第183話 安定の信用ゼロ



 誤解が解けたのはよかったものの、骨の修復にはかなりの時間が必要らしい。


 ある程度は身体の自由が利くのだが、秘策の内容を開示してからベッドにくくりつけられている。いわゆる軟禁なんきん状態だ。

 どうやらカリエッテにめられたらしい。なるほど、腹黒元帥だ。スレイド大尉が、この惑星の元帥を揶揄やゆするのもうなずける。


 腹黒でも多少は良心が残っているらしく、美人のメイドをあてがってくれた。身の回りの世話をしてくれるありがたいメイドだ。気配を殺したり、メイド服の下に武器を隠し持っていたりと物騒だが、悪い扱いではない。


「エスペランザ様、ご要望にありました書籍をお持ちいたしました」


「すまないね。悪いが読んでくれないか」

 え木で骨を固定された腕をかかげる。


「そうでしたね。片手では読みづらいでしょう」


 話す機会の多いメイド――フローラにエクタナビアの歴史書を読んでもらう。

 緑髪緑眼の美しいメイドは実に良い声をしていた。玲瓏れいろうたる声音はよく通り、雑音をける強さに満ちていた。声だけを評価するならば将帥の器である。忍ばせた物騒な小物アクセサリーといい、密偵めいた所作といい、あてがわれたメイドたちが只者ではないのはたしかだ。


「ところで私の提案した秘策――作戦の決行日はいつだね?」


「今夜でございます」


 予想していたよりもはやい。軍議や責任者と作戦のすり合わせ、必要な物資の手配に兵の選別、諸々に時間を割いて作戦決行は明日以降とんでいたのだが、良い意味で裏切られた。


「我々……といっても私と部下の二人だけなのだが、同行の許可は下りそうか?」


「そのお身体では無理でしょう。私たちに怪我人をかばいながら戦う余力はありませんから」


 私たち……か、口ぶりからしてフローラも作戦に参加するらしい。彼女の〝こま〟としての価値が気になった。捨て駒ではないだろうが、どれほどの価値かはわからない。それなりに訓練を受けさせているのは間違いない。切り札という可能性もある。となれば、カリエッテは勝負に出るのだろうか?


 凡将ならば私の指示通りに動いてくれるだろう。しかし相手は熟練の元帥、私の策にさらなる思惑おもわくを載せてくるかもしれない。


 これを機に城から打って出るつもりなのか? それはそれでありがたいが、カリエッテは大切なことを見落としているな。


 単なる成り行きで、エクタナビアに敵が押し寄せてきたのではない。


 ベルーガからの援軍を阻む防衛ラインが敷かれていたのがその証拠だ。もっとも、レオナルド伯爵なる求心力のある人物に寝返られたのは失策だが……。


 エクタナビアにもなんらかの工作を仕掛けているはずだ。

 可能性の高い工作としてスパイや工作員の潜入が挙げられる。警戒しているとは思うが、いかに優秀な部下を多く抱えていても、それらすべてを駆逐するのは不可能だ。


 戦争とはだまし合い、足の引っ張り合いだ。相手の嫌がることをどれだけ実行できるか、それに勝敗の有無がかかっている。詰まるところ、子供たちのする悪戯いたずらの延長だ。


 敵の非人道的な攻城兵器を見たとき、とてつもない邪悪な意志を感じた。

 あれほどねじ曲がった策を思いつく人間だ。奇天烈な攻城兵器だけで終わらせるとは到底思えない。もし、私ならば…………。


 考えを口に出した。

「……なぜそのような稚拙なことを仕掛けてくるのでしょうか?」


 フローラは謀略に関しては素人のようだ。


「誰しもが稚拙だと認める反面、効果は絶大だ。エクタナビアを落とすという観点からすればこれ以上の策はない」


「事後処理が大変だと思うのですが、そこまでする必要性はあるのでしょうか?」


「実績だよ実績。要塞都市を陥落させたというね。稚拙な手をつかったという後ろ暗さを隠すために、あの兵器で攻めるのだろう。人は得てして奇抜なものに目を奪われがちだ。事実、あの攻城兵器がエクタナビアを落とす鍵となっている。子供が思いつきそうな小細工など誰も気に留めないだろう」


「カリエッテ様はこのことをご存じなのですか?」


「知っているかもしれなし、知らないかもしれない。私は、彼女では無いのでそこまではわからんよ」


「…………少し外してもよろしいでしょうか?」


「かまわんよ。ついでに部下のリブラスルスを呼んでくれないか、彼と話がしたい」


「畏まりました、そのように手配します。では私はこれで」


 どうやら私のことを信頼してもらえたようだ。しかし考えものだな。さっき話した観点のすり替え、あれはまさにいまの状況を示しているのだが……。


 まあいい、外の敵へ目が向いたからこそ、私への疑惑が晴れた。その結果に甘んじよう。


 しばらくするとリブラスルスが、責任者とおぼしき男に小突こづかれながらやってきた。

「そんなに小突くなよ、俺は逃げも隠れもしない」


 それなりの信頼を得た私とちがって、リブラスルスはさらに警戒されていた。手枷てかせをしたまま歩かされる姿は、まるで囚人しゅうじんだ。私の知らない間に何が起こったのだろう。


「悪いけどコレの拘束を解いてもらえないか?」


「無理な相談だ」


 無愛想に言うと、男はリブラスルスを蹴り転がした。なんとも情けない部下である。


 床に転がる部下を無視して男に問う。

「王女殿下にはもう会わせたのかね?」


「素性の怪しい者を殿下に近づけるわけにはいかん」


「では、王女殿下に名前を伝えるといい、彼と面識があるようだからな。それでこちらの身の潔白も証明できるだろう」


「准将閣下、無理だぜ。こいつら俺らの話を全然信じてないからな」


「それはリブラスルス曹長がむべき手順をあやまっているからだ。現に私は信頼を勝ち得たからな」


「……本当ッスか?」


「本当だ。だから曹長をこっちに呼んでもらった。もっとも、面倒だから一緒にしたのであれば話は別だがね」


 男は異論を唱えない。どうやら信頼を勝ち得たと考えて良さそうだ。


「ああ、ところで君。私の部下を連れてきた君だよ。カリエッテ元帥の尋問の時、君とフローラ嬢はあの場にいただろう」


「な、なぜ知っている。姿は見られていないはずだ」


「姿を見えなくても対象の姿形は把握できる。それに、そちらもがいるんじゃないのかね? が」


「貴様、どこまで知っている!」


 男は言うと、脇から吊っている肉厚のナイフを抜いた。


 こうも素直な相手とは……こちらとしては大助かりだが、カリエッテは大変だろう。私の推論――が実在すると態度で証明してくれた。


 確証はなかったが、スレイド大尉の言っていた不可思議な能力を持つ魔族ならばありえる。あえてとカマをかけたのは、魔族以外にも特殊能力を持った種族がいるかもしれないからだ。


 なるほど、魔族のような特殊能力を持った者たちがいるのであれば、カリエッテの落ち着きようも理解できる。おそらくは敵――裏切り者の元帥、もしくはそれに準じる指揮官をいつでも強襲できるのだろう。だからこそ城に籠もり、敵の秘密兵器を暴いたにもかかわらず、そこまで取り乱さなかった。

 そう考えるとすべての辻褄つじつまが合う。


 私も随分と低く見られたものだ。

 曖昧あいまいだった存在も把握できたことだし、相手の警戒を解くことに努めよう。


「物騒な物はしまってくれ、私たちは丸腰だ」


「……何か隠しているな」


「隠すも何も、そちらが我々の身体をあらためた。どこに何を隠していると言うのだね」


「……怪しい」


 男はまだ警戒している。抜き身のナイフを握ったままだ。


 どうするべきか考えていると、ある既視感がよぎった。

 例の曖昧だった気配だ。


 精度を上げた音響式スキャンで、例の存在を捜査する。


 気配の主は、窓際にある家具の陰に潜んでいた。

 引っかかることがいくつかある。何らかの能力で気配を遮断できるのであれば、なぜ背後に回らないのだろうか? なぜ物陰で能力を解いたのか?

 理屈はわからないが、なんらかの弱点を抱えているのは明白だ。完全無欠の能力ではないらしい。


「そんなところに隠れていないで、出てきたらどうだね。君もあの場にいただろう? だったら全容を知る権利がある」


 返事はない。男同様、こちらも警戒心が強そうだ。

 信頼を勝ち得たとと思っていたが……先は長いらしい。


 まあいい、リブラスルスが王女殿下の顔見知りと判明すれば多少はやりやすくなるはずだ。


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