第163話 引き継ぎ 改訂2024/06/11



 支援すると約束した以上はベストを尽くすつもりだ。


 採算度外視さいさんどがいしで教会を建てることにした。その日のうちに、ガンダラクシャで見たのと同じくらいの規模の教会の図面を引いて、俺自ら基礎工事をやった。


 コンクリの地盤は頑丈で、そこに型枠と鉄筋を組んで別のコンクリートを流す。一階部分は完成した。二階部分はコンクリートが固まってからだ。二階部分が完成したらあとは大工の仕事だ。

 作業を見学してたジェイクにあとを任せても大丈夫だろう。

 教会が完成するまでは、俺の造ったスキーマ様のご神体には専用の部屋で待機してもらおう。敬う心は大事。


 後任への引き継ぎをすませたことだし、出立の準備を進めよう。

 西へ連れて行くのは、俺の鍛えたスレイド隊の精鋭、八〇〇のうちから三〇〇を連れていくことにした。残り五〇〇の兵には西への足がかりとなる砦を建てて守るように指示している。治安維持と後々の補給のことを考えての配置だ。


 連れていくのはラッキー、マウス、ガンス、シンとロンの小隊長たち。スレイド隊設立から行動をともにしている部下たちだ。


 部隊の選別をすませ出立の準備が終わった頃になって、エレナ事務官からの使者が来た。

「アデル陛下からの勅命である。スレイド侯はただちに西部――マーフォーク地方を治めるスタインベック辺境伯の領地へ向かうように。子細についてはエレナ閣下より書簡を預かっている。受け取られるがよい」


「勅命、つつしんでうけたまわります」


 この惑星に降り立って一年半が過ぎようとしている。忘れかけていた軍人としての任務がついにやってきた。野戦築城や野盗狩りとはちがう、正式な軍事行動だ。


 マーフォーク地方へティーレの妹を迎えに行くお遣いだが、激戦区の近くだという。敵との遭遇そうぐうが予想される危険な任務だ。おまけにエレナ事務官からの調査任務も帯びている。失敗は許されない。


 隊員たちにいままで以上の稽古をつけて随行ずいこう者をつのった。何人か辞退する者がいるだろうと思っていたが、まさかの全員志願。お遊びでないので随行者を厳選した。

 

シンとロンは心もとないが、貴重な事務処理係だ。二人にはガンダラクシャまでの旅で世話になった。功績を立てさせて楽に仕事に就いてもらいたい。


「ワシら戦いにはそれほど自信はおまへんけど、大丈夫ですか?」

「せや、俺ら戦いになったら足手まといになるかもしれませんよ」


「大丈夫だ、後ろで指揮してくれればいい。それに危険があったらまっ先に逃げてもいいぞ、そのための伝令役なんだからな」


「ラスティはん、ありがとうございます」

「よかったなロン、俺ら死なんですむでッ!」

「コラッ、そんなこと言うたらアカンでシン。はよ、ラスティはんに謝らんかいッ!」

「うへぇ、すんません。つい口が滑ってもうて……」


「それくらい慎重なくらいでいいんだよ。なんてったって伝令は生きて報告するのが仕事だからな」


「ホンマ、ありがとうございます」

「俺ら頑張ります」

 お調子者の二人も納得してくれたようだ。


 広場で出立前の最終確認をすませる。

 城を守る責任者たちがそろって挨拶あいさつに来た。ちなみにマクベインは義足の調整で参加は見送りだ。


「ラスティ様、私も同行してよろしいでしょうか?」


「駄目だ。マリンには俺の代役を頼みたい。これはもっとも信頼できる君にしか頼めない。近くで守ることはできないけど、いまから向かう場所は、俺にも君にも初めての場所だ。不測の事態が起こった場合、マリンを庇いながらより、一人のほうが動きやすい。だから、ここにいたほうが安全だ。なぁに行って帰ってくるだけの仕事だよ」


「…………ここも安全とは言い切れませんが」


「そういうときのことを見越して頑丈に造ってある。それにマクベインや工房のみんなもいるし、新兵器も用意してある。ベルーガの野戦基地より安全だぞ」


「そうですね。でしたらせめて護衛にクロとシロをおつけください」


「不要だ。彼女たちはマリンの護衛だ。万が一に備えてマリンの側にいてほしい」


「…………部下の方に行かせればいいのでは?」


「それはできない。エレナ閣下から直々のお達しだからね」


「わかりました。この城に残ります。その代わり留守を預かる褒美がほしいのですがよろしいでしょうか」


「俺にできる範囲なら約束しよう」


「絶対ですよ」


「みんなの前で嘘はつかないよ」


「嘘つきにならないためにも無事に帰ってきてください」


 マリンは腕を広げた。珍しいな、人前で包容ハグ強請ねだるなんて。恥ずかしいけど減るものじゃないし、いいか。


 黒髪金眼の少女を抱きしめてから、次だ。


「「閣下、ご武運を!」」


「ラスコー、アレク、城のことは任せたぞ。トベラ、マリン、形式上は二人に指揮権がある。しかし緊急の場合は、ラスコーとアレクの言葉に従うように。絶対とは言わないが、彼らの意見を聞いてから行動してくれ」


「「はいッ!」」


「ちゃんと公言した。いざというときは二人を頼ることになる。存分に働いてくれ」


「ご配慮、ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 ラスコーとアレクは短く言って、残りの人に配慮する。空気の読めるいい部下を持った。


 お次は工房組だが、自由奔放じゆうほんぽうにさせ過ぎたせいか、わいわいと俺を取り囲む。


「珍しい魔導書を見つけたらお土産に買ってきて」

「俺は珍しい酒だ」

「俺も酒でいい」


「言われなくてもわかってるよ。それよりも後続のスレイド領のみんなのこと、頼んだぞ」


「まっかせてー」

「おうよ」

「俺らが面倒見てやるぜ」


 不安は残るものの、気心の知れた連中だ。うまくやってくれるだろう。


 最後にジェイクとトベラなのだが、ここ数日慌ただしかったのか寝不足のようだ。目の下にくまができている。


「二人ともそう硬くなるな。ベテランのラスコーやアレク、マクベインがいる。困ったことがあったら彼らに相談しろ」


「「はい」」


 返事に元気がない。肩を叩いてシャキッとさせる。


「大丈夫、俺だって通った道だ。できる限りの指導はした。お前たちは優秀だ、だから無理せずに体力を温存しておけ。いざってときに疲れて動けませんじゃ、恥をかくからな」


「はいッ!」

「了解しましたッ!」


 元気な声が返ってきた。


「いい返事だ。それじゃみんな、留守は頼んだぞ」


「「「ご武運をッ!」」」


 殺風景な広場にやる気のある声がこだました。


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