第196話 楽な仕事②



「王女殿下、ビクノ伯もこのように申しているのです。怪しい点もありませんでしたし、今日はこれくらいでよろしいかと」


「! 何を言い出すのですか、エスペランザ様」


 王女だけにとどまらず、この部屋にいる友軍はみな驚きを顔に出している。この展開は話していなかったので当然の反応だ。


 おもむろに立ちあがる。

「殿下、しばし時間を頂けないでしょうか?」


「…………」

 事前説明したシナリオには無い展開に、若い王女様はご立腹だ。引き結んだ唇を波打たせて、不満を露にしている。ちらりとリブラスルスに目をやり、反応を確かめている。


 鈍感なリブラスルスは呑気な顔をしている。それを見て、諦めたのか、

「用件があるのなら手早く」


「殿下の許しも出たことですし、ビクノ伯、少しよろしいか?」


 部屋を出るよう目配せする。


「……かまいませんが」


 叩きのめす敵とともに廊下へ出る。


 きちんとドアを閉めてから、廊下に人がいないか確認する。

「話とは一体?」


「殿下はああいう気性なので供をするのも大変なのだよ」


「……エスペランザ殿も大変でございますな」


「ええ。この場は便と思っているのだが、最近、家内が欲しい物があるとうるさくてね。とある男爵家の夫人に立派な装飾品を見せられてご機嫌ななめなのだよ」


「でしたら首飾りなどは如何でしょうか? ギルドに良い品が入ったとお聞きします」


「そちらで手配してもらってもいいのだが、面倒事はけたい」


 周囲を気にしながら、ビクノに背を向ける。さりげなく腰のあたりで手の平を上にした。さそうように上下に揺らす。


「左様でございますな。お互いに面倒事は」

 手の平に、何か握らされた。


 AIにスキャンさせると、紙に包まれているのは小金貨だと判明した。それが五枚。まずまずの額だ。王族に対する口止め料とみていいだろう。

「これは手付けです。残りはいずれ……今度ともを」


「ああ、良い付き合いを」


 応接室に戻ると、私は握らされた賄賂わいろをテーブルにぶちまけた。紙の戒めから解かれた小金貨がテーブルを転がる。


 私の行為に、友軍は意図を見いだせないようだ。まったく手間のかかる連中だ。仕方ないレクチャーしてやろう。


「ビクノ伯に買収されかけた。ベルーガの国法に則るならば、だったな」


「そんなっ、言いがかりだッ!」


。屋敷を検めさせてもらおうか」


 もちろん嘘だ。外に兵はいない。が、とっさのことでビクノがどう行動くか、見物だ。


「事ここに至っては仕方ない。者ども出会えッ!」


 ビクノがえると、それに続いて馬鹿でかい絵画が破られた。奥から黒装束の者たちが続々とあらわれる。

 秘密部屋への通路を隠すための絵画だったのか。趣味が悪いのではなかったらしい。となると贋作がんさくか……。

 新たな捕縛理由ができた。


「また暗殺者かよ……」


「王女を襲った連中とは一味ちがうぞ。おまえたちの目の前にいるのは、〝底無しの奈落ボトムレスピット〟の幹部なのだからな」


「私を襲った闇ギルドのッ!」

 そうかもしれない、と楽観的に予想していたが、まさかこんなありふれたお粗末な結果になるとは。


 私としては、難解に絡み合った糸を解いていく作業を楽しみにしていたのに、残念だ。


「リブラスルス曹長、あとは任せたぞ」


「ちょっ、准将、敵が多すぎるぜ。手持ちじゃ足りない」


うるわしの姫君の前だ。多少の無理は押し通せ」


「なんだよ、その言い草は。それじゃあまるで、気があるみたいじゃないかッ!」


「苦情はあとにしてくれ、コーヒーが冷める」


 部下に敵の掃討を命じて、私は遅めのコーヒーブレイク。


 宇宙軍の――とりわけ連邦で名高い精兵レンジャーならば、これぐらいは容易たやすいだろう。


「…………」


 リブラスルスは唇をひん曲げて、自前の武器を取り出した。

 真珠しんじゅほどの金属のたまだ。

 それを両手に握り、撃ち出す。


 ナノマシンで強化された肉体から解き放たれる指弾。

 風切り音を奏で、暗殺者たちを次々と倒していく。メイドたちは各々隠し持っていた武器で応戦し、王女殿下は魔法で対抗した。


 コーヒーを楽しむ優雅ゆうがなひとときに、場違いなBGMが流れる。


 戦場あるあるだ。この程度の事態でビクついていては宇宙軍の士官は務まらない。艦のけたたましい警報音に比べれば些末さまつなものだ。あれは放っておくと死に直結するからな。


 BGMのボリュームが落ちてきたところで、事前にマーカーを打ち込んでいたビクノ伯を追うことにした。


「准将、どこ行くんですかッ?」


「野暮用だ、すぐに戻る」


 廊下に出て、衝撃棍ショックスタッフを手にとる。耳障りだが、強化された音響を廊下に走らせた。


【フェムト、ビクノは?】


――このフロアの廊下にはいません――


【開いているドアは?】


――ありますが、内部に動体反応はありません――


 衝撃棍を伸ばして、床を突き破る。

 階下に音響を走らせた。


【下は?】


――ドアの開いている部屋に反応があります…………反応消えました――


【外へ逃げたのか?】


――音波の反響から推測するに、地下がある模様です――


 床を衝撃波で破壊して、最短ルートで階下へ降りる。

 反応の消えた部屋に行くと、スライドさせた書棚の奥に隠し階段があった。

 なかなか用意周到な買爵貴族様だ。楽しませてくれる。


 待ち伏せがいないかスキャンしてから地下へ降りる。


 薄暗い道を進むと、ドアにぶち当たった。木製だ。

 衝撃波で破壊する。


 なかにビクノがいた。


 奥にある鉄格子の前で立ち止まっている。どうやら逃げるのに手間取っているようだ。錠前に鍵を差し込んでガチャガチャやっている。


「ヒッ! あの怠け者ども錠前を替えろと命じたのに、錆びたままにしておくとはッ! 計画は完璧だったのに、クソッ、クソォー!!」

 どこが完璧なのだろうか……。突っ込みたくなったが、馬鹿が移りそうなのでやめた。


 代わりに衝撃波を撃ち込む。


「ぐほぉあッ!」


 ノビたビクノを衝撃棍でつつく。動きはない。

 念のためビクノを踏んだ。二度踏んだ。間違いなく気絶している。


 いろいろとハプニングはあったが、おおむね想定の範囲内だ。あとで法律について教えてくれた御者に褒美をやろう。


 しかし、こうも上手くことが運ぶとは、実に気分がいい。

 勝利の美酒はさぞかし美味いだろう。

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