第187話 subroutine リブラスルス_もう一つの戦場①



 なんだかんだ言っていたが、カリエッテとかいう婆さんはまともな頭の持ち主らしい。


 俺たちを疑っていたのは、兵士たちに無駄な安心感を生まないよう配慮しての芝居だと謝ってくれた。

 演技だったらさ、殴るのは一回だけにしてくれよ……。そりゃあ、俺の口の聞き方も悪かったけど、顔中に青痣できるまでぶん殴ることはなかったろうよ。


 まあ、過去の話だ。グチグチ言うのはよそう。


 軍装に身を包んだ婆さんが、頭を垂れて主に言う。

「ルセリア殿下、アタシはこれから討って出るよ。腕の立つ警護の者を残していくから安心してここで待っていておくれ。玩具も置いていくから暇にはならないだろうさ」


 心優しいルセリア殿下――ルセアは微笑み返すけど、玩具なんてどこにもないぞ。婆さん、ついにボケたのか?


「ロドリア元帥、どうか御無事で」

 ルセアは婆さんの手を握って、決意を受け取る。


 貴族という連中を嫌ほど見てきた。貴族のてっぺんにいる帝族もだ。ルセアには、上級階級の人間にありがちな高慢こうまんちきなところがない。これは上辺だけのものでない。現に俺は、野垂れ死にかけているところを助けてもらった。

 彼女のことを底無しの甘ちゃんと馬鹿にする者もいるが、それは恥知らずな馬鹿どもの血迷った言葉セリフだ。


 優しく生きることの難しさを、俺は知っている。


 世話好きのラスティでさえ、あんな過去を背負っているのだ。ルセアも人に打ち明けられない大きな過去を背負っているのだろう。


 周りがお人好しばかりのせいか、俺にまで移ってしまったようだ。だが、人のために生きるつもりは毛ほどもない。手助けするのは気に入った連中だけだ。


 彼女から受けた恩に報いる。それだけだ。

 いまがきっとその時なのだろう。


「必ずや吉報をお届けします」


「深追いは禁物です。エクタナビアの民のことを最優先させてください」


「承知しております。部下を待たせているのでこれで……」

 軍装の婆さんは、ピンと背筋を伸ばして一礼すると、待たせている部下とともに部屋を出て行った。


 残されたのは俺とルセア。それ以外にも目に見えない人の気配がする、婆さんの言っていた護衛だろう。それとは別に変なのが混じっているな。


 過酷な辺境惑星での生活でつちかったかんが、AIの取りこぼしをささやく。

 妙な気配の存在だ。尋問のときにも感じだやつだ。


 神経質なエスペランザ准将ならしらべるだろうが、味方なら警戒する必要はない。


「……まあいいか」

 無能を演じることにした。


「何がいいのですか?」


「あっ、いえ。殿下、ご安心を。いざというときは俺が守りますから」


「リブは無理しなくてもいいのよ。それに殿下なんてよそよそしい呼び方はやめて」


 殿が、俺の頭を撫でてくる。

 複雑な心境だ。ルセアは一四歳、今年一五になるベルーガの新王の妹にあたる。対して俺は一八歳。宇宙の法に照らし合わせれば、酒やタバコは楽しめないが、立派な大人だ。


 俺のほうが年長なのに、悔しいことに身長は負けている。

 背丈が彼女より低いという理由だけで弟のような扱いを受けている。


 こういう逆説的な行為は、宇宙の夜の店では多いらしい。とくに年配の将官がそうらしく、そういった店が繁盛しているそうだ。

 成功者の好きそうなシチュエーションなのだろうが、俺はそういうのが嫌だ。人が一番気にしていることをこれ見よがしに強調してくるなんて、屈辱くつじょく以外の何物でもない。。


 流れを変えようと、ルセアの手を引き窓辺に近づく。


「カリエッテ元帥を見送ろう」


「そうね。戦況を確認しないと」


 双城ツインキャッスルの兄山登頂に位置するエクタナビア城。そこからのながめは壮大だ。西部に広がる山々とその隙間を走る渓谷けいこく。殺伐とした風景だが緑もあり、巨鳥きょちょう雄々おおしく翼をひろげて空をく様は圧巻だ。


 見飽きない大自然を観賞したいところだが、ここは戦況確認を優先させよう。


 眼下を見やる。

 ちょうど、婆さん率いる軍隊が城を出ようとしているところだ。

 これから追撃戦に移るのだろう。勝利は間違いないようだが、油断は禁物だ。エスペランザ准将が言うには、エクタナビアに敵のスパイが潜り込んでいるらしい。婆さんも同意見で、だからこそルセアに護衛をつけている。

 切り札とおぼしき謎の多い妙な気配までいるのだ、ルセアを襲ってくる可能性は高いのだろう。


 大勢が定まったいま、ルセアを襲ってもあまり意味はないように思えるが、貴族連中がのさばる惑星だ。意地だの面子だので馬鹿げた行動をとってもおかしくない。ここは護衛にてっしよう。


 いまだ頭を撫でているルセアを、じろりと見る。


「何かしら?」


「いい加減、やめてくれないか」」


「ごめんなさい、つい……」


 ルセアは頭から手を離すと、テーブルへ向かった。載せてある呼び鈴を鳴らして、メイドに飲み物を頼む。


「ルセリア様は紅茶、お供のかたはコーヒーですね」


「お願い」


「ああ、それで頼む」


「畏まりました、菓子はいかが致しましょう?」


「私は要らないわ」


「甘い物をくれ」


「少々お時間をください」

 メイドは頭を下げて、静かに部屋を出て行った。


 それから一〇分ほど経ったが、まだ飲み物は出てこない。

 いつもなら五分ほどで出されるのだが……。

 どうも嫌な予感がする。

 あいにくと武器の携行は許されていない。丸腰だ。これではいざというとき戦えない。


 最悪の事態に備えて、武器になりそうな物を探す。

 武器になりそうな物といえば、鍛えた身体とラスティから教わった魔法だ。

発火パイロ〉と〈水撃ウォータージェット〉。どちらも金属加工用に教わったものだ。飛距離は無いに等しいが、威力はある。金属を溶かしたり、切断したり、人に向けて使用すれば死ぬレベルだ。接近戦の決定打になるだろう。

 便利な技だが、若干のタイムロスが生じる。AIへの指示、使用する魔法の選択、威力の調整、エネルギーのチャージ、狙いを定めてから発動。五秒に満たない時間だが、命のやり取りでこのタイムロスは致命的だ。

 なので瞬時に殺せる方法が必要になってくる。武器だ。


 部屋を見渡す限りだと、武器になりそうなのは壁に掛けてある剣くらいだろう。俺の背丈を考えると扱いづらい。


 ほかを探す。文机に羽ペンとペーパーナイフがあった。羊皮紙を押さえる握りやすそうな鉄の重石おもし、暖炉の火かき棒。尖った先端の燭台もあるが重くて取り回しが悪い。あとは頑丈そうな装丁の本くらいか。

 武器になりそうな物を近くにあつめて、目潰し用に暖炉の灰を布に包んだ。


 準備が終わってしばらくすると、ドアがノックされた。


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