第189話 subroutine リブラスルス_もう一つの戦場③



 張り詰めていた緊張を解きほぐし、リラックスしながら死体をあさる。


 軍人といえば、常に気を張り詰めているイメージがあるらしいが、俺に言わせればあり得ない。そういうのは、せいぜい新兵くらいだろう。あれはストレスが溜まりすぎる。


 長生きする軍人は、戦場でもユーモアを飛ばせるぐらいじゃないと精神がもたない。この話を新兵どもにすると、大抵は不良軍人と見下される。かつては俺もそうだった。しかし、これが現実だ。


 軍の先輩から聞いたことを思い出している間に、武器の調達は終わった。厚みのあるナイフを三本。山登り用の鉤爪に、腕に固定する玩具みたいな弓もあった。


「イイネ。俺向きだ」


 ナイフと弓を頂いて装備する。鉄の重石はまだ持っている。


「ところであんた。腰に下げたそれ、壁を貫けそうか?」


「? ……魔法で強化すれば問題ありませんが、それが何か?」


「だったら都合がいい、俺の指示した場所を貫いてくれ。そうだな刃渡りの半分ほどでいい」


 ぱっと見だが細剣の刃渡りは七〇センチくらいはある。壁の厚みと誤差を加味しても外の敵に届くだろう。全滅は無理だが、何人か減らせるはず。


 本当は俺が魔法ってやつで仕留めたかったが、立ち位置からしてスキャンと攻撃の両方は難しい。だから一番える手柄を譲ってやることにした。

 壁に立てかけてある婆さんの物であろう杖を手にとり、外から叩かれているドアに歩み寄る。

 再度、ドアノブ越しのスキャンを試みる。


 今回は精度を求めたスキャンだ。結果はすぐに返ってきた。


――外の廊下には六人。あらためてお知らせしますが、曲がり角から先はスキャンできませんでした――


【上出来だ。奴らの頭にマーカーを打ち込んでくれ。こちらか攻撃する】


――常に移動している者が何名かいます。誤差修正はできませんが、よろしいですか?――


【しばらくドアノブに接触している、リアルタイムでマーカーを移動させろ】


――了解しました。ドアノブ接触時限定でオートターゲット機能をオンにします――


 迎撃準備はととのった。ミスティと名乗ったメイドに攻撃指示を出す。


「ここだ、思いっきりやってくれ」


「わかりました」


 淀みのない返事だ。命のやり取りになれているのだろう。メイドは綺麗な所作で細剣を抜くと、何やら呟いた。細剣がぼんやりと光る。


【なんだあれは? ラスティの言っていた魔法だと思うが、聞いていたのとちがうな……。M1詳しくしらべてくれ】


――データ参照に時間がかかります。なんらかのエネルギー反応を検知していますので、魔法と思われます――


【一応、録画しておいてくれ。あとで詳しくしらべる】


――了解しました。データ参照は?――


【あとでいい。リソースを戦闘に回せ。射撃アプリを立ち上げろ、攻撃の軌道予測もだ】


――了解しました。ルセリアに移譲したナノマシンのリソース管理はどうしましょうか?――


【変更無し、防御一択のままでいい】


 AIとの思念通信を閉じたところで、メイドは攻撃に移った。


 鋭い刺突を繰り出して、壁を貫く。手応えを感じたのか、即座に細剣を引き戻す。

 成果を確認する前に、新たな標的を杖で差した。


 立て続けに刺突を三度繰り出し、そのうち二回は敵を捕らえたようだ。

 攻撃がヒットしたのは三回。さすがに四度目からは敵も警戒して壁から距離をとったようだ。これで残る敵は三人


 そろそろ出ていってもいいだろう。

 無意識に軍のハンドシグナルで合図を出したら、メイドが「次はどうするのですか?」と返された。


 そういえば、ここの連中は宇宙軍の兵士じゃなかったな。わかりやすく口で説明しよう。

「出るぞ」


 ドアノブを縛っていた布巾をナイフで切って、ドアを蹴り開ける。

 向こう側で、誰かの倒れる音がした。


 続いて、視界が広がる。

 尻餅しりもちをついている暗殺者にナイフを投げて、廊下へおどり出る。


 敵の位置は確認しているので、射撃ガイドに沿ってナイフを投げた。


 一瞬で三人を無力化して、敵から奪った装着式の小弓に矢をつがえた。

 部屋を出た右手は行き止まりで、曲がり角は左手にある。そちらに腕に装備した小弓を向けたまま、メイドに尋ねる。


「騒ぎが起きているのに城の兵士はどうしているんだ?」


「おそらく足止めを食らっているのでしょう。まだ敵が潜んでいるかもしれません」


「数はわかるか? 大体でいい」


「把握していただけでも二〇はいました」


「天上裏の四人、廊下に七人。兵士の足止めはどれくらいだと思う」


「最低でも五人は必要だと思います」


「OK、じゃあ残りは四人だな。気を抜くなよ」


「言われるまでもありません。殿下、私の後ろに」


 ルセアは敵の襲撃に、完全に怯えている。身体をちいさく縮めて、メイドの背に隠れている。


【M1警戒レベルを引きあげろ。常時スキャン。動体、熱源、振動、音響、全部だ】


――リソースが足りません――


【……録画をキャンセル。戦闘アプリもオフにしろ。自分の技術スキルでどうにかする】


――了解しました――


 このまま下に降りて、兵士たちのいる安全地帯セーフゾーンを目指すか、留まって味方を待つか……。らしたら、また襲ってくる可能性もある。危険は伴うが、ここは暗殺者を殲滅せんめつしたほうがいいだろう。


 となれば……悪いがルセアにはおとりになってももらおう。


 そこからは楽だった。

 もともと大した暗殺者ではなかったので、兵士と連携する形で残りを始末した。

 魔族のメイド――ミスティの報告通り二〇人の暗殺者を殲滅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る