第162.5話 枢機卿



 ロレーヌさんから、新しい教会に枢機卿が訪ねてきていると聞いたので会うことにした。

 なんでも星方教会のお偉いさんで、なかなか会えない大物らしい。

 片付けておきたいことはまだ残っているものの、枢機卿に会うチャンスはいましかない。

 すべての予定をキャンセルして、顔合わせだけでもすることにした。

 人づきあいは大事。それもお偉いさんは特に。


 そんな下心もあって会ってみたのだが…………。


「ですから私は平和的にこの問題に対処しようと足を運んだ所存なのです」


 世の中を知らないのであろう。まだ三十代になったばかりとおぼしき枢機卿――ラクシャヴィッツは声高にマキナとの和平交渉を勧めてきた。


 やたらせわしく片眼鏡モノクルをいじくり、ツーサイドの長髪を撫でつけている。

 枢機卿は星方教会で上から二番目の役職だと聞いている。それなのに威厳は欠片もなく、そわそわと落ち着きがない。

 おおかた王都にある教会――任地を放り出した責任逃れのために飛びまわっているのだろう。

 情けない男だ。


「お気持ちは察します。ですが、マキナ聖王国は自ら戦争を引き起こし、いまだ王都に陣取っている。王族をしいるだけではなく、武力をもってベルーガを制圧している。人道的な占領であれば交渉の余地もあったでしょうけど、信仰を盾に田畑を焼き、ベルーガの国民をみだりに殺しまわった。これらは周知の事実です。それをいまさら交渉だなんて、王族はもとより貴族や民も許しませんよ」


「ですが、争いからは何も生まれません。スレイド伯もご存じでしょう?」


「知っています。でも人々のすさんだ心はどうしようもないところにまで来ています」


「だからこそ争いはけるべきなのです。いまからでも遅くはありません。私が話し合いの場をもちますから、停戦・講和を考えるようアデル陛下にお口添え願えませんか?」


 魂胆こんたんが読めてきた。

 俺をダシにして、争いをとめようと考えているのだろう。

 しかし、マキナの聖王が自ら兵をおこすくらいだ。あっちはベルーガを滅ぼす気でいる。


 やっとマキナ聖王国を追い払ったのに、肝心の王都を目の前に停戦とは……おめでたい。


「それほどの熱意があるのであれば、直に陛下とお話ししては?」


「それができれば苦労はないのですッ!」


 つくづくおめでたい。最初に訪ねてくれば対応はちがったが、陛下が駄目なら俺というのはいただけない。失礼にもほどがある。

 とはいえ星方教会の枢機卿。怒鳴りつけるわけにもいかない。


 揚げ足を取るようで大人げないが、本音を言う。

「マキナ聖王国にも大聖堂があるのでしょう。戦場で多くの聖堂騎士、聖騎士を見ました。彼らを指揮している枢機卿もいるとか……。平和を声高にかかげるのであれば、なぜベルーガへの侵攻を許したのですか?」


「そ、それは……マキナの大聖堂を任されているロウェナ枢機卿が独断で……」


「いまはマキナの枢機卿の話をしていません。星方教会はなんですか?」


 のらりくらりと逃げるので、語気を強めて問い詰めた。


「わ、我々を疑っているのですか! 平和のために心を砕いているのに……心外ですなッ!」


「心外も何も、現に聖堂騎士が戦いの場にいるじゃないですか。これを星方教会の暴力と言わずなんと言えばいいのですか! お答えください!」


「…………」


 ついカッとなって怒鳴ってしまった。

 萎縮したのかラクシャヴィッツは身を縮めて、こっちを見ている。


「取り乱して申しわけありません。ですが、俺に限らずベルーガの臣民はみな同じことを思っていますよ」


「だからこそ、仲介として私が……」


 喋っている途中だったが、にらみつける。


「…………すみません。ですが、戦いにおいて一方的な虐殺ぎゃくさつはおやめください」


「一方的な虐殺を仕掛けて来たのは向こうです」


「スレイド伯のお怒りはごもっとも。しかしですね、彼らにも家族がいるんですよ。その辺も考慮こうりょして、なんとかご慈悲を」


「それくらいわかっています。捕虜に関しては非人道的な扱いはしません」


「…………戦いは避けられないのですね」


「ええ、ここに至ってはどうにもなりません。マキナもベルーガも多くの血を流しすぎた。俺もどうにかしたいんですけどね。こればっかりは」


 ラクシャヴィッツは大きく肩を落としながらも、細い声で言った。

「ベルーガの王都、南部、すべての国土を返還する……という話でもでしょうか?」

 実質的な手打ちだ。

 俺的にはアリな講和条件だが、王族は認めないだろう。なんせ身内を殺されたのだから。


 しかし民のことを考えるならば…………。いやカーラが猛反対するに決まっている。王族の誇りや威厳を人一倍気にかける女だ。王都奪還が可能性を帯びてきたいま、是が非でも奪い返すだろう。それに民の怒りもまだ鎮まっていない。

 結局のところ、両国の衝突は避けられないのだ。


 宇宙軍としての見解ならば中立一択だ。しかし、いまの俺たちはこの惑星の住人。帝室令嬢の樹立した臨時政府の飼い犬だ。

 そんなわけでベルーガの居候いそうろうである俺たちとしては戦わなければならない。


 結局、どこへ行っても軍人稼業かぎょう

 平和な暮らしを求めているのに、なんでこうも難しいのだろう。ほとほと嫌になる。


「政治はあまり詳しくないので、一度、宰相閣下にお会いしてみては? なんでも星方教会の方から〝使徒〟様と呼ばれているそうですから」


「おおッ! その手があったか! それがいい、その手でいこう!」


 度しがたい馬鹿である。俺なんかよりエレナ事務官のほうが断然手強いのに。


 コイツ詰んだな。


 頼りになる帝室令嬢だ。俺に代わって完膚なきまで論破してくれるだろう。

 これ以上枢機卿と長話したくないので、エレナ事務官への紹介状をしたため、手渡す。


「これは?」


「宰相閣下への紹介状です。これで謁見えっけんかなうはず」


「ありがたい! 感謝しますぞスレイド伯」


 営業用スマイルで、はやく出ていけと目でうながす。

「これは私としたことが忘れていました。争いをとめるべく尽力してくれたのですから、それ相応のお礼を差し上げたいので、生憎と持ち合わせておりません。ですから称号を授けたいと思います」


「称号?」


「はい、星方教会における称号です。〝神の僕〟の称号をスレイド伯に授けましょう。さ、頭を垂れて」


 言われるがままに、頭を垂れる。

 無防備な頭をぐっと押さえられて、それでお終い。


「あのう、これで終わりですか?」


「ええ、終わりです。ああ、ちゃんと称号を与えられたか心配なのですね。問題ありません。聖地イデアへ戻り次第、教皇猊下げいかにご報告します。ロレーヌ司教にも伝えておきますから」


「あ、ありがとうございます。あと、称号とは一体?」


「称号を知らないのですか?」


 細かい説明を聞く時間がなかったので、教皇と枢機卿が授けることのできる称号だと簡単に教えてもらった。

 なんでも貢献こうけんが認められるともらえる肩書きらしい。まるでポイント会員のランクみたいな感じだ。


 ありがたいのか、ただの飾りか、神の僕という称号をいただいて話は終わった。


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