第198話 謎ミルク……の謎②



 部屋に戻って、日課となった書類仕事を片付ける。


 ほどなくして食事が届けられた。運んできたのは厨房の者ではない、例のメイドたちだ。

 緑髪緑眼の色白メイドのフローラ。そして、褐色肌が目を惹く、黒髪金眼のミスティ。どちらも美人だ。エクタナビアの華といえる。

 問題も解決したので、二人は離れると思っていたのだが……。


「ん? 私の監視は終わったのではないのかね?」


「カリエッテ様から今日付けでエスペランザ様専属になるよ命じられましたので」


「本日からエスペランザ様付きになりました」


「大丈夫か。君らはカリエッテの優秀な部下だろう。それも二人も抜けたとあっては」


「問題ありません。ロドリアの一族はまだおりますので」


「後進が育っているので、経験を積ませるようです。私たちはエスペランザ様のもとで謀略をみがけと仰せつかっております」


 なるほど、この二人を育てろということか。これといった仕事もないし、人材育成を手掛けるのも悪くない。見所のある娘たちだ、目覚ましい成長を遂げるだろう。


 宇宙軍でも同じようなことをしてきた。あのときは上官に急かされ、中途半端なまま戦場に送り出してしまった。アレは数少ない後悔の一つだ。いや、人生の汚点と呼んでもいい。

 今度はそうならないよう心がけよう。


「エスペランザ様、ご所望のが手に入りましたので召し上がりください」


「すまないね」


 本音を言うと、骨折が治ったので牛乳による栄養分はさほど必要ないのだが、せっかく用意してくれたのだ。ここは頂くとしよう。


 用意してくれた牛乳を口に含む。


 ん? いままで飲んできたミルクに比べて味が薄い。悪くはないが、濃厚なあの味に慣れてしまったいまとなっては物足りない。なんと表現すれば良いのだろうか、滋味豊かというか、身体に染み渡るというか……。


「すまない。以前、飲んでいたミルクは……」


 グロテスクな生き物から絞ったミルクではないだろうな。いや、あの味に慣れてしまった以上、ただの牛乳には戻れない。魔物のミルクという可能性もあるが、魔物は惑星地球に生息している生物に似ている。既知の生物だ、多少のグロさは許容できるだろう。

 この際だ、ミルクの正体をたしかめよう。


「あれはなんのミルクだったのかね?」


 フローラはポーカーフェイスで黙り込み、ミスティはうつむいた。


「あれはミスティが用意した魔乳です」


「魔乳?」


 魔物のミルクで正解のようだ。


「はい、魔力が豊富に含まれていて地域によっては手に入りにくい代物です」


「それほど貴重なものだったのか。そんな高価なものを頂いていたとは」


「必要であれば、今度も用意させましょうか?」


 メイドらしく振る舞うフローラ。その横にいるミスティは俯いたままだ。あまり城で会わなかったのは、未熟なメイドだったのだろう。一人前のメイドと呼ぶにはまだはやいな。


「いや、いい。君らを雇うとなればそれなりの給金を支払わなければならない。無駄な支出は避けたい」


「ご安心を、給金はいりません」


「君らが良くても、私が嫌なのだ。君たちは若いし美人だ。ドレスや装飾品で着飾りたい年頃だろう。贅沢ぜいたくしろとは言わないが、せめてよそ行きの衣装くらいは買い揃えられる収入を保証したい」


 メイド二人は顔を見合わせると、

「「畏まりました」」

 と根負けしたように頭を下げた。


 私のことを甲斐性無しとでも思っていたのだろうか?

 酷く不愉快な気持ちになった。しかし、このようなことで目くじらを立てていては貴族は務まらない。


 話をミルクに戻す。魔物のミルクならば、スレイド大尉かリブラスルス曹長に捕まえさせればいい。それで丸く収まる。


「ところで、あのミルクはどんな魔物から絞ったのかね。後学のために教えてくれないか」


 用意してくれたミスティ嬢を見る。


「あれは、私…………その……絞った……」

 歯切れの悪い解答だ。


 魔物からミルクを絞るのは重労働なのだろうか? それとも嫌がるような仕事なのだろうか?


 はっきりしない魔族メイドを無視して、フローラに問いかける。


「君もあのミルクのことを知っているのだろう。あれはどんな魔物から絞ったものかね?」


 気のせいか、フローラの眉間に皺が寄ったような……。


「あれは魔物のミルクではございません。あふれた魔力です」


「その説明はさっき聞いた。で、どのような魔物なんだ?」


「ですから、さっきから申し上げているではありませんか。魔物ではないとッ!」


 話が見えない。


ではないのか? たしかあの生き物は魔力を蓄える魔石を身体に内包していると聞いているが」


「魔物は体内の魔石に魔力を蓄えます。ですが魔石を身に宿していない者は、過度な魔力を絞り出すのです」


「待ってくれ、少し考える時間がほしい」


 魔石を身に宿していない者? まるで人間から絞ったような物言いだ。もしかして……。


「ミスティの物なのか?」


「…………」


 フローラが目を細めた。冷ややかな目だ。私のことを汚物かそれ以下のけがらわしい存在だと思っているのだろう。そんな感じのする目だ。


「ではフローラ?」


「ちがいます。ミスティであっています」


「彼女は人妻なのかね?」


 フローラの目が吊り上がった。こめかみに血管が浮かびあがり、顔が赤く染まる。どうやら怒らせてしまったようだ。しかし、なぜ怒るのだろう? ああ、そうか、セクハラ発言か。悪いことをしたな。

 でも怒るくらいなら最初から全部話してくれればよかったのに、これだから女という生き物は……。


「すまない、そういうことで言ったのではない。気に障ったのなら謝る」


「人妻という発言を撤回してください。ミスティは未婚です」


「人妻という発言は撤回する。悪き気はなかったとはいえ失礼をした。この通り謝る。本当にすまない」


 面倒だが、土下座した。女という生き物の恐ろしさは身をもって知っている。だから、こちらが悪くなくても謝ることにした。


 ミルクの謎は解けたが、新たな疑問が浮上する。普通、ミルクが出てくるのは子供ができてからだろう。


 この惑星の生物は謎が多い。

 今後は宇宙の常識で物事を考えるのはよそう。


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