第201話 複雑な心境
「隊長、罠の設置完了。これで全部だ」
ラッキーの報告で、すべての罠が設置されたことを知る。次は兵の配備だ。
大監獄側からの伝令潰しはそのままにして、マウスは引きつづき伝令潰しの指揮。
残った手勢一五〇〇の割り当ては、俺が五〇〇、ロウシェ伍長が五〇〇、ラッキーが五〇〇。
「街道のすぐ脇にある森からの強襲だ。ラッキー、まずは投網をつかって敵を混乱させろ。仕掛けるのは、敵の合流地点と思われる場所だ。およそ大監獄まで残り半分の距離。エクタナビアの追撃を振りきって、油断する頃合いだ。警戒は薄いはず、大胆に行け」
「はいッ! 投網で先頭を捕捉、その後方に矢を射かけて混乱ですね」
「そうだ。いきなり軍はとまれない。混乱した先頭は後続とぶつかるだろう。目も当てられない惨状になるはず。そのまま森を西に進みながら混乱している後続を狙い撃ちだ。敵が動きだす前に東へ退却。場合によっては西――エクタナビアへ撤退することも許可する」
「奇襲班の逃げ道は二カ所。助かりますぜ」
「当然だ。部下をみすみす死なせるわけにはいかない。生き残ることを最優先させろ」
「隊長、うれしいけど、それはできませんぜッ。俺ら元傭兵は敵を殺してナンボ。生まれ育った国の未来がかかっているっていうのに、楽なんてできねぇ。国のために死ぬ気はないが、それなりの働きますんで」
「わかった。だがくれぐれも注意しろ、命あっての仕事だからな。おまえらも美味い飯を食いたいだろう」
「ははっ、ちがいねぇ。飯、期待してますぜ隊長」
「ああ。次はロウシェ伍長。君には落とし穴を仕掛けた場所の手前で仕掛けろ。二〇〇ほど見過ごしてから矢を射かけろ」
「見逃した二〇〇は?」
「先にある落とし穴に引っかかる予定だ」
「森に突っ込んできたら?」
「対処しろ」
「ちなみにアタシらの逃げ場は?」
「後方だ。
それから各自に作戦の詳細を伝えたところで、ロウシェ伍長が手をあげた。
「なんだ?」
「気になることが一点。個人的なことなので、あとでお話しできますでしょうか」
みんなの前で言わないということは……例の件か。敵対した同胞――宇宙軍の裏切り者のことだろう。
「いいぞ。ただし酒の催促は無しだからな」
冗談めかして言うと、あつまった隊長たちはどっと笑った。
「酒好きにもほどがありますぜ、イン隊長」
「……俺、酒より甘い物ほしい」
珍しく、無口なマウスが要望を口にした。
「この作戦が終わったら、酒も菓子もちゃんと出す。だからおまえら、絶対に生き残れよ」
「当然だ」
「……甘い物食いたい」
談笑で会議を終える。ロウシェ伍長以外の面々がいなくなったのを確認してから、密談を始める。
「裏切った宇宙軍の連中か」
「はい、あいつらがいると思うと集中して任務にあたれません。エスペランザ准将はドローンで追跡するよう指示を出していたはず。あいつらはどこにいるんですか?」
「聖王国へ逃げ込んだ。いまも監視を続行しているので、少なくとも襲撃に参加したうちの二人はそこだ」
「参加したうちの二人というと、ほかにもいるんですか?」
「ドローンが発見した足跡は四人分。あと二人はいる計算だ」
「なぜ二人は別行動をとったんですか?」
どうやらロウシェ伍長は軍事経験が浅いようだ。
「後始末だよ。生き残りの
「そのためだけに仲間を殺したんですか?」
「そこはわからない。だけど聖王国に一直線に向かったところを見ると、そっちで雇われているようだ」
「あいつらと戦うことがあったらアタシも参加させてください」
「ムキになるな早死にするぞ」
「そいつらの裏切りで同郷の仲間を殺されました。仇を討ちたい」
伍長は、普段糸のように細めている目を見開いて、俺の肩を揺さぶってきた。
「恋人か?」
「いえ、家族です。血の繋がりは薄いですが、不慣れな軍で何かと世話になりました。面倒見のいい家族でした」
……恋心? 憧憬? わからないな。でもきっと大切な家族だったのだろう。肩を握る手が痛い。
ロウシェの気持ちは痛いほどよくわかる。俺もちょっと前まで同じことを考えていた。だけど、許可は出せない。いまの彼女は感情的になりすぎだ。感情が理性を狂わせることは多い。そういう目をした仲間は例外なく早死にしている。
家族想いのいい奴なんだろう。だからこそ彼女には間違った選択をしてほしくなかった。
「それはできない」
「なぜですか! アタシが女だからですかッ!」
「ちがう、いまの君は冷静さを欠いている。良い結果にはならないだろう」
「たとえそうだとしても、家族の仇は絶対に討ちます!」
なかなかに頑固な娘だ。ピンク髪のインチキ眼鏡とはちがった厄介さがある。
「せっかく助けた命なんだ、死に急ぐようなこと言うなよ。少しは俺の気持ちも考えてくれ。みんなを死なせるために蘇生させたんじゃない」
「…………すみません」
「わかってくれればいいんだ。いずれあいつらには
「はい」
俺としても裏切り者を許す気はない。助けた仲間たちにはそれぞれの人生があった。いかなる事情があったとしても、殺していい理由にはならない。その罪は償ってもらうつもりだ。
ああ、嫌だ。せっかく見つけた仲間だというのに、殺し合うなんて…………。
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