第193話 完全復帰
久々に長期休暇をとった。
休暇といっても、やることもなくただベッドで寝ているだけの生活。正直言って退屈だった。
美人メイドに甲斐甲斐しく世話されるのもいいが、いい加減この生活にも飽きてきた。
敵を蹴散らしてから七日目の朝。
AIから修復完了の知らせを受けると、私は嬉々としてベッドを出た。
まだ慣れないこの惑星の服に袖を通していると、運悪くフローラ嬢が部屋に入ってくる。
「エスペランザ様、お怪我はもう大丈夫なのですか?」
「全快した。すこぶる調子がいい」
「無理をなさらなくてもよろしいのですよ」
「心配無用。それより仕事がしたい。肉体労働ではなく、頭をつかった仕事をね」
「…………」
いつもならばポーカーフェイスで即答するメイドが、今日に限って味のある表情をした。
「残念ながら仕事はありません」
「そうかね。いま一瞬、考え込んだような気がしたのだが……」
じっと彼女の目を見つめる。優秀なメイドは居心地が悪そうに視線を
事後処理が溜まっているのだろう。
そういう単純労働も悪くない。リハビリがてら手伝うとしよう。食事であれこれ無理を聞いてくれたようだしな。
謎のミルクが脳裏をよぎる。あれの正体を突きとめたい衝動に駆られたが、経験上よろしくない結果に終わりそうだ。記憶の片隅に追いやる。
「でしたら、王女殿下の話し相手になっていただければ」
「殿下にはリブラスルスがいるだろう。あれ一人で十分だと思うがね」
「……わかりました。では頭脳労働がてら、エスペランザ様の意見をお聞かせ願えますか?」
「よろこんで」
フローラ嬢のあとに続く。
いままで彼女のことを意識したことはなかったので、この際、観察することにした。
AIに命じる。
【フェムト、フローラ嬢のデータを作成。総合評価をのちほど報告してくれ】
――そのようなことをせずとも本人に聞けばよろしいのでは?――
【面倒だ。女性は得てして長話を好む生き物だからな。必要なこと以外は話す気にはなれん】
――畏まりました――
なかに入ると、壁にかかった一枚の絵が出迎えてくれた。若く美しい騎士の絵だ。その隣には気弱そうな貴族が描かれている。
「あの絵は?」
「カリエッテ様とオスカー様です」
部屋の主はフローラ嬢ではなくカリエッテのようだ。オスカーというのは何者だろうか? 勇ましい女騎士に、隠れるように描かれた気弱な貴族。夫婦の人物画というには無理な気がする。姉弟といったところか? いや、巻き添えを食らった貴族が描かれているという線もありえるな。
口元に手をやり考えていると、私の考えを見透かしたように、
「ご夫婦の絵です」
「オスカーという男性が尻に敷かれていたのかね?」
「いえ、その逆です。カリエッテ様は旦那様――オスカー様にだけは頭があがりませんでした」
「ふむ、となるとこの人物画はカリエッテが描かせたのかね?」
「いえ、旦那様がご依頼した絵です」
理解できん。どう考えてもカリエッテ主導で描かせた絵に思えるのだが……。まあいい、あの女元帥に宇宙の常識が通用しないことは先刻承知だ。無視しよう。
「ところで、私が意見してもよい案件とはどれかね?」
「ええっと、こちらです」
案内されたのは、立派な執務机の脇に置かれた事務机。部屋の主を補佐する者の席だろう。その机には書類の山が四つも積まれている。崩れないのが不思議な高さだ。
「カリエッテはいつもこれだけの仕事をしているのか?」
「いえ、いつもは山一つほどですが、戦後処理がありまして……」
「君はこういう仕事が苦手なのかね?」
「そういうわけではありませんが、量が多いので手間取っています」
「失礼」
フローラ嬢の
確認をすませて手を離すと、彼女は酷く慌てた様子で着衣をただす。神経質なタイプのようだ。
「あまり寝てないようだな、目の下に隈ができている。ほかの者に仕事をまわしているのか?」
「いまは人手不足で……」
「よろしい、手伝おう。私の知っているやり方と勝手がちがうだろうから、しばらく仕事の様子を見たい。それでもかまわないかね」
「はい、それでけっこうです。ありがとうございます」
この惑星の言語に関してはほぼ習得済みだ。解読できていない特殊な単語を除いてすべて理解している。なので解読できていない単語が
フローラ嬢の作業を観察してわかったことがある。
この惑星の住人は非効率極まりなかった。
とりあえず書類をあつめて山にしたそれは、
無能な軍人でもやらかさない無秩序っぷりに、怒りがこみ上げてくる。
堪忍袋の緒が切れた。
「非効率にも程がある、退きたまえッ!」
まずは書類の山を部署ごとに仕分けた。次に、案件ごとに振り分ける。これで対処すべき部署の物量が簡単に算出できるようになった。うむ、効率的だ。本音を言うともっと細分化したかったのだが、あまり細かくしてもAIや外部野を持っていないこの惑星の住民には重荷になるだけだ。
「なぜ山を分けたのですか? 場所をとって仕方ないのですが」
ひと目ではわからないのだろう。フローラ嬢は混乱している。なので補足説明をすることにした。
「こちらはエクタナビアの食糧事情、こっちは軍の
「それはよろしいのですが……このようなことをしても、余計に手間がかかるのでは?」
「やればわかる」
これ以上の説明は面倒なので省いた。説明で時間をロスするよりも体験したほうがはやいだろう。
二人で仕事にかかる。
私は数量の集計を行い、エクタナビアの事情に詳しいフローラ嬢は陳情書や要望書を担当してもらった。
溜まっていた書類はみるみる減ってゆき、昼過ぎには書類は片付いた。
「凄い、もう終わりました」
「いや、まだだ。軍需物資の支払いだが、値段にばらつきがある。それに振れ幅も大きい。戦時中をいいことに
「それは仕方のないことでは?」
私は書類の山から一枚の紙切れを引き抜いた。
「エクタナビアでは、いつも軍需物資はどこから購入しているのかね?」
「商業ギルドとテブナン商会から買い付けています」
「ではここにあるビクノ商会というのは?」
「そちらは
「十分おかしい。いや、怪しすぎる。カリエッテに納めた軍需物資――特に武具の量がずば抜けている。ギルドと商会の量を遥かに上まわっている。変だと思わないのかね?」
「考え過ぎなのでは、たまたまそういった時期に
「戦争を見越して仕入れていたのだろう。だとしたら
「はっ! そのようなこと考えたこともありませんでした。そうですね、カリエッテ様が出陣なされた際、殿下が襲われた件もあります。その襲撃者は三年も潜伏していたとか……。商会の件、詳しく調査させます」
「それには及ばない。直接行って確かめよう」
空腹を覚えたが、こちらのほうが面白そうだ。食事は後回しにしてこっちを先に片付けよう。
それに復帰最初の酒は勝利の美酒と決め込みたい。さぞかし美味いだろう。
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