§7 この惑星の王族事情を調査しました main routine ラスティ

第199話 行動開始



 俺はエメリッヒの指示に従って、エクタナビアから王都へ伸びる街道を封鎖した。


 道中で仕入れた情報によると、エクタナビアと王都の中間にはT字路があり、そこを曲がると大監獄とやらへ繋がっているという。そこには裏切り者の元帥がいるそうだ。ラドカーン・ツッペ。偉そうな名前の元帥うらぎりものだ。


 部下のラッキーが言うには、このツッペが裏切ったせいでベルーガは王都を奪われたとか。ツッペの所業はそれに留まらず、王都にいた王族を捕らえて皆殺しにした。そのなかには乳飲み子もいたらしい。

 とんでもない男だ。非戦闘員に手をかけるなんて軍人の風上にもおけない!


 命からがら王都を脱出したアデル陛下とカーラは、ともに落ち延びた貴族とともに北の古都カヴァロへ向かい、暫定政府を立ち上げて、今日こんにちに至るわけだ。


 そして俺は、エクタナビアから逃げてくるであろうマキナ聖王国と裏切り者の兵を迎え撃つのだが……。


「大尉殿、勝てるんでしょうか?」


 不安を口にしたのは、コールドスリープカプセルから蘇生した新たな仲間、イン・ロウシェ伍長だ。十八歳と若く、専門は白兵戦だ。得物は改造したヒートブレードで、振り回しても邪魔にならないよう髪型はショートヘアー。肢体は引き締まっており、余分な肉はあまりない。あるとすれば胸だけだ。まあ、女性だから当然だけど。


 ロウシェ伍長は、いまでこそ連邦民だが元は帝国の地球に住んでいたお嬢様だ。地球政府の採っている人口制限の観点から連邦に移住してきたらしい。人に言えない事情があるのだろう、簡単な経歴以外は未公開。謎に包まれている。

 武術の達人を自称しているだけあって、身のこなしは軽く、ちいさな変化にも敏感だ。あてにできる戦力なのだが、実戦経験は乏しいと自己申告している。若いこともあり、激戦が予想される戦線へ投入してもいいものか……。目下のところ悩みの種である。


「勝てるように工夫するしかないだろう。上官の命令だし……」


 俺も伍長も野戦伏撃には否定的だ。しかし、エメリッヒは勝算があると言っていた。一抹の不安は残るものの、名誉階級ではあるが俺より上の准将だし、経験豊富な軍事顧問だし……。身体に染みついた軍隊気質というべきか、悲しいことに指示を無視することができない。

 まったく嫌な性分だ。


「やっぱり無理ですよ、たった二千ちょっとの兵で敵と戦おうなんて。偵察だけですませましょう」


「駄目だ。エメリッヒから計画変更の報告は来ていない。予定通り作戦を実行する」


 敗残兵がどこへ逃げるのかはわからない。しかし、ここで叩いておかねば後々の災いとなるのは明白。全滅は無理でも、せめて軍隊としてのていを失い瓦解がかいするくらいには攻めねばならない。

 そうしておかないと、いずれ来るであろう王都奪還の障害となる。


 本音を言うと、ドローンも無しに無謀な戦いをしたくはない。こんなことになるのなら、エレナ事務官に頼んで緊急時のために軍事用ドローンをもらっておけばよかった。


 そもそも宇宙軍の裏切り者さえいなければ……。

 愚痴っても仕方ない。自前でどうにか切り抜けよう。


 頼りない大尉だと思っているのか、ロウシェ伍長はぐいぐい詰めてくる。

「勝てるんですか? 敗残兵とはいえ、元は五万を越える大軍でしょう。ベルーガ側が勝利を収めたとしても半数は残っているんじゃないんですか?」


「やれるだけのことはやる。退却はそのあとだ。まあ、若い君には危険な命令は出さないから安心してくれ」


「死ぬか生きるかの軍事行動に危険も安全もないでしょう」


「そうだけど、比較的安全なところへまわすよ。最悪、戦線を離脱してもいい。どうだ、これなら気楽だろう?」


「大尉殿は?」


「俺はこの隊を指揮する責任がある。逃げ出したいけど無理な話さ」


「……大尉殿、早死にするタイプですね」


「これでも惑星戦は何度か経験してきた。なんとかなるさ」


「後方ですか、前方ですか?」


「前方……主に斥候と隠密作戦だ」


「隠密作戦! エリートじゃないですか? ってことは精兵レンジャーだったんですか? アタシ志願したけど筆記試験で落っこちちゃって……」


 ロウシェ伍長は謎が多い。普通のであろう精兵の存在を知っていた。

 士官学校の出だろうか? だとしたら尉官スタートで伍長なのはおかしい。

 もしかして俺みたいに問題を起こして降格したクチか?

 彼女のことは気になるが、いまは任務が優先だ。


「大丈夫だ、生きて帰れる。なぁに軍事行動といってもほとんどが罠の設置だ。奇襲のときだけ注意すればいい。子供のする悪戯の延長さ。誰も正面からぶつかれてって命令しているわけじゃない。気を抜かなきゃ生きて帰れる仕事だ」


「……ですよね」


「まずは王都側に兵を伏せよう。大監獄からの伝令を始末するんだ。大監獄からエクタナビアまでだと早馬を飛ばして二十日。まずは用心のために五日のところに兵を伏せて素通りさせる。そこからさらに二日の場所で襲撃。討ち漏らして逃げ帰られても、先に素通りさせた伏兵がいる。二段構えだ、確実に始末できる」


「情報封鎖ですね。敵が気づくにしても往復に時間がかかる。単純計算でも四〇日は時間が稼げる。気づいたときにはアタシたちはトンズラ。いい案ですね」


「だろう。問題はエクタナビからの敗残兵だ」


「どうやって料理するんですか?」


「エメリッヒからいくつか指示が出ている。見え透いた小細工だけど、仕掛けを増やして、敵の退路――後方にも敵がいると疑心暗鬼に陥らせるってのがミソらしい」


「なるほど。で、どんな罠ですか?」


「簡単な落とし穴と、棘だらけの振り子みたいな罠が多い。ほかにも投網や偽装工作。それなりに落伍らくご兵が見込める嫌がらせさ」


「仕掛ける側として面白そうですが、引っかかるほうはたまったもんじゃありませんね」


「同感だ」


 ロウシェ伍長と打ち合わせをしていると、問題児が動きだした。

「パパ」

 鬼教官が袖を引く。


「……ごめんホエルン、パパ忙しいからちょっと待ってくれるか?」


 幼児退行したかつての鬼教官は、可愛らしく頭を振った。


「おしっこ漏れちゃう」


「! わかった、いますぐ行こう。茂みは……あった!」


「大尉殿、父親役もだいぶ板についてきましたね。ついこの間も『大人になったら結婚する』って、むきになっていましたよ。この際だから養女にしてはどうですか? それとも奥さんですか?」


 …………勘弁してくれよ。


 口に出して言いたかったが、ウゥーとうなるホエルンを見てやめた。たとえ鬼教官であろうとも、否定するようなことは聞かせたくない。俺は女の子には優しいのだ。


 それから幼女と化したホエルンのトイレをすませてから、みんなに指示を出した。

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