き届いた部下たちは、ざわめきながらも弓に矢をつがえる。

 それから二〇分としない間に、先行の騎馬が街道を走り抜けた。


 通過する騎馬をカウントさせていたAIから通信が入る。

――そろそろ二〇〇騎、通過します――


「総員、構えッ………………撃てぇ!」


 街道へ向けて矢の雨を降らせる。


 面白いほど矢が当たり、ばったばったと敵が倒れる。進行速度は並足と遅いけど、いきなりはとまれない。延々と続く後続に押される形で、新たな生け贄が射程に入る。奇襲は成功だ。


「どんどんいきなッ! 矢が無くなるまで射続けろッ! 敵の足がとまったら、その後方。矢種が尽きた連中はアタシについてきなッ!」


 馬の脇腹を脚で叩いた。

 いななききとともに街道へおどり出る。


「姐さんに続けぇーーー!」


 斧、剣、槍、と各々武器を構えた部下たちを率いて、いまだ混乱している敵兵に斬り込んだ。


 士官クラスとおぼしき甲冑の連中から血祭りに上げることにした。

 まずは手近にいる馬上の甲冑の首を狙う。

 継ぎ目を狙ったのでヒートブレードを発動させるまでもなかった。ナノマシンの身体強化で十分だ。


 ねた首が赤い尾を引いて飛ぶのを見て、敵はさらに混乱したようだ。わめくだけで襲いかかってこない。


「ラバロ騎士隊長が討たれたぁー!」

「何をしている、神敵を討ち破れぇ!」


 大尉の言っていた聖王国の連中らしい。危険視している元帥はいないようだ。存分に暴れよう。


 口先だけの雑兵の命を刈り取りながら、次の獲物を探す。

 敵の指揮官――腰抜けの甲冑どもは距離をとって警戒している。


「こんなことなら飛び道具を持ってくるんだった」


 愚痴ぐちをこぼしたら気の利く部下が、投げやすそうな手槍の柄を突きつけてきた。


「姐さん、これをッ!」


「あとで酒をおごってやるから死ぬんじゃないよ」


「当然でさぁ」


【M1、射撃アプリ。弾道計測と測距そっきょ


――了解しました――


 手槍を引ったくり、石突きに指を引っかける。アタシにだけ見えるガイドを頼りに投擲とうてき


 運悪く邪魔が入り、皮鎧の騎馬兵に刺さった。手槍は中程まで突き刺さり、間の悪い兵士は槍に引っぱられるように落馬した。


【外れたッ、次はしっかりシミュレートしてッ!】


――無理です。不確定要素が多すぎます――


【だったら高そうな甲冑を着た連中からマーカーを】


 手槍を連投する。

 十人ほど甲冑どもを始末したところでAIから通信が入る。


――退却の頃合いです――


【いまいいところなんだから、もうちょっと待って】


――後方の敵が森に入っていくのを確認しました。このままでは部隊が危険です――


【あー、もうッ!】


 隊を預かる者として、無駄な死傷者は出せない。無能な上司にはなりたくないので撤退を決めた。


「戦果はあげた、総員退却に移れっ!」


「姐さん、まだやれますぜッ」


「いいから逃げるんだよ。命あっての物種だ、死んだら酒が飲めないじゃないか。アタシが殿しんがりを務める、おまえたちはさっさと下がりな」


「わかりやした。退却、たいきゃーくッ!」


 敵の落とした弓と矢を拾い、腹いせに何本か矢を放った。進軍の邪魔をするように死体をつくる。

 自分の機転の良さに満足していたら、報復とばかりに矢の雨が飛んできた。


 弾道予測してるし、この程度なら余裕なんだけどね。


 ヒートブレードに持ち替えて、降ってくる矢を叩き落とす。

 払い損ねた矢が馬にあたった。

 乗っている馬が、前脚をあげて暴れる。

 振り落とされそうになったけど、手綱を握って最悪の事態は避けた。


「こいつッ、矢の一本くらい我慢しなッ!」


 聞き分けの悪い馬を太股で締めあげた。


 落ち着いたそれの首を叩いて、

「帰ったら食べきれないほどニンジンをやるから、言うこと聞いてさっさと走りな」


 ブルルンと不服そうだったが、ニンジンの話をするなりギロリとこちらを見る。


「桶に入りきらないほど用意してやるって」

 優しく首を撫でると馬はアタシの思うように走ってくれた。


 こいつとは気が合いそうだ。

 そういえば名前がまだった。額の辺りだけ白い……そうだ、テキロと名付けよう。そんな名前の馬が故郷の資料館にあった。うん、良い響きだ。


「おまえの名前はテキロだ。行け、テキロッ!」


 アタシの愛馬は、名前が気に入ったらしく嬉しそうに嘶いた。

 蹄鉄ていてつで石畳を打ち鳴らし、勇ましい音を奏でながら戦場をあとにした。


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