第200話 subroutine ホエルン_パパ



 その若者――ラスティは私をホエルンと呼んだ。

 それが私の名前なのだろう。


 突如、意識が明滅する。

 劣化した映像データのように、記憶の断片が流れた。

 両親と二人の娘。長閑のどかな草原。ツギハギだらけの化物。そしてラスティという若者。


 頭が痛い。

 私――ホエルンは連合宇宙軍所属の士官だ。それだけは思い出せた。だけど、それ以外のことはまったく思い出せない。

 彼は一体何者なのだろう? 私と彼の関係は?


「しっかり掴まってるんだ。揺れるぞ、馬から振り落とされるな!」

 馬? 馬とは一体なんだろう?


「わかった」

 とりあえずラスティの身体に腕を回す。

 その腕を彼がつかんだ。とたんに跨がっているそれが揺れだす。


 景色が流れる。


 ほほでる風は爽快そうかいで、青臭あおくさにおいが鼻をついた。慣れない匂いだ。しかし嫌な感じはしない。


「大丈夫か? 振り落とされないようにしっかり掴んでッ!」


「うん」


 圧倒的に語彙ごいが足りない。記憶が繋がっていないのか、子供のような受け答えしかできない。歯痒はがゆい。

 私はこんな幼稚ちせつな女ではないのに……。自身の身体を見やる、胸はロウシェなる女よりも大きくて、腰はきゅっとくびれている。成熟した大人の身体だ。

 私は大人なのだ。それが駄々っ子みたいな態度をとるなんて……やるせない。

 恥ずかしくて、情けなくて、とても嫌な気分になった。


 現在いまを否定するようにラスティに回した腕に力を入れる。自然と身体が密着した。


 ああ、なんてことをしているんでしょう。未婚の女が異性に身体を――胸を擦りつけるなんて。まったくもって破廉恥はれんちだ、これでは訓練生にあわせる顔がない。


 訓練生? 思い出せない。


 ときおり理解できない単語が脳裏に浮かぶ。おそらく本当の私に起因するワードなのだろう。


 唐突に、本能が糖分を欲した。


「パパ、お菓子が食べたい」


「……ちょっと待ってて」


 なぜか私はラスティのことをパパと呼び、そんな私に彼は優しく接してくれた。


 キャラメルを口に入れてもらって、ようやく本能が鳴りをひそめた。なんとも具合の悪い身体だ。私だったら一発殴って…………それからどうするのだろう?


 誰を殴るのだろう?


 思考が乱れる。頭が痛い。

「うう、うぅん」


「大丈夫か?」


「大丈夫だから気にしないで」


「休まなくてもいいか?」


「我慢できる」


 迷惑をかけまいと痛みに耐えていたら、

「総員停止ッ! ちょっとはやいけど休憩にしよう」


「またですか隊長」


「時間はたっぷりある。斥候も出しているし慌てずに行こう。焦ってもいいことはない」


 ああ、また私のせいで……。


「大丈夫かい? いま具合を診てあげるからね」


 ラスティはどこまでも優しい。子供みたいに我が儘な私を温かく守ってくれる。恩返しがしたい。記憶がよみがえれば、彼を手助けをできる気がした。

 頑張って記憶を取り戻そう。迷惑をかけた分、パパに楽をさせないと……。


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