第197話 謎ミルク……の謎①



 ビクノ伯を捕縛ほばくして数日。


 強欲ごうよく買爵ばいしゃく貴族は獄中ごくちゅうで死んだ。殺されたのだ。


 そうなることは薄々わかっていた。なので、一部始終を録画していた。

 リブラスルス曹長の持っていた、観測用の小型カメラでだ。

 宇宙軍仕様のそれは電気エネルギーで動く。魔力とは異なるエネルギーだ。だからなのか魔力探知なる魔法でも存在を確認できない。

 それをスタインベック領で検証していたからこそ、ビクノをエサにした。


 会話を確認すると、ツッペなる裏切り者の存在が浮上した。


 追撃戦から戻ってきたカリエッテに聞くと、

「あの小僧のやりそうな手だね」


「それにしては指示がお粗末だったな。成功させる気はなかったのだろう」


「そうでもないさ。欲に目のくらんだビクノが先走ったんだろう。あの小男の考えそうなことだよ。碌な手駒がなかったのが、ツッペの敗因だね」


「なるほど、ではツッペなる裏切り者の元帥はさらに手強いと」


「認めたくはないけど、そうなるね。しゃくさわる小僧さ」


 追撃戦は大勝利だったようで、カリエッテは上機嫌だ。この際だ、いろいろねじ込んでおこう。


「いくつか頼みがある」


「なんだい?」


「身の回りの世話をしてくれる者を雇いたい。そうだな、とりあえず二人ほど。それと形だけの爵位がほしい。この国では平民扱いなのでね、いろいろと不便がある。あとは国王陛下の元へ一度戻るのだが、護衛の兵を五〇〇人ほどつけてもらいたい」


「世話をする者と、形だけの爵位はわかるけど、なんで護衛に五〇〇人も必要なんだい? 敵地を行くわけじゃあるまいし」


「ここに来るまでに精鋭部隊が一つつぶされた。エクタナビアからベルーガの野戦基地の間でだ」


「! マキナはそこまで兵を進めているのかいッ!」


「いやマキナ聖王国の兵ではない。推測だが、腕の立つ暗殺者集団だと思われる。ベルーガの王族が暗殺されかけたらしいからな、その繋がりだろう」


 この情報は嘘だ。同じ宇宙軍の兵士に殺された。仲間同士の殺しあいだ。


 ここで真実を明かすと、まずい結果になるのは明白。バレていないので未知の敵で通そう。


「わかった、護衛の兵をつける。千だ。万が一に備えておきたいからね」


「助かる」


「いいってことさ、こっちはほとんど無傷だったからね。それぐらいの余裕はあるよ。それでいつ発つんだい?」


「スレイド伯が戻ってきてからだ」


「戻る? 変な言い草だね」


「変ではない。カリエッテ女史が散々に撃ち破った連中を、今頃叩いているはずだろう」


「……ああ、そう言っていたね。だけど、そのスレイド伯とやらはどこにもいなかったよ」


「当然だ。退却を始めてすぐには警戒を解かないだろう。目的地への道半ばを越えたくらいに仕掛けるように指示している。間違いなく、そっちも快勝だろう」


「……追っ手を振りきって安心したところを狙うのかい。エグいことを考えるね」


「否定はしない。しかし、これで王都へ逃げ帰る兵はあらかた無力化できるだろう。恐怖を味わっての壊走かいそうだ、立て直しはほぼ無理とみて間違いない。散々に打ち破ったのだ。上手くいけば、合流した連中に恐怖が伝播して士気を下げてくれるだろう」


「そうかい。なら心配ないね。それとアタシからもお願いだ」


「待ってくれ、私は元帥の願いを叶えられるほど万能ではないぞ。それに地位も権力もない。ただの雇われだ」


「いいや、アンタには知恵がある」


「評価してくれるのはやぶさかではないが、できることは限られている。可能な限りの願いにしてもらいたい」


「交渉成立とみていいね。じゃあ本題だ。願いは二つ。アタシの可愛い子供たちに家督を継がせたい。それと、遠くない未来この地に敵が来る。それを退ける知恵を貸しておくれ」


「敵か……地理的に考えると、ランズベリーという国か?」


「そうだ。あそこの連中は頭が硬いからね。攻めるとすればここエクタナビアか星方教会の聖地イデアだろう。教会の支配地の広はしれている。攻めるならエクタナビア一択だね。ここには奴らの欲しがる鉱山もある」


「知恵くらいならば貸そう。成功する保証はないがね」


「それでいい。知恵さえあればなんとかなる」


「それで家督の話だが……血縁者か?」


「ロドリアの一族だ。アンタが口添えしてくれるのならば問題ない」


 普通の者ならば納得するだろうが、質問の答えになっていない。あらためて問う。


「確認だ、?」


「まったく、察しの良すぎる男だね」


「繋がりは無いのだな」


「血は繋がっていない。アタシたち夫婦は子宝に恵まれなかったからね。旦那が、孤児やら浮浪児やらを拾ってくるから育てていたのさ。だからと言っちゃなんだけど、子供は多い。どれも大切な子供だ。そこから一人は選べない。だから一族に〝家〟を残してやりたい」


 なんとなく気持ちはわかる。軍人として兵を率いていたのだ。多くの部下を亡くしたのだろう。当然、親を亡くして路頭に迷う子供たちもいたはず。その子らを養っていた。そんなところか……。

 兵士を死地しちへ赴かせておいて、その遺児いじを養う。矛盾する行為だ。しかし、兵を率いる者ならば何度か考えることだろう。多くの者は自分を偽り現実から目を背けるが、カリエッテには難しい生き方だったようだ。


「確約はできない。だが善処はする。いずれ私も通る道だ、予行演習がてら頑張ってみよう」


「ありがたい」


 老女は深々と頭を下げると、比較的綺麗な羊皮紙をテーブルに滑らした。

 爵位を保証する書類らしい。それが二枚。私とリブラスルスの分だ。どちらも子爵。


 スレイド大尉はツェリなる元帥に大金貨一〇〇枚を積んで辺境伯になったと聞く。それを考えれば、二人揃って爵位をもらえるとは破格の褒美だろう。


 しかし、遺憾だ。部下と同等に扱われるとは……。


 だが、まあ、一国の王女と恋仲になるのであればこれくらいは必要だろう。大人な私は不満をぐっとこらえた。


「リブラスルスへの爵位は私が嘆願したことにしておいてくれないか」


「なぜだい? あの坊やも十分以上に働いただろう?」


「将来、ランズベリーと衝突した際に働いてもらう予定だ。貸しをつくっていたほうがいい。あいつは扱いづらいからな」


「アンタがそう言うのならそうしておくよ。その代わり、適当に褒美を出しておくよ。アンタより多いかもしれないけど我慢しておくれ」


「その辺は安心してくれ。私はビクノのような業突ごうつく張りではないからな」


「メイドの件はあとで遣いを寄越す。しつけの行き届いたどこに出してもずかしくないメイドだ。保証するよ」


「それはありがたい。では、昼食がまだなので、この辺で失礼する」


「ああ、アタシの願い、ちゃんと聞き届けておくれよ」


「可能な限りやるつもりだ。約束しよう」


「頼んだよ」


 用件もすんだので、遅めの昼食をとることにした。兵舎にあてがわれた一室へ向かう。

 途中、厨房に立ち寄り、食事を部屋に届けるよう頼んだ。



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