第194話 リハビリ



 くだんのビクノ商会へ向かうべく馬車を用意してもらった。


 なんでもビクノ商会は、ちいさいながら貴族様所有の店とあって格式を重んじるらしい。要するに貧乏人は来るなということだ。

 だから兵士も、エクタナビアに潜入していたぞくの捜査対象から外していた。暗殺者にとってこれ以上のねぐらはない。


 ともあれ相手は貴族。それも革新派に属している中堅どころ。踏み込むにはそれなりの準備が必要だ。


 なのである人物にご足労願うことにした。


「准将閣下、連れてきたぜ」


 部下のリブラスルスとは不釣り合いな令嬢――ルセリア王女殿下だ。


「エスペランザ様、私に用とは?」


「少しばかり殿下のご威光を拝借できないでしょうか?」


「それは必要なことなのですか」


「ええ、必要です。殿下の心の健康のためにも」


 私としたことがとんだ失態だ。この第三王女なる少女の情報をあつめるのを忘れていた。

 リブラスルスからはさとい少女だと聞いている。それに王族でもある。言葉の裏にある意味を読み取ってくれるはずだ。


 さて、謀略をともにするに値する存在か……。


 王女殿下は瞼を閉じて、しばし思案してから、

「心の健康とは……どのようなものなのでしょう?」


「健康を阻害そがいする悩みを取り除けば、ぐっすり眠れます。睡眠は美容にも健康にも必要」


「……よい提案ですね。いいでしょう、私の威光をお貸しします」


「ご期待に添える結果を出せるよう尽力します」


 聡明な王女殿下は身支度をしてから、同行してくれると約束してくれた。


 さすがの貴族様も王族の訪問は拒絶できないだろう。


 問題があるとすれば身支度だな。女性は長いというし……。


 王女殿下の用意がすむまで、出立の準備でもしておこう。


 用心のため腕の立つ護衛も必要だ。リブラスルスと魔族メイドのミスティ、フローラ、それに私だ。それとは別に正規の騎士も用意してもらった。十人からなる分隊だ。

 これだけいれば多少のことなら対処できる。なぁに、貴族といっても抱えている私兵の質などたかが知れている。問題は暗殺者だ。


 それすらも我々宇宙軍の軍人にとって脅威きょういにならないのだが……。


 出立までまだ時間はあるが殿下のおでだ。失礼のないよう馬車の前で待つことにした。


 時間きっかりにリブラスルスのエスコートでルセリア殿下がやってきた。

 王族に相応しい気品のあるドレスに着替えている。髪も頭の後ろでまとめ、金髪に映える宝石を散りばめた銀細工の髪留め。センスが良い。

 頭の回転が速いだけではなく、社交の場数も踏んでいるようだ。


 それと魔族メイドもだ。ミスティなるメイドこそ不鮮明な存在だと知り、少なからず驚いた。魔族という大層な名を冠する種族なので、もっといかめしい存在だと想像していたのだが、予想が外れてしまった。


 フローラ嬢が言うには、ミスティなるメイドが謎のミルクを手配してくれたとのこと。あとで礼を言っておこう。


 まずは今回の主役に挨拶だ。

「ルセリア殿下、ご協力ありがとうございます」


「お礼を言うのはこちらのほうです。エスペランザ様の助力のおかげで敵を追い払うことができました。この地を奪われてはベルーガの明日もままならなかったでしょう。新王陛下に代わって礼を言います。民を救ってくれてありがとう」


 じっくりと観察する。


 一五歳になったばかりの少女だと聞いているが、夢見がちな貴族令嬢にあるお花畑な感じはしない。人の上に立つ者特有の高慢こうまんさも無く、何より民のことを大切にしているようだ。しかし、ああいった世界の住人はどこか陰がありがちなのだが、この少女にはそれがない。よほど大切に育てられたのだろう。それでいて、現状について為政者の血族らしく把握している。控え目に見ても優秀だ。


 どこぞの馬鹿帝族に爪の垢を飲ませてやりたいものだ。


 ふと、スレイド大尉から聞いた存在を思い出す。事務方として、惑星調査に参加していた帝室令嬢だ。

 エレナ・スチュアート。彼女は数少ないまともな帝族だ。

 私同様、彼女もこの惑星にいるらしい。

 こんなことになるのなら、ブラッドノアでの顔合わせのときにもっと観察しておけばよかったな。


 過去を悔いても仕方ない。目の前の仕事を片付けよう。

 いくら華々しく活躍しても、事後処理が雑では話にならない。この勝利をより際立たせるためにも、面倒な輩には舞台から降りてもらおう。


 まずは王女殿下をエスコートして、馬車に乗ろう。四人乗りの馬車なので、リブラスルスには御者席にいってもらおうと思っていたのだが、

「俺も馬車に乗るのか?」


「当然です。リブは私の護衛なのですから」


「メイド二人も乗っているし、これじゃエスペランザ准将が乗れないぞ?」


「ではどちらかに御者席へ行ってもらいましょう。ロドリア元帥のメイド二人も護衛だというし、見通しの良い場所のほうがよいでしょう」


「だったら俺が」

 リブラスルスはちらりとこちらを見た。気まずそうな顔だ。私に配慮しているのだろう。


 予定外のアクシデントではあるものの、事前通達はすんでいる。ここは部下に譲ってやろう。


 しかし以外だ。王族ともあろう者が、リブラスルスのような輩を気に入るとは……。


「私が御者席にいこう。頭のなかを整理したいので一人になりたかったところだ。リブラスルス曹長は王女殿下の護衛に専念しろ。いいか、何事が起ころうとも殿下の安全を最優先させろ。わかったな」


 部下に厳命しつつ、ルセリア王女の顔色を伺う。視線が合った瞬間、彼女は会釈した。


 歳の割には聡明だ。

 遠回しに、してやった感を出さなくても理解してくれただろう。今後は気を付けよう。やり過ぎると文句を言われそうだからな。


 ポイントも稼いだろころで、御者席に移った。


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