第164話 Hello world①
先行させた部隊に建てさせた、組み立て式の
砦は小高い丘の上に建っており、見晴らしがいい。敵の目にもつくだろうが、それなりに広く造ってあるので見た目で
砦のなかに入ると、先発隊を任せていたバラクロフが慌てて駆けつけた。壮年の騎士だ。四十代前後だろう、
「閣下、簡易砦は完成しております。昼夜の作業を決行しましたので兵には休息を与えております」
言われて気づいた。そういえば砦のなかにいる兵士たちはみな楽な姿勢で寝転がっている。最低限の
「良い判断だ。最低限の歩哨さえ立たせていれば問題ないだろう。
「なるほど名案ですな」
「これといった戦いは起こらないはずだ。せっかくの機会だし、十分に英気を養ってくれ」
「はッ、ありがとううございます」
「必要な物があれば城へ連絡してくれ。近々、職人がやってくるから手配できるぞ」
「ひげ剃りもですか?」
「問題ない。そうだ、いまから必要な物資を書き出すので、ついでに手配するよう書いておこう」
「あ、ありがとうございますッ!」
綺麗好きな騎士なのだろう、簡易の入浴施設も送らせよう。清潔な職場づくりは大事。
物資補充の要望書をしたためて、それをバラクロフに手渡す。
「食糧は多めに送るよう書いてある。それと飲料水やシャワー設備の魔道具も手配する。悪いが要望書はそっちで送っておいてくれ」
「承知しました。では閣下に泊まって頂く天幕に案内します」
「それにはおよばない。このまま西を目指す」
「なんと! それほどの急務であるとはッ! 貴重なお時間を……失礼いたしましたッ!」
要望書のことを気にしているようだ。俺としては補給の中継基地に支障をきたされるほうが問題なので、この程度の道草は織り込みずみだ。
「いや、バラクロフが期待以上の働きをしてくれたおかげで安心して先へ進める。ラスコーの人選に従ってよかった」
「おお、ラスコー殿が」
「ああ、バラクロフを高く買っている。この任務が終わったら今後はさらに大きな隊を任せる。今回の任務はそれに向けての予行演習だ」
「かしこまりました。
「頼んだぞ」
「はッ!」
三つほど大きな山を越えると目的地なのだが、途中にある
十日ほど険しい山道を進むと、問題のパージした区画が見えてきた。こうして見るとかなり大きい。巨大な長方形の鉄の箱が、塩湖から一〇〇メートルほど出ている。俺のときとちがって、爆破されなかった運のいい区画だ。
スラスターの自動制御機能が働いていたのだろう。パージ区画に目立った損傷は見られない。それでも
中身は……問題なさそうだ。かなりの物資が望めるぞ。
床は直角九十度に傾いていて足場は悪そうだ。運び出すのにみんなの手を借りないとな。大勢で来てよかったよ。
用意していた舟と、
舟を
三〇人の人手と力自慢のガンスを連れてきたので、さっそく櫓製作にあたらせた。櫓が完成するまでの間、俺はパージ区画を外から一周。入る隙間がないか確認だ。
「人の入れる隙間がないな。ゲートも電源が落ちていて開かないな。これじゃ、制御回路をいじっても開けられない。困ったぞ」
――非常電源はどうでしょう? 端子に触れれば、あとはこちらで操作します――
頼りになる相棒がナイスなアドバイスをくれた。それでこそ相棒だ。
【端子の場所はわかるか?】
――区画共有の制御端子がどこかに…………ありました――
【ガイドを表示してくれ】
――了解しました――
ガイドに従い、端末を探す。
端末は二カ所、一つは塩の大地の下で、もう一つは三メートルほど上にある。
「掘った先から塩水が出てきたぞ。すぐに
上の端子からアクセスしよう。ガンスたちが組み立てている櫓を利用すれば可能だろう。
とりあえず自動扉の場所だけしらべておく。
【フェムト、自動扉の場所にマーカーを打ち込んでくれ】
――その必要はありません。ラスティの目の前にあります――
えッ!
よく見てみると、本当に目の前に自動扉があった。乗員経験があるのに恥ずかしい。
【端子から制御可能な自動扉だけど、これでいいのか?】
――問題ありません。区画の制御システムにアクセスできればすべての
【システムのセキュリティロックは?】
――緊急事態でパージされたのですから、ロックはかかってないと推測されます――
【だったら、制御扉の解放前に内部をチェックしてくれ。いないとは思うがZOCがいたら大変なことになる】
――了解しました。最優先でチェックします――
【頼んだぞ】
パージ区画についての調査手順を確認し終えるといい具合に櫓が完成した。
足下が安定しないので兵士たちに櫓の脚を支えてもらおう。ガイドに従って、端子のすぐ下に櫓を移動して、
「しっかり押さえていてくれよ、いまからしらべてくるからな」
「はいッ!」
気合の入った兵士の声を背に、櫓に登る。ちょうどいい高さだ。
外郭の一部をたたき壊して、端子を剥き出しにする。雑なやり方だが、問題はないだろう。
端子に指を押しつけて、あとはフェムトにお任せだ。
ものの一〇分としない間に、朗報が届いた。
――非常用電源作動確認。………………システム復旧完了。これよりアクセスを開始します――
ここからは速かった。
ZOCは着陸の衝撃で再起不能になっており、動きだす可能性は限りなくゼロだと報告される。それにパージされた区画だが、コールドスリープ区画だと判明した。俺がいた区画とは別の区画だ。
生存者がいるかもしれないッ!
電源が落ちてから時間がかなり経っている。望みは少ないが生存者がいないか確認させた。
――三割が待機モードで稼働しています。バッテリー残量がわずかなので早急な蘇生をお勧めします――
三割。ブラッドノア規模のコールドスリープ区画ともなれば、一区画に千人はいるはずだ。その三割は大きい。
【クリッパーでコールドスリープカプセルを運び出せるか?】
――直角に傾いているので、アームに負荷がかかります。システムログにクリッパーの損傷記録もあります。使用不可能です――
【わかった、こっちでとりだす。生存者にマーカーを。わかりやすいように、カプセルの操作パネルにランプをつけてくれ】
――了解しました――
安全は確保された。生存者発見で浮かれている暇はない。急いで仲間を助けなければ!
陸地で待機させている部下を呼びに舟を出させた。残った人員で開いた自動扉にロープを垂らす。パージさらた区画はかなり塩湖に沈み込んでいた。高さにして三〇メートル。塩の大地から突き出た機体からすれば全体の二割ほどだ。
「命令があるまで総員待機。俺が先に行って確かめてくる」
「了解しました」
部下が下手に装置をいじくって大変なことになったら元も子もない。まずは一人でしらべよう。部下にはあとの力仕事を任せればいい。
俺は先頭切って区画に入った。ロープを伝って一気に底まで降りる。
ここで、宇宙軍の仲間の外部野が役立つ。ブラッドノアで俺を蘇生してくれた女性士官アマニの外部野だ。
【フェムト、アマニのデータから蘇生手順を指示してくれ】
――アマニのコードでアクセスすれば蘇生が開始されます――
【全部やれッ!】
――システムがダウンしますがよろしいですか?――
【ダウンしない範囲でやれ】
――優先順位は?――
【おまえに一任する】
――了解しました――
やるべきことはやった。あとは結果待ちだ。
マーカーの打たれた手近なコールドスリープカプセルに歩み寄り、眠っている仲間の様子を見る。
「あッ!」
存在してはならぬ物を発見してしまった。
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