第176話 さらに西進



 レオナルドを見送り、兵たちに存分に飲ませ、存分に食べさせた翌日。

 俺たちはエクタナビアへ向けて出撃することにした。


 移動時間を考えると、西端の要塞都市に一刻の猶予ゆうよもない。新兵からいくらか兵を補充したかったが、余裕がないので当初の予定通り少数精鋭での出撃だ。


 出撃に際して、軍装を点検する。

 俺は、ヘルムートの遺品――レーザー式狙撃銃とレーザーガン、高周波コンバットナイフ。ノルテさんからもらった魔法剣に、工房組のつくってくれた板状の薄い投擲ナイフ数十枚。接近戦も考えて、小振りの手斧も用意した。

 防具は皮鎧だが、ローランに強化してもらっている。肩や膝、腰回りにはアドンとソドム謹製の頑丈で軽いプロテクター。これらスレイド工房の特注品は部隊長や宇宙軍組にも支給してある。


 エメリッヒ軍事顧問とロウシェ伍長は嫌がったが、規則を盾に防具を着用させた。


 二人が持参している武器は、コールドスリープカプセルに設けられた外部野とサブウェボンの収納スペースにあったものだ。両名ともこだわりがあるらしく、デフォルトのレーザーガンではない。


 エメリッヒが持っているのは、伸縮自在のスタッフでインパクトの瞬間、衝撃波を発生させる護身武器。


 ロウシェは折りたたみ式のヒートブレードだ。常にエネルギーを消費するライトサーベルに比べて効率はいいが、それでもかなりのエネルギーを食う。ちなみに伍長愛用のヒートブレードは、デフォルトの常時発動型ではなく、任意で高熱を発生させる特別仕様になっている。


 カレン少佐は伸縮自在の騎兵槍ランス。インパクトの瞬間、圧縮空気で敵を撃ち抜く仕様になっている。対ZOC用の外甲がいこう――人肉剥がしに位置づけられる。

 帝国貴族なのか皮鎧やプロテクターに違和感がないらしい。


 そして、問題のホエルン教官は、高周波式とヒート式の二本の鞭だ。記憶にある鬼教官は女王様的存在だったのでこれっぽっちも違和感がない。むしろ、そうあるべきと感じさせるところに鬼の要素があった。

 手に馴染んでいる武器なのだろうが、幼児退行したいまの鬼教官には切れた縄跳びにしか映らないようだ。

「パパ、この縄跳び壊れてる」


「これはそういう縄跳びだよ。ホエルンのお守りだから大切に持ってなさい」


「うん、わかったッ!」

 いまではすっかり慣れたこの対応。部下も慣れたらしく、突っ込んでこない。気のせいかあわれんでいるような視線を感じる。


 お願いだから、はやく完治してくれホエルン教官。

 ある意味、一番の問題だ。


 ラッキーとマウスの武器も一新している。

 ラッキーは俺と同じ板状の投擲ナイフを一〇〇枚以上携行している。

 身体の大きいマウスの武具はすべて特注品だ。片手持ちの大鉈を四本。腰の左右に一本ずつ、残った二本は専用の大盾に収納して背負っている。


 それ以外にも攻城用の組み立て式バリスタ四基。大量の槍を打ち上げる投槍機や、城門を破壊するための取っ手のついた振り子式の巨大な鉄球などなど、抜かりはない。敵が防衛ラインを築いていても蹴散らせるだろう。


 ただ一つ気がかりが。唯一、俺の関与していない荷馬車がある。あれにはエメリッヒの秘策が載っているらしい。中身が気になるところだ。

 本職である軍事顧問の能力は未知数だが、的確なアドバイスをくれるので好きにやらせている。


 せっかく装備を新調したカレンだが、砦でお留守番だ。

 新兵の訓練を任せて、俺と精鋭部隊が出陣する。


 まずはレオナルドの情報をもとに、離反りはんうながそう。

 道々、斥候せっこうを放ち、情報と合致がっちした兵を率いる隊長や貴族と接触せっしょくを試みる。


 念のため、ツッペ陣営だと素性をいつわってレオナルドが用意してくれた書簡を渡していった。驚くことに離反率は九割を超えた。凄まじい成果だ。レオナルドの手腕を思い知らされる。


「レオナルド伯が離反したと……悪い扱いにはならないようだ。よし、我が隊も陛下の元へ戻ろう」

「魅力的な内容だな。私も国を裏切るつもりはない、レオナルド伯に続こう」

「ツッペについたのが馬鹿だった。ゆるしてもらえるのならベルーガに帰陣する」

「おおッ、願ってもない! 直ちに兵をまとめて東へ行こう」


 リッシュの学友だけあって、レオナルドは優秀だった。瞬く間に二万の兵が寝返った。

 野戦基地へ行くよう勧める。彼らにはレオナルドと似たような書簡を持たせた。ツッペにだまされ裏切り者についたことを赦すよう、したためた嘆願たんがん書だ。それを彼らに見せてから蜜蝋みつろうで封をした。裏切り者というレッテルは消えないが、せいぜい罪だろう。レオナルドを含めて二万を超える大軍だ。常識的に考えて、その将に厳罰げんばつを処す馬鹿はいない。


 ここまでは順調に進んだが、決断を迫られる。

 離反させることのできなかった裏切り者――ぞく軍二千の対処だ。

 地道につぶしていくのが軍事行動のセオリーだが、それが正解とは限らない。あえてスルーするのも手だ。

 ここは軍事顧問に意見を求めるべきだな。


「エスペランザ軍事顧問、あなたならどうしますか?」


「スレイド大尉、今一度思い返してくれないか。レオナルド伯は離反しなかった部隊について、書面を手渡すときどのような態度だったか」


 まるで教官みたいなセリフだなぁ。


 レオナルドとのやり取りを思い出す。そういえばレオナルド伯は書面をくれる際に首をかしげていたな。たしか、離反しなかった部隊の隊長宛ての書簡だったような……。


「レオナルド伯と相性が悪いと?」


「そうだ、こういう場合はからめ手で交渉する」


「搦め手ってどんな?」


「スレイド大尉の肩書きをつかう」


「伯爵の肩書きですか」

 レオナルドも伯爵だったのに……あまり効果なさそうだ。


 エメリッヒは露骨に眉間に皺を寄せた。

「ちがう。君の未来の花嫁だ」


「ティーレの? なんで?」


「スレイド大尉を王族の婚約者として、利用させてもらう」


 意味がわからない。混乱する俺を見て、エメリッヒは盛大にため息をついた。


「派閥の話になる。レオナルド伯の派閥は古参の貴族で形成された穏健派、王家寄りの派閥だ。そのレオナルド伯と仲が悪いのは?」


「開国派と反対の……王家と対立する派閥?」


「単純に考えるとそうだ。しかし政治の闇は根深い、私なりにレオナルド伯の話を分析した結果。こう出た」


 伸縮自在の衝撃棍ショックスタッフを伸ばして、地面に勢力図を描く。

 建国時の立役者が占める開国派、商人や成り上がりがあつまってできた革新派、平民あがりで結成された王道派、それと争いを好まない貴族から成る穏健派。


 この間までは王家を支持していたのは穏健派だけだったが、エレナ事務官とリッシュの和睦もあり、王家は威信を取り戻しつつある。経済的基盤を持つ革新派と能力至上主義の王道派も無視できない。

 エメリッヒの見立てでは王家側が不利という状況らしい。


「王道派を正論で説き伏せることは可能だろうが、革新派だったらどうなる?」


「根気強く説得を続ければそれでも国のために力を貸してくれるのでは?、」


「甘いな。スレイド大尉、商人という生き物は己の利益しか頭にない。貴族という地位にいるが、それは金で買った椅子のような物。不要と感じたら新しい椅子を買うだろう」


「マキナにつくと?」


「そうなる公算は高い。なんせ王都はマキナ聖王国の手の内にある。あそこは最大の市場だ。それを独占できるのならば、そっちに賭けるのが商人だろう。あくまでも私の考えだがね」


 本当にそうだろうか? ロイさんや商業ギルドのアマンドは戦争による特需とくじゅを毛嫌いしている節がある。商業ギルドのギルドマスター、ヒューゴですら、原始的などうでもいい武器の特許を毛嫌いしていた。俺的には、この惑星の商人はまっとうな部類と思っているのだが……。


 何も喋れずにいると、エメリッヒは引き結んだ唇をひん曲げて、

「スレイド大尉は性善説を信じるタイプらしいな。しかし考えてくれ、ツッペなる裏切り者と手を結んでいる商人が暗躍あんやくしているという噂を」


 そういえば、エレナ事務官もそんなこと話してたっけ。カナベル元帥と東部へ進軍したとき、件の商人が放った刺客を退治したって。

 そういう質の悪い商人は少ないと思うけどなぁ。


「でも、エスペランザ軍事顧問の言葉ですと、そういった輩は懐柔かいじゅうが難しいのでは?」


「なぁに、策はある」

 エメリッヒは悪い大人の顔になると、実行したいであろう悪事を語りだした。

「というわけだ。どうだ、いい作戦だろう?」


 まったく、なんて大人だ。こっちに寝返らないからって、嘘の情報を流すなんて! それも子供でも見破れそうな嘘ばっかりじゃないか!


「そんな手が通じるんですか?」


「安心したまえ、交渉役は私がする。さすがに一人では心許ないのでロウシェ伍長を連れていくが、それでもかまわないかね?」


「それは別にかまいませんけど、伍長は了承するでしょうか?」


「するさ」

 エメリッヒは楽しそうに笑うと、必要な物資と人員を一方的に指示してから出ていった。


 とても成功するとは思えないんだけど……ほかに頼れる人もいないし、いい知恵も浮かばない。


 どうせ強行突破を考えていた相手だ。駄目で元々、ここはエメリッヒに賭けてみよう。


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