第188話 subroutine リブラスルス_もう一つの戦場②
「お飲み物をお持ちしました」
出ていったメイドとはちがう声だ。
入室を許可しようと、口を開きかけたルセアを手で制する。
ペーパーナイフを隠し持ち、ドアに駈け寄る。
「悪いけど外に置いてくれ。王女殿下がドレスにインクをこぼして、いまはそれどころじゃないんだ」
スタインベック領で起こったことを真似て伝える。メイドならば「お召し物を用意します」といった言葉を吐くものだが……。
「畏まりました、外でお待ちします」
確定だ。この女はメイドじゃない。下級貴族ならばその対応も有りだが、ルセアは王族だ。こんなぞんざいな扱いは受けない。大物を相手にしたことのない安い暗殺者なのだろう。
AIに命令する。
【敵の数をしらべてくれ】
――室外の敵は探知できません。音響、電磁スキャンともに使用不可能です――
こうなると面倒だ。第八世代のサポートAIはスペックは高いが、融通が利かない。無理ならほかの案を提示してくれよ。
どうすれば外の敵をスキャンできるか……。
【遮蔽物か……だったらドアノブ越しは? 金属なら透過できるだろう?】
――精度が落ちます――
【それでいい、やれッ! 身体強化と感覚強化もだ】
――了解しました――
両開きのドアノブに手をかけ、部屋の外をスキャンする。
――七人、廊下にいます。曲がり角から先はスキャンできませんでした――
敵は最低七人。誤差も加味して八人前後といったところだろう。廊下はそこそこ長いので、待ち構えているのならばそれで全部とみていい。別ルートがあるのなら話は変わるが、ここは城の最上階、一本道だ。
ドアを開ける。
笑顔を浮かべたメイドが入ってきた。トレイには飲み物とやけに厚みのある布巾だけ、俺の頼んだ菓子はない。間違いない暗殺者だ。
メイドを引きずり込み、ペーパーナイフを首筋に突き立てた。
「ぐッ!」
メイドは呻くなりトレイを落とした。その拍子にナイフが床に刺さる。
予想通り、布巾の下にはナイフが隠されていた。
まずは一人。
「リブッ、何をするのッ!」
ルセアの言葉を無視して、メイドを
床に刺さったナイフを引き抜く。
廊下に無数の足音が生まれた。
近くにあった書棚を倒して、ドアを
問題は別の出入り口だ。
窓の外を確認しながら、隠れているであろう護衛に声をかける。
「おい、あんたら出番だぞッ!」
護衛の気配はあったはずだ。それなのに返事がない。どうやら敵にプロが混ざっているようだ。護衛はそいつらに殺されたのだろう。
そう結論づけると同時に、天上の板が蹴破られた。上から暗殺者が降ってくる。
戦利品のナイフを投げつける。身体強化した一撃は暗殺者の頭に深くめり込む。比較的安らかな死を与えてやった。
複数の護衛がいたはずだ。それが片付けられたということは、敵は一人じゃない。まだ天井に潜んでいる。
【M1、穴が空いた。そこから天井裏をスキャンしろ。潜んでいる場所にマーカーを打ち込め】
命令を飛ばすと同時に、ルセアに駈け寄る。途中、火かき棒と鉄の重石を拾うのも忘れていない。
続いて降ってきた暗殺者を殴り倒す。力に耐えきれず火かき棒がちょい曲がった。さらにもう一人始末すると、完全にひん曲がって駄目になった。火かき棒を投げ捨てる。
――天上裏、残り一人……いまゼロになりました。味方が駆けつけたようです――
報告が終わると、天上からメイドが降ってきた。それも黒づくめのしたいと一緒に。
メイドは死体から
褐色の肌と黒い髪。目だけが金色に輝いている。長身の美人メイドだ。
「怪しいものではありません。警護を仰せつかっているミスティと申します」
確認のため、さっきと同じ質問を投げかけた。
「殿下がインクをこぼしてドレスを汚した。あんたならどうする?」
「? ……新しいお召し物を用意しますが、それが何か?」
「いや、すまない本物のメイドか試しただけだ。で、都合良くあらわれたけど、あんたアレか? 俺とエスペランザ准将の尋問の場にいた四人目か?」
「…………よくご存じですね」
「まあな、仲間からそういう能力のある連中のことを聞いていたからな。ルセア、このメイド知ってるか?」
「ごめんなさい、覚えてないわ」
「無理もありません。殿下のお世話をしていたとき、肌の色を変えていましたから」
暗殺者を仕留めたのだから味方のはずだ。しかし、ここは慎重にいくべきだな。
外の連中が入ってくるまで、まだ余裕はある。ミスティという女を試すことにした。
「ちなみにルセアの身体にある
とたんにルセアの顔が赤くなった。
「疑っているようですね」
「当然だろう、初対面の相手を信じる馬鹿はいない」
「よろしいですか殿下?」
「……かまいません。」
「お許しも得ましたので黒子の場所を……左胸の下です。あと腰から下の…………」
「合っていますッ! もう十分です、それ以上先は聞くまでもありません」
よほど恥ずかしい場所にあるのか、ルセアは顔をまっ赤にして黒子の件を認めた。
味方と判断していいだろう。
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