第182話 軍事行動は保険の適応外です



 エクタナビアへの着地は成功した。

 あとは秘策をもって、裏切り者の国賊とマキナの兵を撃ち破って終わりだ。


 それだけの簡単な任務だった、それなのに要らぬ邪魔が入ってしまった。

 異変に駆けつけた兵士に事前に用意してある国王陛下の書簡を見せたのだが、信用されるどころか敵の密偵と疑われた。


 まったくもってナンセンスだ。白昼堂々と墜落ついらくしてくる密偵がどこの世界にいるッ! まったく度しがたい連中だ。宇宙軍の徴募ちょうぼ兵でもまだマシだぞッ!


 私が不平を口にするよりも先に、リブラスルスが怒鳴った。

「なんだおまえらッ、俺たちは味方だぞッ! 危険を承知で来てやったのに、この扱いはなんだッ! 軍法会議にかけてやるッ!!!」


「貴様ッ! その口の利き方はなんだッ!」


「いままで援軍一つ寄越さなかったのに、いまさら味方だとッ! それもたった二人じゃねーか。馬鹿にしてるのかッ!」


 拘束こうそくする兵士たちと口論になり、結果、リブラスルスの顔に青いあざができた。感情的になった愚か者の末路を前に、私は口をつぐむことにした。


 責任者の到来を待つ。


 それにしても、先ほどからAIの警告音がうるさい。気のせいか、ズキズキと身体が痛む。着地の際に怪我でもしたのか?


【フェムト、さっきからずっと警告音アラームが鳴っているが不測ふそくの事態でも発生しているのか?】


――警戒レベル低の損傷そんしょうが見受けられます――


【レベル低ならば問題あるまい。応急処置ですませておけ】


――痛覚遮断つうかくしゃだんと自己修復にリソースの多くを割り当てています。利用可能リソースが三〇%を切っています。不測の事態に備えて、早急な回復を提案します――


 痛覚遮断と自己修復は基本セットに格納されている軍用アプリだ。翻訳アプリと同時平行して稼働させてもリソースの半分も占めない。誤作動か?


【……損害状況は?】


――損害の多くが骨です。頸椎部椎間板けいついぶついかんばん・過剰圧迫、肋骨・骨折三本、右鎖骨・骨折、右上腕じょうわん骨・ヒビ、左大腿だいたい骨・ヒビ、左けい骨・骨折それに伴う痛覚遮断が広範囲に及びます――


【レベル低の損害ではないぞ】


――一つ一つはレベル低です――


【至急、自己修復に残りのリソースを回せ】


――栄養面で不具合が生じますがよろしいですか?――


【多少の不具合は容認する。こちらで摂取せっしゅすればいいだけの話だ】


――了解しました。自己修復を優先させます――


 墜落時の怪我はある程度予測していたものの、被害は甚大だ。予想を遙かに上まわっている。部下のリブラスルスも利き腕に重度の怪我を負ったらしく、活躍は望めない。普通の兵士ならばお手上げの状況だが、私に怪我は関係ない。クリアな思考と意思の疎通さえ可能ならば十分だ。


 さて、発生したアクシデントに手を打った。あとはエクタナビアの主と話をつけるだけだなのだが……。


 時間はかかったものの、責任者がやってきた。老女だ。白い髪だが堂々としている。

「アタシの名前はカリエッテ、おまえたちの名前は」


 スレイド大尉から聞いた元帥の名と合致がっちする。この城のあるじと見て間違いないだろう。しかし、影武者という線もある。もうしばらく様子を窺おう。


「リブラスルス」


「エスペランザ・エメリッヒ」


「どちらも大層な名前だね。で、アデル陛下の遣いと聞いたけど、それを証明できるものは書簡以外にあるのかね?」


「…………無い」


「身元を保証するものは持ち合わせていない。しかし情報は持っている」


「どんな情報だい?」


「対象が不適格だ。なんについての情報か範囲を限定して質問して頂きたい。そのほうがそっちも手間が省けるだろう」


「……なかなかお利口だね。じゃあ聞くが、再三に渡っての援軍要請。なんでいままで駆けつけなかったんだい?」


 ベルーガ指折りの元帥がこの程度とは……。おかしくなって、笑ってしまった。


「貴様、何を笑っているッ!」

 兵士が刃を向ける。


「おやめ。殺したら先が聞けないじゃないか」


「……失礼しました」


「若いの、随分ときもわってるね。何者なんだい?」


「軍事顧問をしている」


「だったらアタシの質問の意味はわかっているだろう」


「確認だろう。マキナの聖王――カウェンクスの親征軍を撃退したのはご存じか?」


「それなら知っているよ。新しい女宰相のこともね」


「ではスレイド伯については知らないのだな?」


「それが引っかかるからこうやって牢に繋いでいるんじゃないか」


「ふむ、そちらの事情はわかった。答え合わせといこう。単刀直入に聞く、援軍はまだ先だと思っていたのだろう?」


「本当に単刀直入だね。そうさ、王都奪還後だと思っていた。援軍と協力して敵を退けたとしても、王都に逃げ込まれちゃあ難儀だからね」


「その心配はない。手は打ってある」


「それは嬉しいね。だけどエクタナビアの兵は一万もいないよ。弟山を攻めている兵は軽く見積もっても六万はいるだろうさ。地の利はこちらにあるけどね、数がちがいすぎる。戦っても勝ち目はないよ」


「だから秘策を持ってきた。ここで教えてもいいが、せめて人払いくらいはしてくれないか。そうだな、隠れている二人を残してあとはどこかへやってくれ」


 老女の目元がヒクついた。

「若いの、只者じゃないね」


「ただの雇われの身だ。第三王女を迎える仕事を請け負っただけのね」


「だったらなおのこと信用できない。裏切る可能性がある。それでもその秘策とやらを実行するのかい?」


「当然だ、こんな簡単な任務で失敗するようでは軍事顧問失格。クビになってしまう。そうなれば、地位も財産も無い私は路頭に迷ってしまう。遅かれ速かれ野垂れ死にだろう」


「怪しいねぇ」


「では別の観点から考えてみよう。仮にマキナに寝返ったとして、私に明るい未来はあるだろうか? 特例ともいえる軍事顧問に招かれた人材が、手柄を立てるより先に国を裏切る。どこへ行っても信用されないのは明白だ。行く末は野垂れ死に。最悪の場合はベルーガの残党に命を狙われ続けるだろう。どちらにせよ、私に益は無い」


「ペテン師たちが口にしそうなことだ。一度限りの裏切り契約、という線も捨てきれないね」


「一時の金などたかが知れている。大金を手にしたとしても悠々自適の生活は送れまい」


「なるほど、理に適った道理だね」


 守りに定評のある元帥と聞いていたが、慎重深いな。揺さぶりをかけてこちらのあらを探している。信頼に足る証拠がほしいのだろうか? まあいい、ここまで食いつくということは秘策をアテにしている証拠だ。カリエッテの気がすむまで茶番に付き合おう。


 尋問という名の茶番は続く。


 途中、暇で仕方ないリブラスルスが思念通信を送ってきた。


【准将閣下、二人くらいなら無力化できますが、どうしますか?】


【味方相手にそれはマズい。もうしばらく様子を見よう】


【もうしばらくって、かれこれ一時間も経っていますよ。俺、トイレ我慢できませんッ!】


【……らすなら、もっと離れてくれないか?】


【漏らすこと前提なんですかッ! 勘弁してくださいよ……】


 あまりにも部下が愚痴ぐちるので、茶番の幕引きに移ることにした。


「信用の有無にかかわらず、私は秘策を実行に移す。それができなければこの城は落ちるだけだ」


「どういうことだいッ?」

 老女は身を乗り出してきた。


 私は、墜落前に見た敵の攻城兵器のことを話した。


「だからツッペの小僧は監獄を占拠したのか……若いの、あんたの予想通りだとしたら」


 理解が速いのは助かる。しかし、カリエッテなる元帥が読み違えている可能性もあったので、念のために詳細を教えることにした。


「その監獄には凶悪な囚人ばかりが投獄されていると聞く。それがこの都市に放たれたらどうなるか、火を見るよりも明らかだな」


「…………そうだね。死ぬのを待つだけの囚人どもだ。血に飢えた獣を野に放つも同然。ただの凶悪犯ならいいけどね、なかには狡猾こうかつな者もいる。一番の厄介なのは、見分けがつかないことだね。各地からあつめられた連中だ、西部以外の罪人の顔なんて、エクタナビアの連中は知らないだろうさ。同じベルーガの民だから習慣や喋り方も同じ、マキナの連中みたいに区別がつかない。なおさらだよ」


「さて、こちらの持っている情報はすべて開示した。秘策を実行に移したいのだが、手伝ってもらえるかな?」


「意地の悪い男だね。そこまで知って断れるわけないだろうに」


「それは信頼してもらえたと受け取ってもよろしいのかな?」


「フンッ、はなから疑ってなかったけどね。どうせおまえのことだ、それを見越して喋ったんだろう」


 意固地な老人をどうやって論破するか問題だったが、どうやら杞憂きゆうに終わったらしい。老齢の元帥だが、カリエッテはまだ耄碌もうろくしていない。体力的にはおとろえているだろうが、目の奥底には確固たる意志の光が灯っている。それも勝利に貪欲どんよくで、狡猾こうかつな光だ。


 勝利に貪欲な元帥様のことだ、私の足を引っぱることはあるまい。

 後顧こうこうれいはない。これで心置きなく秘策を実行できる。


 そのまえに折れた骨を修復しないといけないが……。


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