第195話 楽な仕事①



 エキサイティングな馬車の揺れに耐えながら、ビクノなる買爵貴族ビクノのもとへ向かう。


 要塞都市エクタナビアの移動は骨の折れるものだった。

 山の斜面しゃめんけずって整地された都市は、段になって形成されている。岩盤をくり抜いた地下部分もあるが、馬車での行き来は地上を通るしかない。


 警戒態勢をとっているので段を下るたびに検問で身元確認を求められる。

 実に非効率な警備態勢だ。カリエッテのメイドがいるおかげで、手続きは楽だが、検問に差し掛かるたびに馬車をとめるのは面倒だ。

 おかげで貴重な時間をドブに捨ててしまった。襲撃を避けるため地味な馬車を選んだつもりだが、それが仇になった。こんなことならば目立ってもいいのでカリエッテ――元帥の馬車に乗るべきだった。


 今後はこの惑星に交通事情も考慮せねば。惑星生活は覚えることが多い。最初の頃は楽しかったが、最近はうんざりしつつある。


 早急につかえる召し使いやメイドを雇う必要性が出てきた。となると先立つものが……ああ、やはり軍人を続けなければいけいなのか。


 今後のことについて、あれこれ考えている間にビクノ商会の会長――カデ・ビクノなる伯爵の邸宅が見えてきた。

 なかなか豪華な屋敷だ。私の仮住まいしている兵舎が三〇棟ほど建てられる敷地に、貴族特有の無駄に広い屋敷。狭小住宅ばかりのエクタナビアでこれはかなり凄い。

 ま、爵位だけなら帝国侯爵の私のほうが上だがね。


 ささやかな自慢を胸に、門へ向かう。


 御者が手の平ほどの金属板を掲げると、門番はすんなりと通してくれた。


 金属製を掲げるだけで身分証明になるとは、ザルなセキュリティだ。御者に尋ねる。

「質問してもいいか」


「なんでしょうか?」


「検問では出さなかったが、門番に見せていたそれはなんだね?」


「これはロドリア家の紋章です」


「近づいてあらためる様子はなかったが、偽物をつかわれることはないのか?」


「ありえないですね。国に登録した紋章のねつ造は貴族平民にかかわらず死罪ですから」

 紋章の登録、ねつ造は厳罰か……。まずまずのシステムだが、法律が整備されているのに検めないのはいただけないな。


「ありがとう、田舎者でそういうことにうといものでね。危うく、貴族様の前ではじをかくところだった」


「いえ、英雄様のお役に立てて光栄です」


 御者は恥ずかしそうに頭をいた。その態度をとるべきは私なのだが……。


 ついでなので、個人的な質問を御者に投げかけた。

「ところで……」


 法律のことだ。この惑星で生きていくのならば必要な知識だろう。スレイド大尉はその辺が抜けているので、知識を補強することにした。


「…………でよろしいですか?」


「ありがとう、とても助かったよ」


 屋敷の正面玄関に馬車をとめて、ここからは召し使いの案内だ。

 無駄に高価な品々で飾られた屋敷のなかを進み、豪華な応接室に通された。


 価値はわからないが、応接室にはさまざまな芸術品が飾られていた。テーブルの天板のように馬鹿でかい絵画。やたらと高さのある花瓶、両手をまわしきれない壺。金ぴかの剣と盾。なかでも目を引いたのは魔物とやらの剥製はくせいだ。太古の地球に存在したといわれる恐竜らしき爬虫はちゅう類の剥製はくせいだ。走竜ダッシュドラゴンと呼ぶらしい。かなり凶暴で、傷をつけずに狩るのが難しい魔物だと召し使いから説明を受けた。なんでもベルーガ東部から取り寄せたとか。


 どうでもいい情報なので記憶の片隅に追いやった。


 飲み物がきょうされ、応接室で待たされる。

 こういう無駄な時間をとらせるのも貴族らしい。


 王女殿下と二人のメイドが優雅な所作でのどうるおしている横で、リブががさつにコーヒーを飲んでいる。つくづく無粋ぶすいな部下だ。


 私はタバコを所望して、遅れて出されたそれを久しぶりに楽しんだ。


 考えごとをするときにはこれが一番だ。脳科学的には効率が落ちるらしいが、無駄なことを頭から追い払えるので常習している。


 煙が肺に染み渡ると、意識がクリアになるのを実感する。

 さて、問題のカデ・ビクノなる貴族をどうやって料理してやろうか?

 いくつか泣かせ方を考えているうちに、くだんの貴族がやってきた。


 小柄な男だ。卑屈ひくつそうな顔をして、貴族の威厳いげん微塵みじんも感じられない。商人らしく揉み手で愛想あいそ笑いを浮かべている。それに異様なほど腰が低い。

 なるほど、まさに買爵ばいしゃく貴族のかがみだな。


「これはこれはルセリア王女殿下、このようなところにお越し頂き、まことに光栄です」


「今日は、卿にいくつか問いただしたことがあって赴きました」


「問いただしたいこと? 一体なんのことでございましょう」


「文官の一人が、軍需物資の売買についてに落ちない点があると言っています。説明を頼めるかしら」


「どのようなことでしょうか?」


「ここ数ヶ月、ギルドやテブナン商会よりもそちらの商会から買い付けている量が多いのです。常々取り引きをしている商会ならばおかしくはないのですか、ビクノ商会とはいままでこれといった取り引きはなかったはず。それなのに、なぜこれほどまでの量を確保できたのですか?」


「それでしたら、なんら不思議はございません。特需とくじゅを見越して仕入れていたのですから。商人の勘というやつですよ」


「それはおかしいですね。ビクノ商会の倉庫の規模からして、平素の商いだけで倉庫はいっぱいのはずです。特需を見越していたとしても、倉庫すべてを軍需物資に充てるのは変な気がします」


「それは異な事を、商人ならば好機に財を賭けるは至極当然のこと。王女殿下の発想こそおかしいのでは? ああ、すみません。決して殿下をけなすつもりでは」


「そうですね。私は世間知らずです。ですが、こう思うのです。要塞都市に通じる交易路を塞がれて半年が過ぎようとしています。特需を見越していたのなら、それ以前から商品を仕入れていた話になります。エクタナビアには多くの商人がいます。それがここだけ、。おかしなことだと思いませんか? 一体どこから仕入れていたのでしょう?」


「商人には商人の伝手がございまして……」


「それにしては、納められた武具はどれも似た型だと。小口の取引であつめた代物でないのはたしか」


「型を揃えなければ高くは売れませんので、買い付けの際、その辺を徹底したのですよ」


 どれも筋は通っている。決定打となる証拠がない。

 ルセリア王女もなかなかだが、相手の方が一枚上手だ。

 そろそろ仕掛けるとするか……。


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